巷に騒がれる、北川景子殿:環境を捨てて出てきた末に、百本以上落ち続けられた頃の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1986年8月22日、兵庫県のお生まれ
- 高校に在る折に声を掛けられ、高校を辞めて転校し上京される
- 2003年、ドラマ『美少女戦士セーラームーン』の火野レイ役で世に出られる
- 2006年、映画『間宮兄弟』にて映画に出られる
- 2016年1月11日、DAIGO殿との結婚を発表される
- 2016年、『家売るオンナ』の三軒家万智役を務められる
- 2018年、映画『探偵はBARにいる3』にて第41回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞を受けられる
- 2023年、NHK大河ドラマ『どうする家康』にお市役で出られる
- 2025年、映画『ナイトフラワー』にて主演を務められる
- 2025年11月30日、MBS/TBS『日曜日の初耳学』にて恩師を語られる
- 2025年12月4日、フジテレビ『トークィーンズ』にて若き日を語られる
- 2026年、同作にて第49回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞
【北川景子が高校を辞めて出てこられた訳】
2025年12月4日でござる。
フジテレビ系『トークィーンズ』にて、北川景子殿は若き日を振り返っておられた。
その頃のご自分を、こう言い表しておられる。
「ギラギラしてました!」
……ギラギラでござる。
今のこの御方の姿からは、なかなか結びつかぬ言葉でござろう。
だが、そこには訳がござった。
ご本人の言葉を、そのまま引こうぞ。
「せっかく高校を辞めて転校して東京に出てきて、自分のこれまでの環境を捨ててまで来たので、絶対にうまくいかせたいし、有名になりたいって思いが強くて」
……お主、ここでござる。
高校を辞めて転校して、じゃ。
この御方は1986年8月22日、兵庫県のお生まれ。
そして高校に在る折に声を掛けられ、学び舎を移して都へ出てこられた。
……十代の半ばで、住む土地も学び舎も友も、全部置いてきたのでござる。
吾輩はな、この「せっかく」という言葉に唸った。
「せっかく捨ててきたのだから」でござる。
……戻る場所を、ご自分で無くしてこられたのじゃ。
だからこそ、こう続けておられる。
「やる気が溢れて、主役を取りに行く気持ちが強かった」
端役でよい、とは思われなんだ。
……主役を取りに行く、でござる。
そして2003年、ドラマ『美少女戦士セーラームーン』の火野レイ役で世に出られた。
……ここまでは、順調に見えよう。
【落ちた作の放送を、見られなかった日々】
ところが、そこから先が長かったのでござる。
2025年11月30日に放たれたMBS/TBS系『日曜日の初耳学』では、この御方が百本以上のオーディションに落ち続けたことが語られておる。
……百本以上でござるよ、お主。
鮮やかに世へ出た後で、じゃ。
名は知られておる。顔も出ておる。
その上で、百回以上「あなたではない」と言われ続けたのでござる。
その頃の胸の内を、ご本人はこう語っておられる。
「他人の作品を観られなくて、活躍を受け入れられなかった」
「オーディションにいっぱい行ってたんですけど、自分が落ちた作品のオンエアは観たくなくて受け入れられなかった」
……お主、ここが辛いところじゃ。
落ちた作は、いずれ世に出る。
そして、そこには受かった誰かが映っておる。
……見なければよい、というものでもない。
話には出る。人は褒める。逃げ場が無いのでござる。
さらに、こう続けておられる。
「嬉しいものではあるけど、焦りとか色んな気持ちがあって、自分に対してもイライラしてました」
……自分に対して、でござる。
相手を恨むのではない。己に苛立っておられる。
そして、最も重い一言がこれじゃ。
「なんとかプライドでスカしていたけど、家でよく泣いてました」
……プライドでスカしていた。
外では平気な顔をしておられたのでござる。
気にしておらぬ、という顔をな。
そして家へ帰って、泣いておられた。
【未来予想図-投げやりな態度を詫びられた御方】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
北川景子殿の転機は、格好をつけるのをやめた日にあると吾輩は見る。
証しを挙げようぞ。
『日曜日の初耳学』で語られた話でござる。
落ち続けて悔しさばかりの日々の中、この御方はある審査に“投げやりな態度”で臨まれた。
……もう、どうでもよいという気持ちであったのでござろう。
ところが、その場で出会うたのが森田芳光監督であられた。
後の俳優人生を大きく変えた恩師じゃ。
そして、この御方はこう明かしておられる。
「クランクインの日に真摯(しんし)に謝りました」
……お主、ここでござる。
謝られたのじゃ。
受かったのだから、黙っておればよい。
投げやりであったことなど、相手は気づいておらぬかもしれぬ。
……それでも、撮影の初日に頭を下げられた。
吾輩は見る。
これが、この御方の分かれ目でござった。
考えてみられよ。
「プライドでスカしていた」御方が、頭を下げたのでござる。
……スカすことをやめた、ということじゃ。
そして、崩れた後にこそ道が開けた。
お主、格好をつけておる間は、人は助けてくれぬ。
……困っておらぬ顔をしておる者を、助けようがないゆえな。
そしてもう一つ、吾輩が思うたことがござる。
この御方は「自分のこれまでの環境を捨ててまで来た」と言われた。
……退路を断つのは、強さでもあり、重荷でもある。
強さの側だけ見れば、それは推す力じゃ。
だが重荷の側は、失敗を許せなくする。
百本落ちて家で泣いておられたのは、その重荷の方が勝っておったからではあるまいか。
そして2025年、映画『ナイトフラワー』で主演を務められ、
2026年には第49回日本アカデミー賞の優秀主演女優賞を受けておられる。
……主役を取りに行くと言うた娘が、2016年には『家売るオンナ』で主演を張り、ついに日本アカデミー賞の主演の賞にまで届かれたのでござる。
世に出てから二十年余り。だが、着いておられる。
百本落ちても崩れなんだ見栄が、謝った日に崩れた……そこから道が開けたのでござろう
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【高校を辞めて上京!?ギラギラしていた頃についてのまとめ】
今回は北川景子殿について調査してみた!
一つ。高校に在る折に声を掛けられ、高校を辞めて転校し、都へ出てこられた。
二つ。その頃のご自分を「ギラギラしてました!」と言い表しておられる。
三つ。訳は「せっかく高校を辞めて転校して東京に出てきて、自分のこれまでの環境を捨ててまで来たので」。……戻る場所を、ご自分で無くしてこられたのじゃ。
四つ。2003年に世へ出られた後、百本以上のオーディションに落ち続けられた。
五つ。「自分が落ちた作品のオンエアは観たくなくて受け入れられなかった」……逃げ場が無いのでござる。
六つ。そして「なんとかプライドでスカしていたけど、家でよく泣いてました」。外では平気な顔をしておられた。
七つ。転機は“投げやりな態度”で臨まれた審査であった。そこで恩師・森田芳光監督と出会われる。
八つ。そして「クランクインの日に真摯に謝りました」。……受かったのだから黙っておればよいものを、頭を下げられたのじゃ。
お主、格好をつけておる間は人は助けてくれぬ。困っておらぬ顔の者を助けようがない。
……百本落ちても崩れなんだ見栄が、謝った日に崩れた。
主役を取りに行くと言うた娘が、二十年余りかけて日本アカデミー賞の主演の賞にまで届かれたのでござるよ
吾輩は北川景子殿に対して、百本落ちても崩れなんだ見栄が、謝った日に崩れたのでござる、と思ったんだがお主は北川景子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(北川景子、オーディション落選続きの過去「家でよく泣いてました」活躍する同世代への本音・2025年12月5日)
オリコン(北川景子、“投げやりな態度”でオーディション参加→恩師と出会い「真摯に謝りました」・2025年11月28日)
オリコンニュース(北川景子&DAIGOの結婚会見・2016年1月11日)
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