巷に騒がれる、大平祥生殿:京都府舞鶴市の実家と、踊りの道へ導いた姉上について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2000年4月13日、京都府舞鶴市に生まれる
- 小学生のころ、姉上の影響でダンスを習うも、女の子ばかりで恥ずかしくなり辞める
- 高校1年生まで舞鶴市で過ごす
- 高校生のころ、姉上と家で三代目 J SOUL BROTHERSのライブ映像を見たのを切っ掛けに、ダンススタジオ通いを再開。LDHが運営する「EXPG STUDIO」京都校に通う
- 2019年12月11日、『PRODUCE 101 JAPAN』の最終順位4位で、JO1のメンバーに選ばれる
- 2020年3月4日、シングル『PROTOSTAR』でJO1としてデビュー
- 2020年3月、JO1公式YouTubeの「メンバーカラー決め会議」で、担う色がイエローに決まる
- 2023年4月7日、京都府庁で西脇隆俊知事から京都府文化観光大使の委嘱状を受ける
- 2024年4月、舞鶴市の音楽フェス『MAIZURU PLAYBACK FES.2024』の応援アンバサダーに決まる
- 2026年5月31日、LAPONEエンタテインメントとの専属マネジメント契約を終え、JO1としての活動を終了
- 2026年8月24日、個人事務所「株式会社sen」の設立を自身のXで報告
【大平祥生の実家は京都府舞鶴市-帰れば家族で星と海を眺める】
大平祥生殿の実家は、京都府舞鶴市にござる。京都府の北、日本海に面した町で、ご本人は高校1年生までこの町で過ごされたと、2023年5月5日の朝日新聞は伝えておる。
実家での過ごし方を、ご本人が一番はっきり語られたのは、2023年4月7日、京都府文化観光大使の委嘱式の日じゃ。故郷の思い出を問われて、こう答えておられる。
「星と海が好きで、実家に帰ったら家族で空や海を眺めに行きます」。
東京で働く身となり、帰省はなかなか叶わぬという。それでも「大阪で仕事があるタイミングに合わせて舞鶴に帰ったり、京都を訪れたりしている」と、同じ日に明かされた(Lmaga.jp、2023年4月13日)。
では、実家は金持ちなのか。裕福だと示す出典は、見当たらぬ。ご本人が実家の暮らし向きや親御の仕事を語った記事も無い。出てくるのは、舞鶴の町の匂いのする話ばかりでござる。
舞鶴を訪れるファンに勧めた味は、「地元の精肉店で売っている『肉じゃがコロッケ』をぜひ! 子どもの頃から食べていました」。子どもの頃から通った店の味を、真っ先に挙げられた。
2023年3月8日の『JO1のオールナイトニッポンX(クロス)』では、上京の折に実家から持って来た物を問われ、「僕は……ぽん酢ですかね。」とお答えになり、白岩瑠姫殿に「いや、東京にもあるし!(笑)」と突っ込まれておった(ニッポン放送 NEWS ONLINE、2023年3月11日)。
踊りの原点も、立派な稽古場ではなかった。舞鶴の市民施設で練習しておった頃を、「鏡がなくて、ちょっと自分の姿が見えるかな?くらいの窓(の反射)を利用して」と振り返っておられる(よろず〜ニュース、2023年4月13日)。
そして委嘱式で手にした、人生初の名刺。誰に渡したいかと問われると、「まずは練習でいったん親に渡したいと思います」と照れくさそうに笑われた。
――吾輩の見立てを申せば、金に飽かせて育った御方の話ではない。窓に映して踊りを覚え、帰れば家族と空を見上げる。舞鶴の実家は、そういう家でござる。
【姉上の背中を追って踊りへ-家族構成と家族の素顔】
出典で確かめられる家族は、母上をはじめとする親御と姉上でござる。父上について語られた記事は、見当たらなんだ。きょうだいについては、姉上の話しか出てこぬ。
この姉上こそ、大平祥生殿を踊りの道へ連れ出した御方じゃ。2020年8月30日のリアルサウンドで、ご本人がこう語っておられる。
「お姉ちゃんがもともとダンスをしていて、僕も小学生くらいの時に習っていたんですけど、女の子ばっかりで恥ずかしくて辞めちゃったんです。」
一度は離れた踊りへ戻ったのも、姉上と一緒の時であった。「高校生の時にお姉ちゃんと家で三代目 J SOUL BROTHERS(from EXILE TRIBE)さんのライブ映像を見ていて」、真似をしてみたら踊れた。それが切っ掛けで、再びダンススタジオへ通うようになったという。
その後のEXPG京都校での日々や学び舎のことは、【元JO1・大平祥生】単身で1か月の留学!?学歴と学生時代に記してござる。
姉上は今、語学の道におられる。2023年10月21日のQJWebで韓国語の上達ぶりを問われ、「たぶん僕の家系は、耳がすごくいいんですね。姉も語学関係の仕事をしていて数カ国語ペラペラだし」と明かされた。踊りに続いて、耳の良さまで姉上と分け合うておられるわけじゃ。
母上とも、今もこまめに言葉を交わしておられる。2020年8月18日のViViで、親への感謝の伝え方を相談されると、「僕は今でも電話でその日あった出来事とか話していますよ」と答えられた。母の日に遅れることはあっても、礼は欠かさぬ質だそうな。
相談の主に勧めた策は、「まずはお母さんの料理を褒めてみることからはじめて」。家の食卓が目に浮かぶ答えでござる。
家族ぐるみの縁もある。2024年1月28日の美的で、JO1の佐藤景瑚殿との間柄をこう語っておられる。
「家族がお互いの家に泊まりに行ってるよね。家族から景瑚くんのことを聞いたりもするし、もはや従兄弟みたいな感覚!」
育った土地の空気も一言。2021年4月28日のめざましmediaでは、京都には神社が多く、「小学校低学年の頃からずっと行っていますね」と、幼い頃からの習いを明かしておられる。
姉上と一緒に踊りを追いかけた御方の、JO1時代の色は、2020年3月の「メンバーカラー決め会議」で決まったイエローじゃ。その色を身の回りに揃えたい御方は、推し活の買いどき帳の黄色の推し活グッズを覗いてみられよ。
【未来予想図-舞鶴の大使は、家族の待つ故郷とともに】
故郷との縁は、年を追うごとに太くなっておる。2023年4月7日、京都府庁で西脇隆俊知事から委嘱状を受け、「京都府文化観光大使にはずっとなりたいと思っていたので、信じられない気持ちです。頑張ります」と力を込められた。
2024年4月3日には、4月28日・29日に舞鶴市で開かれる音楽フェス『MAIZURU PLAYBACK FES.2024』の応援アンバサダーに決まったと、ぴあ関西版WEBが伝えておる。
2026年5月31日をもってJO1としての活動を終え、同年8月24日には個人事務所「株式会社sen」の設立を、ご自身のXで報告された。添えられた言葉は「これからは新たなチームとともに、さまざまな活動を通して、皆様に喜んでいただける表現や時間をお届けできるよう、誠心誠意努めてまいります」であった(スポニチ、2026年8月24日)。
ここからは吾輩の見立てでござる。グループを離れた今、この御方の拠り所は、踊りの道を開いた姉上と、名刺の練習相手に選ばれた親御の待つ舞鶴であろう。
大使の役目を持つ以上、京都や舞鶴にまつわる仕事は、これからも巡ってこよう。その折には、実家に帰って家族と星や海を眺める話が、また聞けるのではなかろうか。
姉上と家で見た一本のライブ映像から始まった道じゃ。次の一歩も、家族の近くから踏み出されると吾輩は見ておる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は舞鶴!?姉と見た三代目の映像で踊りへについてのまとめ】
今回は大平祥生殿について調査してみた!
大平祥生殿の実家は京都府舞鶴市。高校1年生まで暮らし、今も帰れば家族で星と海を眺める。実家が金持ちだと示す出典は無い。
家族で確かめられるのは母上をはじめとする親御と姉上。踊りを習ったのも、再び踊りへ戻ったのも、姉上の影響でござった。
吾輩は大平祥生殿に対して、姉上の背中を追って踊りを覚え、家族の待つ舞鶴を今も大事にする御方と思ったんだがお主は大平祥生殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
Lmaga.jp(2023年4月13日)京都府文化観光大使の委嘱式
ニッポン放送 NEWS ONLINE(2023年3月11日)
QJWeb クイック・ジャパン ウェブ(2023年10月21日)
音楽ナタリー(2019年12月11日)JO1のデビューメンバー発表
TOWER RECORDS ONLINE(2020年3月26日)JO1のメンバーカラー決定
ABEMA TIMES(2026年4月28日)JO1メンバープロフィール
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