巷に騒がれる、長濱ねる殿:兄について回った五島の日々と、祖母から受け継いだ役目について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1998年9月4日、長崎県のお生まれ
- 三つから七つの齢まで、五島列島の中通島で育たれる
- 2015年、欅坂46の一期生の選考に応じられる
- 最終の審査を受けずに、特例として加わることとなった
- 初めは、けやき坂46の一人だけの一員として活動される
- 2016年4月、「サイレントマジョリティー」にて世に出られる
- 2017年12月19日、初の写真集『ここから』を出される
- 2018年2月、長崎市の観光大使に就かれる
- 2019年3月、欅坂46を卒業される
- 2020年7月7日、芸の道に戻られる
- 2021年10月9日、西九州新幹線の長崎県広報大使に任じられる
- 2022年、朝の連続劇『舞いあがれ!』に出られる
- 6歳離れた兄君がおられる
【兄について回って、よくけがをしていた】
「長濱ねる殿はどのようなご家族で育たれたか」——これを調べに来られた御方へ。
この御方は長崎のお生まれで、……3歳から7歳までを五島列島で過ごされた。
その頃の暮らしを、本人がこう振り返っておられる。
「3、4歳の頃は、6歳離れた兄について回って、釣りをしたり、登れもしないような岩に登ったり、木に登ったり。それでよくけがをしていました」
……6歳離れた兄について回る妹でござる。
6つ上の兄の遊びは、3つの妹には全部が背伸びじゃ。……登れもしない岩に登り、けがをして帰る。
兄の側から見れば、さぞ邪魔であったろう。……釣り場に3つの妹がついてくるのじゃからな。
それでも連れて行った兄君も、なかなかの器でござる。
だが、この「ついて回る」が良いのでござる。……幼い者は、追いかける相手がおると育つゆえな。
都会の子が公園の滑り台で遊ぶ齢に、……この御方は岩と木と海で遊んでおられた。
遊び場の広さは、そのまま心の広さになる。……島の子は、島の分だけ大きく育つのでござる。
海の遊びも、並ではない。
……「(素潜りで)モリ突きをやって、ウニとかとってました」
素潜りでモリ突き、でござるぞ。……学び舎の思い出も、こうじゃ。
「1年生から6年生まで全員で網を引いて、かかった魚を粗汁にしてもらったり、海の幸を堪能していました」
……全校で網を引き、獲れた魚をその日の汁にする。
兄と海と島の人々……この御方の家族は、島ぐるみであったのでござる。
【節目節目で、五島に帰っていた】
五島を離れた後も、この島は特別な場所であり続けた。……2022年、故郷を巡る番組でのことじゃ。
島の人々が、幼い頃のこの御方の思い出話をしてくれた。……「好奇心旺盛な子で、活発だった」と。
それを聞いた本人の言葉が、これでござる。
「五島列島の人たちが私が子供の頃の思い出話をしてくださり、『好奇心旺盛な子で、活発だった』と聞いたときに、自分の原点を再認識しました」
……己の原点を、島の人の記憶が覚えていてくれたのじゃ。
何十年も前の、他所の家の子の性分を、……島の人々は昨日のことのように語ってくれたのじゃ。
親兄弟だけが家族ではない。……幼い日の己を覚えておってくれる人々も、家族のうちでござろう。
さらに、この御方はこうも気づかれた。
「何かに迷ったとき、そこに住む人に会いたいなと思ったとき、直感で五島列島に帰っていたのですが、今回の番組を通して、変化のきっかけや、何かに挑戦するときに、節目節目で帰っていたんだなと気づきました」
……節目節目で、帰っていた。
東京の暮らしは、次々と答えを迫ってくる。……だが島の時間は、急かさぬ。
波と網と粗汁の記憶が、……迷う心の速度を、ゆっくりに戻してくれるのでござろう。
アイドルの組に入る時も、離れる時も、新しい道を選ぶ時も。……迷いが生まれるたび、足が勝手に島へ向いておったのじゃ。
帰る場所を持つ者は、遠くまで行ける……五島は、この御方の錨(いかり)でござる。
【未来予想図-語りたがらぬ祖母の、代弁者に】
さて、この御方の家族の話には、もう一つ大切な章がござる。……長崎の家族なら、避けては通れぬ章じゃ。
この御方の祖母君は、長崎で被爆された御方でござる。
……幼い頃、学び舎の課題で戦争の体験を聞こうとした折のことを、本人がこう明かしておられる。
「祖母はあまり話したがらず、『思い出したくもない』と言っていました」
……思い出したくもない。
夏の宿題を抱えた孫が、祖母に尋ねる。……祖母は、首を振る。
その情景だけで、十分でござろう。
この一言の重さは、吾輩がとやかく言うものではござらぬ。……ただ、孫にすら語れぬ記憶がある、ということだけは分かる。
そして2025年、戦後80年の年に、……この御方は一つの決意を語られた。
「表に出る仕事をしている以上、長崎の方の思いを汲み取って代弁できる人間でありたい。今年は戦後80年の節目なので、積極的にそういった活動やお仕事に参加したいです」
……代弁できる人間でありたい。
祖母は語りたがらなかった。……その語られなかった分を、孫が引き受けると決めたのじゃ。
家族から受け継ぐものは、財でも家でもない。……語る役目ということもある。
兄について回った野生児が、……いまは祖母の思いを背負うて、表に立っておられる。
語りたがらぬ人の隣に、語る人が育つ……家族とは、そういう繋がりでもあるのでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は長崎!?3歳から7歳を五島で過ごすについてのまとめ】
今回は長濱ねる殿について調査してみた!
長濱ねる殿のご家族について、四つに絞ってみようぞ。
一つ。3歳から7歳までを五島列島で過ごし、6歳離れた兄について回る野生児であった。
二つ。素潜りのモリ突きでウニを獲り、学び舎では全員で網を引いた。
三つ。迷った時は、節目節目で五島に帰っていたと気づかれた。
四つ。被爆した祖母は語りたがらず、その思いを「代弁できる人間でありたい」と決められた。
五つ。島の人々が、幼い日のこの御方を覚えていてくれた。……「好奇心旺盛で活発だった」と。
……お主、この御方の家族の広さが見えられたか。
兄がおり、島の人々がおり、……そして語られなかった記憶を持つ祖母がおる。
追いかけて育ち、帰って立て直し、……いまは受け継いで語る側に回られた。
家族の話を調べに来られたお主も、……己の「五島」がどこか、一度思うてみられよ。
迷った時に足が向く場所。それが答えでござる。
けがをしながら岩に登った妹は、……いちばん登りにくい岩に、いま登ろうとしておるのやもしれぬ。
20カ国を旅した御方でもある。……世界を見た上で、帰る先はいつも五島なのじゃ。
遠くを知るほど、根の有難みは増すのでござるな。
吾輩が最も心に残ったのは、二つの言葉の並びでござる。
……祖母の「思い出したくもない」と、孫の「代弁できる人間でありたい」。
語れぬ人の分まで、語れる者が語る。それもまた、家族から受け継ぐ仕事なのでござるよ。
吾輩は長濱ねる殿に対して、語れぬ人の隣に、語る人が育つのでござる、と思ったんだがお主は長濱ねる殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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