【小島よしお】月収1200万の後!?自ら語った額

小島よしおの 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、小島よしお殿:本人が語られた額と、その後に起きたことについて、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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【略歴】

  • 1980年11月16日のお生まれ、沖縄県久米島町の出
  • 育たれたのは千葉でござる
  • 2000年、早稲田の学び舎に入られた
  • 学び舎の集まりにて、笑いの芸を始められておる
  • 2001年より、本腰を入れて笑いの道を歩まれる
  • 2006年、学び舎を修めておられる
  • 2007年5月、お笑いのコンテストにて激励賞を得られた
  • 同じ2007年、決め台詞が世の流行り言葉の十に選ばれておる
  • その頃の稼ぎについて、ご本人が語っておられる話がござる
  • 2008年より、仕事が減っていったと自ら語っておられる
  • 2011年頃より、子らに向けた催しに力を注いでこられた
  • 2020年4月、子ら向けの学びのYouTubeチャンネルを開いておられる
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【その後、どうなったか。これも本人が語っておられる】

さて、ここからが本題でござる。

――月に1200万を稼いだ後、どうなったのか。

そこも、この御方は己の口で語っておられるのでござるよ。

まず、その頃を振り返ってこう述べておられる。

「今はもう見当たらない。ちゃんとあのとき貯めとけばよかった」

――「見当たらない」でござる。

残っておらぬ、と言うておられるのじゃ。しかも自分でそう言う。

お主、ここが肝要でござってな。

稼いだ額を語る者は多い。だが減った話を、自分から言う者は少ない。

そして、さらに厳しい時が来る。

疫病の折、収入がほぼ無くなられたという。

催しが軒並み止まった時期でござる。人前に出る商売は、そこで糧を断たれた。

――月に1200万を稼いだ御方が、である。

追い打ちもござった。左の肩を痛め、腕が上がらなくなられたのじゃ。

――体が資本の芸でござるぞ。これは重い。

そこでこの御方が選ばれたのが、これでござる。

「お金に働いてもらうことを勉強しないと」

――四十を過ぎて、投資の学びを始められた。

吾輩は、ここで唸った。

考えてもみられよ。

月に1200万あった頃に貯めておけば、こうはならなんだ。――それを本人が一番よう分かっておられる。

だが、悔やんで終わっておらぬのじゃ。「貯めとけばよかった」の次に「勉強しないと」が来ておる。

ここが、この御方の強さでござろう。

そして忘れてはならぬのは、いまも現役であられることじゃ。子供向けの催しや学びの場でも、変わらず動いておられる。

――一度落ちて、また稼ぎ方を組み直しておられるわけでござる。

額は、いま幾らかは分からぬ。だが「見当たらない」と言い切れる正直さと、そこから学び直す構えが、この御方の身上でござる。

【ご本人が語られた、その額】

吾輩が今宵語るは、小島よしお殿の稼ぎの話でござる。

さて、その額でござる。

――最も勢いのあった頃、月の稼ぎが1200万であったという。

――お主、月に1200万でござるぞ。

年に直せば、途方もない額でござってな。

――しかも、それが二十六、七の齢のことでござる。

2007年、この御方の決め台詞が世を席巻したのでござってな。

――その年の流行り言葉の十にも、選ばれておるのじゃ。

海辺の装いで、決め台詞を叫ぶ。それだけでござる。

――その芸が、月に1200万を生んだのでござるよ。

だが、ここからが今宵の本題でござってな。

――その翌年から、仕事が減っていったのでござる。

これも、ご本人が語っておられることでござってな。

――一発屋、と呼ばれるようになられたのでござるよ。

お主、この落差を思い浮かべてみられよ。

――月に1200万あったものが、減ってゆくのでござる。

しかも、理由が分からぬのでござってな。

――何か悪いことをしたわけでは、ないのでござるからな。

ただ、飽きられたのでござるよ。

――これが、この道のいちばん残酷な所でござってな。

そして多くの者は、ここで終わるのでござる。

――だがこの御方は、終わられなんだのじゃ。

【未来予想図-落ちた後に何を選ばれたか】

さて、ここからが今宵いちばん語りたい所でござる。

――落ちた後に、この御方が何を選ばれたかでござってな。

仕事が減っていった後、この御方が向かわれたのは子らでござった。

――2011年頃より、子らに向けた催しに力を注いでこられたのじゃ。

お主、この選びをどう見られるかな。

――吾輩は、恐ろしく賢い選びだと思うのでござるよ。

何ゆえかと申せば、子らは飽きぬからでござる。

――正しくは、子らは入れ替わるのでござってな。

五つの子は、五年経てば十になるのでござる。

――そして新しい五つの子が、また生まれてくるのでござるよ。

つまり、客が尽きぬのでござってな。

――大人の客は、飽きたら二度と戻らぬのでござるからな。

しかも子ら向けの芸には、競う相手が少ないのでござってな。

――大人に受けたい者が、圧倒的に多いのでござるよ。

皆が同じ場所で争う中、この御方は空いた場所へ回られたのじゃ。

――これは、逃げではのうて攻めでござる。

そして2020年4月には、子ら向けの学びのYouTubeチャンネルも開かれておる。

――笑いだけでのうて、教える方へ踏み込まれたのでござるよ。

笑いは飽きられるが、学びは要り続けるのでござってな。

――ここでも、続くものを選んでおられるのでござる。

お主、この一連の選びに筋が通っておるのが見えるかな。

――この御方は、続くものを選び続けておられるのでござるよ。

月に1200万を稼いだ芸は、続かなんだのでござってな。

――その痛みを、身をもって知っておられるのでござろう。

だから次は、続くものを選ばれたのじゃ。

――落ちたことが、選び方を変えたのでござるよ。

そして、この御方が偉いのは腐らなんだことでござってな。

――落ちた者は、たいてい世を恨むのでござるよ。

己は変わっておらぬのに、周りが離れたのでござるからな。

――恨みたくなるのが、人の常でござろう。

だがこの御方は、恨む代わりに場所を探されたのじゃ。

――恨んでも、客は戻らぬと分かっておられたのでござろう。

そして探した先が、子らであったのでござるよ。

――最も正直で、最も手厳しい客でござってな。

最後に、お主に申し上げたいことがござる。

――大きく稼いだことより、その後の選びの方が面白いのでござる。

額は、ただの数字でござってな。

――だが落ちた後に何を選ぶかには、その者が出るのでござるよ。

そしてこの御方は、恨まず、腐らず、場所を変えられたのじゃ。

――ここに、吾輩は深く唸るのでござる。

【月収1200万の後!?自ら語った額についてのまとめ】

今回は小島よしお殿について調査してみた!

この御方は、最も勢いのあった頃の月の稼ぎを自ら語っておられる。

その額は1200万であったという。2007年頃のことでござる。

だが翌年より、仕事が減っていったと自ら語っておられるのじゃ。

そして落ちた後、この御方は子らに向けた催しへ向かわれた。

客が入れ替わり、尽きぬ場所を選ばれたのでござるよ。

吾輩は小島よしお殿に対して、落ちた後に何を選ぶかで、その者の値打ちが決まる、と思ったんだがお主は小島よしお殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

オリコンニュース(小島よしお、全盛期の月収は「1200万円」 “ブレイク”スギちゃんに貯金指南)

オリコンニュース(小島よしお、40代で腕あがらず投資の勉強を始める 芸人に危機感「お金に働いてもらうことを勉強しないと」)

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