巷に騒がれる、佐藤勝利殿:父上が遺した一つの掟について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1996年10月30日、東京都にてお生まれになる。上に三人の兄姉がおられる末っ子
- 2010年10月30日、己の誕生日に審査を受けて通り、事務所に入られる
- 2011年9月29日、Sexy Zoneの結成と、11月のCD発売が知らされる
- 2013年10月5日、日本テレビ『49』にて連続の芝居で初の主演
- 2017年3月5日、日本テレビ系『チカラウタ』にて父上の教えを語られる
- 2019年11月1日、映画『ブラック校則』にて映画で初の単独主演
- 2021年9月、『ブライトン・ビーチ回顧録』にて舞台で初の単独主演
- 2022年8月24日、テレビ朝日系『徹子の部屋』にて名の由来を明かされる
- 2024年9月、コントの一座を結成すると発表される
【佐藤勝利の実家は、四人きょうだいの末っ子であった】
「佐藤勝利殿の実家はどうなのか」と、よう検索されておる。
――中でも多いのが、暮らし向きを問う声でござる。
先に申しておく。
身代の話は、どこにも出てこぬ。
本人も、事務所も、家の財について何一つ述べておられぬ。
――ゆえに吾輩も書かぬ。辿れぬものを、あるように書くわけには参らぬ。
その代わり、辿れたものがござる。
しかもこれが、銭の話などよりよほど面白いのじゃ。
まずは、家の形から申そうぞ。
この御方は1996年10月30日、東京都のお生まれでござる。
上に三人の兄姉がおられる、四人きょうだいの末っ子であられる。
2022年8月24日、テレビ朝日系『徹子の部屋』に出られた折、
ご自身でそう明かしておられる。
――四人でござるぞ。
いまの世で、四人はなかなかに多い。
末っ子というのは、上の三人を見ながら育つものでござる。
――先に転んだ者を三人分、見てから歩き出せるわけじゃ。
この御方の物おじせぬ様子は、そのあたりに根があるのかもしれぬ。
そしてもう一つ、家の形で申しておくべきことがある。
父上は、既に世を去っておられる。
この御方は、そのことを幾度も公の場で語っておられるのじゃ。
――隠しておられぬ。それどころか、自ら口にしておられる。
吾輩はここに、この家の在りようが出ておると見た。
考えてもみられよ。
身内の話というのは、大概が伏せられるものでござる。
――ましてや、亡くなった御方の話ならなおさらじゃ。
ところがこの御仁は、番組で名指しで語られる。
しかも、涙まで見せておられる。
――それだけ、渡されたものが大きかったということでござろう。
では、何を渡されたのか。
そこが、この御方の実家を語る上で一番の勘所でござる。
【父上の教えは、たった一つであった】
2017年3月5日、日本テレビ系『チカラウタ』でのことでござる。
佐藤勝利殿は、父上の教えをこう明かされた。
「家に帰ったら絶対に悲しいことを言うなって言っていたんですよ」
――お読みになったか。
たった一つでござる。
勉強せよでもない。人に迷惑をかけるなでもない。
家では、悲しい話をするな。
吾輩はこれを読んで、しばし手が止まった。
お主、ここが肝要でござってな。
この教えは、外での辛抱を前提にしておる。
――外で嫌なことがあっても、家に持ち込むな、ということじゃ。
厳しい掟のようにも聞こえよう。
だが、裏から読めばこうなる。
家というのは、悲しい話を持ち込まぬでよい場所である。
つまり、家は休む場だと決めておられたわけでござる。
そして、その掟を誰より守っておられたのが父上であったという。
外での難儀を持ち帰らず、明るいものだけを家へ入れる。
――言うは易いが、これができる大人がどれほどおろうか。
そしてもう一つ、名の話でござる。
「勝利」――強い名でござろう。
この名を付けられたのも、父上であられた。
同じ番組で、この御方はこう語っておられる。
「僕の上にも兄弟がいるんですけど、僕の時だけ父が出産に立ち会えたみたいで、『生まれただけで勝利した』って思ってくれたみたいで…」
――上の三人の折には、立ち会えなんだのじゃ。
四人目にして、初めて間に合われた。
そして、その場で思われたのが「生まれただけで勝利」でござった。
何かに勝てという名ではござらぬ。
――生まれてきた、その一事がもう勝ちだ、という名でござる。
そして面白いのは、この名を呼ばれ続けて育ったという一点でな。
名というのは、呼ばれるたびに意味が耳へ入ってくるものでござる。
――「勝利」と呼ばれて育った子が、負けん気を持つのは道理じゃ。
さて、この二つが繋がる場面がござってな。
この御方が舞台で、こういう台詞を口にされたことがある。
「この名前、父さんが付けてくれたんだ。負けるわけにはいかないんだよ」
――芝居の台詞でござる。
だが、この御方にとっては芝居ではあるまい。
そして2022年、『徹子の部屋』にてこう明かされた。
「メンバーにバレないように泣いてた」
――家では悲しい話をするな、と教わった御方でござる。
その教えを、そのまま組の中でも守っておられたわけじゃ。
隠れて泣く。そして、皆の前では言わぬ。
――父上の掟が、そのまま身に付いておるのでござるよ。
【未来予想図-その一つが、いまも効いておる】
巷の問いに、答えを出しておこう。
――実家が裕福であったかどうかは、辿れなんだ。
東京都のお生まれで、四人きょうだいの末っ子であられる。
分かるのは、そこまででござる。
だが、辿れたものはこうじゃ。
父上が名を付け、たった一つの掟を残された。
――家に帰ったら、悲しいことを言うな。
そしてその父上は、もうおられぬ。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方が長く真ん中に立ち続けておられるのは、この掟のゆえとみる。
十四で世に出て、以来ずっと画面の中におられる。
その間、しんどい時が無かったはずはござらぬ。
――だが、この御方が愚痴を言うておる姿を、吾輩は見た覚えがない。
隠れて泣いておられたのじゃ。
そして皆の前では、言わなんだ。
これを我慢と呼ぶのは、少し違う気がしてな。
――我慢ではのうて、そういう作法として育っておられるのでござる。
身に付いた作法は、我慢より長持ちする。
力んでおらぬゆえに、切れぬのじゃ。
そして近ごろ、この御方は新しい場へ踏み出された。
2024年9月、己が仕掛け人となってコントの一座を結成すると発表されておる。
――笑いでござる。
悲しい話を家に持ち込むなと教わった子が、
人を笑わせる側の場を、自ら作られた。
吾輩は、ここに繋がりを見た。
――外の難儀を家に入れぬのではのうて、
入ってきた者を笑わせて帰す場を、自分で建てられたわけじゃ。
これから先も、この御方は明るいものを差し出し続けられよう。
芝居でも、歌でも、笑いでもでござる。
――そういう名を貰い、そういう掟を渡された御方ゆえな。
生まれただけで勝利。そう名付けられた者は、負けを言わずに済む道を探すようになる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家の教えは一つ!?家で悲しい話をするなについてのまとめ】
今回は佐藤勝利殿について調査してみた!
一つ。佐藤勝利殿の実家は四人きょうだいで、この御方はその末っ子であられる。
二つ。身代の話は、本人からも事務所からも出ておらぬ。ゆえに書かぬ。
三つ。父上の教えは「家に帰ったら絶対に悲しいことを言うなって言っていたんですよ」の一つであった。
四つ。名は父上が付けられた。上の三人では立ち会えず、四人目で初めて間に合われ「生まれただけで勝利した」と思われたという。
五つ。父上は既に世を去っておられ、この御方は「メンバーにバレないように泣いてた」と明かしておられる。
吾輩は佐藤勝利殿に対して、掟を一つだけ渡された御方、と思ったんだがお主は佐藤勝利殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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