巷に騒がれる、水川あさみ殿:実家のある大阪の茨木と、浜田雅功殿と母校を訪ねられた日について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1983年7月24日、大阪府茨木市にて生誕。
- 小学5年の折、ドラマ『家なき子』の子役を観て、自分もやりたいと思う。
- 13歳、知人の紹介にて芸能の事務所へ入る。
- 1996年、旭化成「ヘーベルハウス」のCMにてデビュー。
- 大阪から通いながら数多の審査を受けるも、落ち続ける。
- 15歳、映画『劇場版 金田一少年の事件簿』の審査に合格し女優デビュー。
- 高校入学と同時に上京。
- 2003年、『渋谷怪談』にて映画初主演。
- 2008年、『夢をかなえるゾウ』にて連続ドラマ初主演。
- 2011年、大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』に出演。
- 2013年、『シェアハウスの恋人』にて夜の看板枠の連続ドラマ初主演。同年、舞台初主演。
- 2016年、独立して自らの事務所を立ち上げる。
- 2020年、『喜劇 愛妻物語』『滑走路』にて数多の主演女優賞を受ける。
- 2022年、短編映画『おとこのことを』にて初めて監督を務める。
【実家は大阪の茨木。母校の門で足が止まった】
水川あさみ殿は1983年7月24日の生まれ、大阪府茨木市の出にござる。
地元については、ご本人が番組で存分に語っておられる。
2020年9月15日に放たれたMBS『ごぶごぶ』でのことでござる。浜田雅功殿と二人、茨木の町を巡られた。
「中学時代に住んでいた茨木市を一緒に巡って私の事を知ってもらいたい!」——そう申されての道行きであった。
訪ねた先の一つが、母校の中学校でござる。正門に立たれるなり「うわー! 懐かしい!」と声を上げられた。
用意されておった制服を見ては「めっちゃオシャレになってるじゃないですか!」と驚かれる。教室では浜田殿と写しまで撮られたそうな。
締めくくりは体育館でのバドミントン勝負でござった。小学生の頃、この御仁はバドミントンをやっておられたという。57歳の浜田殿の動きには「うまっ!」と声を漏らされたそうな。
この御仁が芸の道を志したきっかけが、なかなか良い。
小学5年の折でござる。
ドラマ『家なき子』に出ておった子役の姿を観て、
自分もこういうことがしたいと思われたのじゃ。
そのドラマは、当時の世を大いに騒がせた作でござった。
その子役の姿に、心を掴まれたのでござろう。
そして、ここからが早い。
十三の折、知人の紹介にて芸能の事務所へ入られた。
十三でござるぞ。中学に上がったばかりの齢じゃ。
思っただけで終わらせず、二年ほどで実際に門を叩かれたのでござる。
そして1996年、旭化成「ヘーベルハウス」のCMにてデビューを果たされる。
十三の少女が、画面に映ったのじゃ。
ここまでは、実に順調な話でござろう。
だが、ここからが長かった。
十三で門を叩くということについて、少し語らせてくれ。
この齢は、まだ何者でもない齢でござる。
自分が何に向いておるかも分からぬ。
そして、たいていの子どもは
「なりたい」と言うだけで終わるものでござる。
だがこの御仁は、実際に門を叩かれた。
しかも、その頃は大阪におられた。
東京の事務所へ入るとなれば、
通わねばならぬのでござる。
それを分かったうえで、飛び込まれたのじゃ。
この時、十三でござる。
画面に映るという意味では、
驚くほど早く叶っておる。
だが、この御仁が望んでおったのは
宣伝に出ることではござらぬ。
演じることでござった。
そこからが、長い道のりの始まりでござった。
ちなみに、この御仁が観て心を掴まれた作は、
1994年に放たれたドラマでござる。
貧しさの中で必死に生きる少女を描いた物語じゃ。
当時、世を大いに騒がせた作でござった。
その子役の姿に、十一の少女が心を動かされたのじゃ。
そして、その二年後には自ら門を叩いておられる。
思い立ってから動くまでが、恐ろしく速い御仁でござるな。
ちなみに、この御仁が生まれたのは大阪府茨木市でござる。
大阪の北の方、京都との境に近い土地じゃ。
そこから東京の事務所へ通うのでござるからな。
並の覚悟ではあるまい。
そして、この御仁は関西の出でありながら、
後にクールビューティーと評されるようになる。
だが実のところは、さばさばとした笑い上戸だという。
見た目と中身が違う、という御仁でござるな。
そして、その振れ幅こそが
数多の役をこなせる理由なのでござろう。
【落ち続けた日々から主演へ】
事務所に入ってからの日々でござる。
水川あさみ殿は、大阪から東京へ通いながら
数多の審査を受けておられた。
大阪から、でござるぞ。
新幹線でも二時間半は掛かる。
朝早くに家を出て、審査を受け、夜に帰る。
そういう日々を繰り返しておられたのじゃ。
そして、その結果は——
落ち続けた。
お主ら、これがどれほど堪えるか考えてみよ。
銭を掛け、時を掛けて東京まで行く。
そして落とされる。
また次の審査へ行く。また落とされる。
十三、十四の少女でござる。
心が折れても、誰も責めまい。
だが、この御仁は通い続けられた。
そして十五の折、ついにその日が来る。
映画『劇場版 金田一少年の事件簿』の審査に合格されたのじゃ。
これが、この御仁の女優としてのデビューでござった。
そして高校に入ると同時に、東京へ移られる。
そこからの歩みは、着実でござった。
2002年には『仄暗い水の底から』に出演。
そして2003年、『渋谷怪談』にて映画初主演を果たされる。
二十歳でござる。
落ち続けた少女が、七年で真ん中に立たれたのじゃ。
審査に落ち続けるということについて、
もう少し考えてみようではないか。
審査というのは、理由を教えてもらえぬものでござる。
落ちても、なぜ落ちたかは分からぬ。
背が足らぬのか、顔が違うのか、
それとも芝居が下手なのか。
何も分からぬまま、次へ向かうのじゃ。
これが最も堪えるのでござる。
直しようが無いのでござるからな。
そして、その道のりに新幹線代が掛かる。
十三、十四の少女が出せる額ではござらぬ。
家の者の支えがあったればこそでござろう。
そこまでして通い、そして落ち続ける。
諦める理由なら、いくらでもあったはずじゃ。
だが、この御仁は通い続けられた。
そして十五で、ついに合格される。
その作は、人気の漫画を原作とした映画でござった。
海の外を舞台にした物語じゃ。
そして高校に入ると同時に上京。
大阪から通う日々は、ここで終わったのでござる。
2001年には、第3回ミス東京ウォーカーにも選ばれておられる。
そして2002年、恐怖を描いた映画に出演。
この頃のこの御仁は、
恐怖を描く作に数多く出ておられた。
そして2003年、映画『渋谷怪談』で初主演を果たされたのじゃ。
落ち続けた七年が、そこで報われたということでござる。
合格した作についても、少し記しておこう。
人気の漫画を原作とした、名探偵の物語でござる。
その劇場版に出演されたのじゃ。
しかも、ただの通行人ではござらぬ。
きちんとした役どころでござった。
十五でその審査を通るというのは、
相当に目を引くものがあったということでござろう。
そして高校入学と同時に上京。
十六で親元を離れられたということじゃ。
そこからは、東京で暮らしながら現場へ通う日々でござる。
落ち続けた二年が、ここで終わったのでござる。
だが、そこから主演までにさらに五年を要しておられる。
近道は、一つも無かったということじゃ.
【未来予想図-作り手としても】
さて、水川あさみ殿の現在(いま)である。
2008年には『夢をかなえるゾウ』にて連続ドラマ初主演。
2011年には大河ドラマ『江〜姫たちの戦国〜』に出演され、
主人公の姉にあたる人物を演じられた。
そして2013年、この御仁にとって節目の年が訪れる。
『シェアハウスの恋人』にて、夜の看板枠の連続ドラマ初主演。
そして同じ年、舞台『激動-GEKIDO-』にも立たれた。
こちらは実に十年ぶり、二度目の舞台出演でござった。
そして、その二度目でいきなり主演を務められたのじゃ。
画面と、生の舞台。
その両方で真ん中に立たれた年でござった。
そして2016年、大きな決断をされる。
それまで所属しておられた事務所から独立し、
自らの事務所を立ち上げられたのじゃ。
三十代の初めでござる。
守ってくれる大きな傘を、自ら手放したということでござる。
そして、その決断が実を結ぶ。
2020年でござる。
この年、水川あさみ殿は主演女優賞を総なめにされた。
少し並べてみようではないか。
第94回キネマ旬報ベスト・テンの主演女優賞。
第12回TAMA映画賞の最優秀女優賞。
第42回ヨコハマ映画祭の主演女優賞。
第45回報知映画賞の主演女優賞。
そして第75回毎日映画コンクールの女優主演賞。
五つでござる。
映画を評する主だった賞を、ほぼ制されたのじゃ。
独立という決断について、少し語らせてくれ。
この世界において、事務所というのは傘でござる。
仕事を取ってきてくれる。
揉め事があれば守ってくれる。
その代わり、決める力の一部を預けることになる。
独立するというのは、その傘を自ら畳むということじゃ。
仕事は自分で取らねばならぬ。
揉め事も自分で収めねばならぬ。
だが、その代わりに——
演じる役を自分で選べるようになる。
そして2016年、この御仁は独立された。
その四年後の2020年に、
主演女優賞を総なめにしておられるのじゃ。
受賞の対象となった作を見よ。
『喜劇 愛妻物語』『滑走路』。
いずれも、大がかりな娯楽の作ではござらぬ。
人の心の細かいところを描いた作でござる。
こういう作は、大きな事務所におれば
回ってきにくいものでござろう。
自分で選べるようになったからこそ、
出会えた役であったのかもしれぬ。
そして2022年、この御仁はさらに一歩踏み出される。
短編映画『おとこのことを』にて、初めて監督を務められたのじゃ。
演じる側から、作る側へ。
十三で門を叩き、
落ち続け、
二十歳で初主演、
三十代で独立し、
三十七で主演女優賞を総なめにし、
そして監督まで務める。
この御仁の歩みには、一つも棚ぼたが無い。
すべて、自分で掴んでこられたものでござる。
そして人となりについても、少し記しておこう。
見た目から「クールビューティー」と評されることが多いが、
実のところはさばさばとした笑い上戸だという。
喜劇から重い役まで演じ分け、
変顔さえもやってのける。
そこが貴重なのだと評する者もおるほどじゃ。
また、この御仁は家族揃って
関西のある球団の贔屓であられる。
2007年には、その球団の開幕戦で
始球式を務めておられるのじゃ。
落ち続けた少女が、球場のマウンドに立つ。
こういう日も来るものでござるな。
最後に、この御仁の食の話も記しておこう。
水川あさみ殿は、ある記録の映画を観て感銘を受けられた。
海の外で作られた、動物と人との関わりを扱った作でござる。
そして、それをきっかけに
乳の品や卵、動物から得る食べ物を控えるようになられたという。
好きな食べ物は米だそうな。
……なんとも潔い答えでござるな。
一本の映画を観て、暮らし方を変える。
小学5年の折に一本のドラマを観て、
芸の道を志された御仁でござる。
作品に心を動かされたら、そのまま行いを変える。
この性分は、幼き頃から何一つ変わっておらぬのじゃ。
そして、そういう御仁だからこそ、
観る者の心を動かす芝居ができるのでござろうな。
そして共に演じてきた者との縁も深い。
数多の女優や役者と親交をお持ちで、
特に大河ドラマで共に演じた先達からは、
女優として大きな影響を受けたと語っておられる。
十三で門を叩き、
落ち続け、
そして三十を越えて主演女優賞を総なめにされた。
この先どのような役でお主らの前に現れるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は大阪の茨木!?浜田雅功と母校を訪ねた日についてのまとめ】
今回は水川あさみ殿について調査してみた!
吾輩は水川あさみ殿に対して、落ち続けた少女が、主演女優賞を総なめにするまでになった姫武者、と思ったんだがお主は水川あさみ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
水川あさみ、インスタ映え抜群の茨木の激アツスポットで「かわいい〜!!」(ザテレビジョン 2020年9月11日/MBS『ごぶごぶ』2020年9月15日放送)
関連記事


