巷に騒がれる、山本リシャール登眞殿:幼稚園の愛読書が世界遺産の図鑑であった話と、史上最年少の合格について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2005年10月29日、フランスのリヨンにてお生まれになる
- 2009年、茨城県つくば市へ移り住む
- 2011年から2012年にかけ、ブリュッセルとリヨンで暮らす
- 2012年に京都へ移り、2013年に世界遺産検定の3級と2級に合格
- 2016年、史上最年少で世界遺産検定マイスターに合格しておられる
【幼稚園の愛読書が世界遺産の図鑑】

巷に名を知られる山本リシャール登眞殿。この御仁の始まりを聞けば、お主も驚くはずじゃ。――なにしろ幼稚園の頃の愛読書が、世界遺産の図鑑だというのじゃからな。
普通、その年頃の童が眺めるものといえばアニメか、生き物の図鑑あたりであろう。だがこの御仁は、世界の遺産が並んだ図鑑を繰り返し眺めておった。――出発点からして、既に人と違うのじゃ。
生まれはフランスのリヨン。2005年10月29日のことじゃ。そして2009年、茨城県のつくば市へ移り住まれた。さらに2011年から2012年にかけては、ブリュッセルとリヨンで暮らしておられる。
つまりこの御仁、幼き日から国を跨いで暮らしてこられたわけじゃ。――図鑑で見た遺産が、実際にすぐ近くにある。そういう環境であった。
そして2012年、今度は京都へ移られる。京都といえば、日ノ本の中でも世界の遺産が集まっておる土地じゃ。――なんとも出来過ぎた巡り合わせではないか。
図鑑の中の景色を、己の目で見て回る。この積み重ねが、後の途方もない結果につながっていく。――好きなものを追いかけ続けた童が、どこまで行けるのか。その話をこれからいたそう。
ここで少し、幼き日に何と出会うかの話をさせてくれ。人が一生をかけて追いかけるものは、案外、ごく幼い頃の偶然から始まるものじゃ。――一冊の図鑑、一本の映画、一度の旅。そういう小さな出会いが、後の道を決めてしまう。
この御仁の場合、それが世界の遺産の図鑑であった。しかも都合の良いことに、暮らしの場が国から国へと移っていった。図鑑で見た石造りの建物が、外へ出れば実際に立っておるのじゃからな。
――知識と実物が、幼いうちから結びついておった。これは、後から取り返そうとしても難しい財産じゃ。
そして2012年に移り住んだ京都も、また良かった。古い建物と庭が、そこら中にある土地じゃ。西の遺産を見て育った童が、今度は東の遺産に囲まれることになった。――この振れ幅が、この御仁の見方を広げたのではあるまいか。
ちなみにこの御仁の名は、日ノ本の姓と、海の向こうの名が並んだものでござる。生まれた土地と、育った土地。その両方が名の中に収まっておるわけじゃ。――名を見ただけで、この御仁の歩みの一端が分かるというのも面白い。
【史上最年少で頂の資格に合格】

さて、ここからがこの御仁の本領じゃ。
2013年、この御仁は世界遺産検定の三級と二級に合格される。このとき、まだ小学生であった。――小学生が、遺産の知識を問う試験に二つも通ったのじゃ。
だが、これはまだ序の口でな。翌2014年には最年少で一級に合格しておられる。
そして2016年。ついに頂に届く。史上最年少で、世界遺産検定マイスターに合格されたのじゃ。
この試験がどれほどのものか、少し説明しておこう。マイスターというのは、この検定の最上位にあたる。世界の遺産について、ただ名を覚えておればよいという話ではない。その価値、背景、そして守り方までを問われる。
しかも記述で答えねばならぬ場面もある。――丸暗記では、まず通らぬ試験じゃ。
その頂に、十代の少年が届いてしまった。お主、これをどう見る。吾輩は素直に天晴れと申し上げたい。
ここで大事なのは、この御仁が好きだから続けたという一点じゃ。誰かに言われて始めた勉強ではない。幼稚園の頃に図鑑と出会い、それが面白いと思い、そのまま追いかけ続けた。それだけのことなのじゃ。
――だがな、その「それだけ」が、いちばん難しい。好きなものを十年以上追いかけ続けられる者が、この世にどれほどおろうか。
試験の話をもう少し続けよう。世界遺産検定というのは、級が上がるほど問われる中身が変わる。下の級では名前や場所を覚えておればよいが、上に行くほど「なぜそれが守られておるのか」が問われる。
つまり暗記の試験ではなく、考え方を問う試験なのじゃ。――だからこそ、丸暗記の得意な者が必ず通るとは限らぬ。
この御仁が十代で頂に届いたということは、その年頃で既に「守るとはどういうことか」を己の言葉で語れたということになる。――末恐ろしい話ではないか。
しかも三級から始めて、翌年に一級、その二年後に頂まで駆け上がっておる。――止まらなんだのじゃ。面白いから次へ、面白いからまた次へ。その繰り返しで、気づけば頂に立っておった。
ひとつ、お主に問いたい。小学生の頃、何かの試験に自ら手を挙げて挑んだ覚えはあるか。――多くの者は、無いはずじゃ。学び舎で与えられる試験をこなすだけで精一杯であろう。
この御仁は、そこへ己から挑みに行った。しかも一度ではなく、何度も。――この一点だけで、吾輩はこの御仁を只者ではないと見たのじゃ。
【未来予想図-三つの言葉を操る若武者】

さて、未来の話をいたそう。この御仁には、もうひとつ大きな武器がある。――三つの言葉を操るということじゃ。
日ノ本の言葉、英語、そしてフランスの言葉。この三つを使いこなしておられる。
考えてみれば、当然の成り行きでもある。フランスに生まれ、ベルギーで暮らし、日ノ本で育った。その暮らしの中で、自然と三つが身についたわけじゃな。
そしてこの三つの言葉は、この御仁が志す道と、見事に噛み合っておる。
この御仁が語っておられる望みのひとつが、建物を作る技を身につけ、世界の遺産を調べる国際の会議の調査員になることじゃ。
――遺産を守る仕事というのは、国を跨いで動かねばならぬ。書物も、話し合いも、複数の言葉で行われる。
つまりこの御仁は、幼き日から追いかけてきた「好き」と、暮らしの中で身についた「言葉」の両方が、そのまま志す道につながっておるわけじゃ。――これほど筋の通った歩みも、なかなかあるまい。
近ごろでは、画面に出る仕事も始めておられる。知識を持つ者が、それを人に伝える側へ回る。――良いことじゃ。どれほど詳しくとも、伝わらねば広がらぬのじゃからな。
未来予想図を描くとするならば、この御仁はこれから「遺産と人とをつなぐ者」になっていくと吾輩は見ておる。調べる側にも回り、伝える側にも立つ。そういう役目を担える人材は、実に得難い。
幼稚園の頃に図鑑を開いた童が、史上最年少で頂の資格に届き、いまや世界を相手にしようとしておる。――お主も、己の子や、あるいは己自身の「好き」を、もう少し信じてみてもよいのではないか。
言葉の話をもう少し。三つの言葉を操るというのは、単に三通りに話せるという意味ではない。三通りの物の見方を持てるということじゃ。
同じ建物を見ても、どの言葉で考えるかによって、浮かんでくる言葉も、比べる対象も変わってくる。――遺産のように、国ごとに背景の違うものを扱う仕事において、これほど強い武器もあるまい。
そしてもうひとつ。この御仁は幼い頃から、移り住むという経験を重ねてこられた。土地が変われば、当たり前も変わる。――そのたびに、己の物差しを作り直してきたはずじゃ。
この柔らかさは、これから先の武器になる。どこへ行っても、その土地の見方を受け入れられる。遺産を守る仕事において、これは知識と同じくらい大事なものじゃ。
近ごろ画面に出る仕事も始めておられると申したが、これは実に良い流れだと吾輩は思うておる。知識というものは、抱えておるだけでは動かぬ。誰かに渡して、初めて力を持つのじゃ。
遺産を守るという仕事も、結局は同じことでな。その値打ちを知る者が増えねば、守りようがない。――だからこそ、伝える側に立つ意味は大きい。
幼稚園で図鑑を開いた童が、いまや図鑑の側に立とうとしておる。――なんとも清々しい話ではないか。吾輩は、この御仁の行く末を本気で楽しみにしておるのじゃ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
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【幼稚園の愛読書が図鑑!?史上最年少の合格についてのまとめ】
今回は山本リシャール登眞殿について調査してみた!
吾輩は山本リシャール登眞殿に対して、幼き日の好奇心をそのまま資格に変えた、三つの言葉を操る若武者、と思ったんだがお主は山本リシャール登眞殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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