【JO1・與那城奨】1度も戦わず県1位!?26位からの逆転

與那城奨 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、與那城奨殿:一度も戦わず県一位!?二十六位からの逆転について、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1995年10月25日、沖縄県那覇市にて生誕。
  • 高校時代、ボクシングの部に所属。ミドル級にて沖縄県一位となる。
  • 沖縄県立那覇西高等学校を卒業。
  • 高校卒業後、歌い手を目指して単身で上京する。
  • 日本経済大学の経営学部に入学し、2019年3月に卒業。
  • 働いておった場の仲間から催しのことを教わり、参加を決める。
  • 2019年9月、審査の催し『PRODUCE 101 JAPAN』に参加。
  • 2019年12月11日、最終順位11位でJO1のメンバーに選ばれる。
  • 2019年12月30日、組の長に選出される。
  • 2020年3月4日、JO1として『PROTOSTAR』でメジャーデビュー。
  • 組では主となる歌い手を務める。
  • 2020年8月26日、二枚目の作に収められた曲にて作詞に挑む。
  • 2024年4月22日、月曜9時枠のドラマの曲を担当。
  • 2025年1月28日、公演にてソロ曲を初めて披露。
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與那城奨の一度も戦わずに県一位

與那城奨殿は1995年10月25日の生まれ、沖縄県那覇市の出にござる。

五人ではない、十一人組JO1の長を務めておられる。

さて、この御仁の高校時代の話が、なかなか可笑しい。

所属しておられたのがボクシングの部でござる。

拳で殴り合う競技でござるな。

そして、この御仁は沖縄県で一位になっておられる。

県一位でござるぞ。大したものじゃ。

ところが——

その一位の取り方が、なんとも妙なのでござる。

この御仁が出ておられたのはミドル級という階級であった。

そして当時、その階級には——

選手が少なかったのじゃ。

つまり、どうなったか。

一度も戦うことなく優勝された。

……お主ら、笑うてはならぬぞ。

本人とて、拍子抜けであったろう。

拳を鍛え、稽古を積み、いざ大会へ出向いたら

相手がおらなんだのでござる。

そして気づけば、県で一番。

こういう記録の残り方も、世にはあるのでござるな。

だが、これを笑い話で終わらせてはならぬ。

ボクシングという競技は、稽古が凄まじく厳しい。

走り込み、縄跳び、打ち込み。

そして何より、体重を保つための節制がござる。

戦わずして一位になったとはいえ、

その稽古は積んでおられたのじゃ。

後にこの御仁が「筋肉」で知られるようになるのも、

この頃の下地があってのことでござろう。

ボクシングという競技について、少し語らせてくれ。

この競技は、体重で階級が分かれておる。

同じ重さの者どうしで戦うためでござる。

そして、その階級を保つための節制が厳しい。

食う量も、飲む量も測らねばならぬのでござる。

そのうえで、走り込み、縄跳び、打ち込み。

運動の中でも最も苦しい部類と言われる稽古じゃ。

その稽古を、この御仁は高校時代に積んでおられた。

そして大会へ出向いたら、相手がおらなんだ。

……これは、なんとも複雑な気持ちでござろうな。

勝った喜びも無ければ、負けた悔しさも無い。

ただ、記録だけが残るのでござる。

だが、この経験は無駄ではござるまい。

後にこの御仁は、審査の催しにて

「筋肉」を売り文句にしておられる。

その売り文句が、また可笑しい。

「筋肉以外の俺の魅力…知りたくない?」でござる。

……お主ら、これを大の男が言うのでござるぞ。

さらに催しの最終回では、

「麗しの筋肉兄さん」と紹介されておられる。

麗しの筋肉兄さん、でござる。

拳を鍛えた高校時代が、

こういう形で名刺になっておるのじゃ。

ちなみに、この御仁は沖縄県那覇市の出でござる。

そして同じ沖縄の出で、同じ年に生まれた

名の知れた御仁らとも仲が良いという。

土地と齢が同じというのは、

それだけで強い縁になるものでござるな。

そして高校を卒業した後、

この御仁は歌い手を目指して単身で上京された。

沖縄から東京でござるぞ。

海を越えるのでござる。

気軽に帰れる距離ではござらぬ。

その覚悟で出てこられたということじゃ。

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與那城奨の二十六位からの巻き返し

さて、この御仁がこの道へ入った経緯も面白い。

高校を卒業した後、歌い手を目指して単身で上京された。

沖縄から、一人でござる。

そして大学に入られる。

しかも、その学科が芸能を学ぶ学科でござった。

歌い手を目指しながら、

その世界の仕組みも学んでおられたということじゃ。

そして2019年3月、大学を卒業される。

だが、その時点ではまだ道は開けておらなんだ。

働きながら、機会を待っておられたのじゃ。

そこへ、思わぬところから話が来る。

働いておった場の仲間からでござった。

審査の催しが出演者を募っておる、と教えられたのじゃ。

元より高校を出たら芸能の道へ、と考えておられた御仁じゃ。

仲間の後押しを受け、参加を決められた。

そして2019年9月、催しが始まる。

ここからの順位の動きが、実に見事でござる。

まず一週目は23位

二週目、三週目は24位。

そして五週目には——

26位まで落ちた

お主ら、この数の意味が分かるであろうか。

この催しで選ばれるのは十一人でござる。

二十六位というのは、圏外も圏外じゃ。

しかも、順位は上がるどころか下がっておる。

普通ならば、ここで諦めよう。

ところが、そこからでござる。

六週目に19位、八週目に17位。

そして九週目——

一気に8位まで駆け上がられたのじゃ。

二十六位から八位でござるぞ。

何が起きたのか。

この御仁は、課題の場で結果を出しておられた。

ある課題では、組の長を務めたうえで個人順位1位

別の課題でも、同じく個人順位1位

さらに別の課題では2位——

しかも1位とはわずか一票差であられた。

見ておる者が、放っておくはずがない。

そして最終順位は11位

十一人しか選ばれぬ催しの、ちょうど十一番目でござる。

圏外の二十六位から始まった御仁が、

最後の一枠に滑り込まれたのじゃ。

この催しの仕組みについても、少し記しておこう。

百人を超える者が集まり、

そこから十一人だけが選ばれる催しでござった。

そして、その選び方が厳しい。

課題が出され、組に分かれて競う。

そのたびに順位が付き、脱落する者が出るのじゃ。

そして最も重いのが、見ておる者の投票でござる。

審査する者だけが決めるのではない。

画面の向こうにおる者が票を投じるのじゃ。

つまり、いくら腕が立っても

知ってもらえねば残れぬ

與那城奨殿が最初に低かった理由も、そこにあろう。

この御仁は、いわゆる派手な御仁ではござらぬ。

声も飛び抜けて高いわけではない。

見た目で一発で目を引く型でもござらぬ。

つまりじわじわ効いてくる型の御仁じゃ。

そういう者は、最初の投票では伸びぬ。

だが、回を重ねるほど票が集まる。

実際、この御仁の順位はそう動いた。

二十六位から十九位、十七位、そして八位。

課題で結果を出すたびに、票が集まっていったのでござる。

そして最終の十一位。

十一人しか選ばれぬ催しの、最後の一枠じゃ。

あと一票少なければ、この御仁はおらなんだ。

そう考えると、恐ろしい話でござるな。

ちなみに、この御仁が入られた大学の学科も面白い。

経営を学ぶ学部の中の、

芸能を扱う学科でござった。

歌い手を目指しながら、

その世界の仕組みを学ぶ道を選ばれたのじゃ。

これは、なかなか賢い選び方でござる。

この世界は、腕だけでは渡れぬ。

契約のこと、権利のこと、売り方のこと。

そういうものを知っておるかどうかで、

後の身の守り方がまるで変わるのでござる。

そして2019年3月に卒業。

だが、その時点ではまだ道は無かった。

働きながら機会を待っておられたのじゃ。

そこへ、働き先の仲間から話が来る。

人の縁でござるな。

催しの存在を教えられ、後押しを受けて参加を決められた。

この一言が無ければ、

この御仁はいまここにおられなんだのでござる。

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與那城奨の未来予想図-組の長として

さて、與那城奨殿の現在(いま)である。

十一位でぎりぎり選ばれた御仁でござる。

ところが、その十九日後でござった。

2019年12月30日、組の長を決める場が設けられる。

そして選ばれたのが——

與那城奨殿でござった。

お主ら、この巡り合わせを見よ。

十一位、つまり最下位で入った御仁が、

その組を率いる立場に選ばれたのじゃ。

順位は最後でも、人としては一番に見られておったということでござろう。

そして歌の方でも、この御仁は組の柱でござる。

組では主となる歌い手を務めておられる。

その声は優しく包み込むような歌声と評されておる。

仲間からも、こう言われておるという。

この御仁が歌っておる部分はすぐに分かる。

音の高さは飛び抜けてはおらぬが、

その分深みと包容力がある、とな。

そして2020年8月には、

組の曲の作詞にも挑まれておる。

歌うだけでなく、言葉も書く側に回られたのじゃ。

さらに2024年4月には、

月曜9時枠のドラマの曲も担当された。

2025年1月には、催しにて一人での曲も初めて披露しておられる。

人となりについても、少し記しておこう。

この御仁の趣味は、筋を鍛えること、

弦の楽器、英会話、映画を観ること、そして料理でござる。

特技も、弦の楽器と英会話と筋を鍛えることじゃ。

英語の方は本物でござるぞ。

2021年には、故郷の劇場の宣伝の映像にて英語の語りを担当しておられる。

そして、この御仁を語るうえで外せぬのが手の大きさでござる。

縦の長さが、油性の筆記具一本半ほどあるという。

……なんとも妙な測り方でござるな。

だが、そういう話が広まるところに

この御仁の人柄が出ておるのでござろう。

拳の稽古を積み、一度も戦わずに県一位となり、

二十六位から十一位へ這い上がり、

そして最下位で入った組の長となられた。

この先どのような歌がお主らの耳に届くか、吾輩も楽しみにしておるぞ。

組の長という役目について、少し語らせてくれ。

この組は十一人でござる。

十一人をまとめるというのは、並大抵ではない。

そして、この御仁は最下位で入った者でござる。

普通ならば、上位で入った者が長になろう。

票を集めた者の方が、看板になるのでござるからな。

ところが、選ばれたのは十一位の御仁であった。

これは仲間が選んだということでござる。

票の数ではなく、共に過ごした者の目で選ばれたのじゃ。

催しの間、この御仁は幾度も組の長を務めておられる。

そして、その組で結果を出しておられるのじゃ。

つまり率いる腕は既に示されておった

仲間は、それを見ておったのでござろう。

そして歌の方でも、この御仁は柱でござる。

審査の催りの頃から、歌の力は高く評されておった。

ある課題では、歌の部門で全体二位という成績も残しておられる。

そして組では主となる歌い手を務めておられるのじゃ。

十一位で入った御仁が、

長を務め、そして主となる歌い手も務める。

順位というのは、あくまでその時の票でしかないということじゃ。

さらに、この御仁は演じる場にも出ておられる。

2023年には映画『OUT』に長嶋圭吾役で出ておられる。

2025年には映画『ロマンティック・キラー』にも出演されておるのじゃ。

そして故郷との縁も切れておらぬ。

2021年には、故郷の劇場の宣伝の映像にて

英語の語りを担当しておられる。

英会話を特技に挙げておられる御仁でござるからな。

沖縄から単身で上京した若者が、

十一人の組を率い、

そして故郷の宣伝で英語を話しておる。

なかなか良い形の恩返しでござるな。

最後に、この御仁の人柄が出ておる話を一つ。

與那城奨殿は、自身の性格をこう分析しておられる。

「スイッチが入ると、とことんやっちゃうタイプ」だと。

……なるほど、腑に落ちる話でござる。

拳の稽古も、上京の決断も、

そして二十六位からの巻き返しも。

どれも、火が付いてからの動きが凄まじいのでござる。

そして、そういう御仁が組の長を務めておられる。

十一人をまとめる立場でござるからな。

自分が先に燃えて、周りを引っ張る。

そういう長でござろう。

そして2025年1月には、

催しにて一人での曲も初めて披露しておられる。

組を率いながら、自分の歌も歌い始められたのじゃ。

一度も戦わずに県一位となった高校生が、

二十六位から這い上がり、

最下位で入った組の長となり、

そしていま一人でも歌い始めておられる。

この御仁の歩みは、

いつも下から始まっておる

だからこそ、上がっていく姿が痛快なのでござるな。

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。

楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。

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今回は與那城奨殿について調査してみた!

吾輩は與那城奨殿に対して、二十六位から這い上がり、最下位で入った組の長となった若侍、と思ったんだがお主は與那城奨殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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