巷に騒がれる、白洲迅殿:本人が語った父君の仕事と、弟君2人との子の頃について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1992年11月1日、東京都八王子市のお生まれ
- 弟君が2人おられる
- 父君は中学の頃まで、マグロをトラックで運んでおられた
- 父方の祖父母の家は青森。子の頃は毎年の夏休みに帰っておられた
- 親の友人に勧められ、第22回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストを受けられる
- 高校を出る頃に事務所へ入られた
- 2011年、『ミュージカル テニスの王子様 2ndシーズン』鳳長太郎役でデビュー
- 同じ役を4年にわたり務められた
- 2022年10月、映画『向田理髪店』にて理髪店を継ぐ息子役を演じられる
- 2026年、大河ドラマ『豊臣兄弟!』にて佐々成政を演じられる
【白洲迅の実家と、父君の仕事】
「白洲迅殿の実家はどうなのか」――これを調べに来られた御方へ。
先に、書かぬことを申しておく。
姓が同じ有名な一族との関わりは、確かな出どころが一つも無い。
――巷で結び付けられておるようじゃが、辿れぬものは書かぬ。
その代わり、本人が語られた家の話がござる。
しかも、これが実に良い。
2022年10月13日に出た取材でのことじゃ。
映画『向田理髪店』にて、理髪店を継ぐ息子役を演じられた折の話でござる。
作の中の親子と、ご自身の家とを重ねてこう語っておられる。
「割と厳格な親父とものすごく愛にあふれた優しい母というのは、僕の両親と近いんです」
そして、父君の仕事が明かされる。
「父は僕が中学生ぐらいまではマグロをトラックで運んでいました」
――マグロを、トラックで、でござる。
夜通し走る仕事でござろう。魚は待ってくれぬゆえな。
そして、ここからの一文が良い。
「子どもの頃は、父は亭主関白、昭和の親父といった感じで、トラックの音が聞こえてくると、弟2人と怖がったものです」
お主、この情景が見えるか。
遠くからトラックの音が近づいてくる。
――父上が帰ってこられた、という合図でござる。
そして兄弟3人が、さっと身を固くする。
怖い父上じゃ。だが、それだけの家ではなかった。
「母は、そんな父にも負けない、かあちゃんって感じでしたね」
――負けない、でござる。
強い父上と、負けぬ母上。子は3人。
そして、いまはこうなっておられる。
「今では、父と一緒にお酒を飲んだりしていますが」
トラックの音に身を固くしておった子が、その父と酒を酌み交わす。
――時が経つとは、こういうことでござるな。
ちなみに父方の祖父母の家は青森であったという。
子の頃は毎年の夏休みに帰っておられたそうな。
ゆえに田舎の風景には懐かしさを覚える、と語っておられる。
【この道に入ったのも、親の縁であった】
さて、この御方がこの道に入った経緯も、また家絡みでござってな。
きっかけは第22回ジュノン・スーパーボーイ・コンテストであった。
だが、自ら志したのではござらぬ。
「親の友達に勧められて受けたんです」
――親の友人、でござる。
しかもこの御方、その手のことが得意ではなかった。
「正直、人前に出るのが嫌なタイプで、自分とは一番かけ離れた感じがしたんです」
人前が嫌な子が、人前に出る選考を受けさせられたわけじゃ。
そして本人の腹づもりは、こうであった。
――大学に行きながら、軽く何かできればよい、くらいの気持ちであったという。
ところが、そうはならなんだ。
2011年、選考を経て『ミュージカル テニスの王子様 2ndシーズン』の役を掴まれる。
しかもその役を、4年にわたり務めることになった。
本人の言葉がこうでござる。
――簡単にはやめられぬ、逃げられぬ状況を作られてしまい、
大学にも行けぬほど忙しくなってしまった、と。
「考える暇もなく、いろんなことが決まってしまった」
お主、ここが面白いところでござる。
親の友人の一声で始まり、気づけば戻れぬところまで来ておった。
――己で選んだ覚えが、どこにも無いのじゃ。
そして芸の道が10年を超えた今も、この御方はそこに引っかかっておられる。
「僕がやりたくて、始まってないっていうのがずっと結構引っかかっていて」
だが、その後がこの御方の芯でござる。
「もう、この仕事しかできないとは分かっているんですが、そういう自分をどこかで忘れないでおきたいと思っているんでしょうね」
――忘れないでおきたい、でござる。
普通は忘れたい話でござろう。
十年やって芽が出たなら、「自分で選んだ道だ」と言うほうが格好はつく。
――だがこの御方は、そう言い換えておられぬ。
始まりは人任せであった、と何度でも認めておられる。
この正直さが、演じる仕事とどこかで繋がっておるとみた。
【未来予想図-始めた覚えの無い道を、続ける訳】
問いに、答えをまとめておこう。
――白洲迅殿は1992年11月1日、東京都八王子市のお生まれ。
父君は中学の頃までマグロをトラックで運んでおられ、弟君が2人おられる。
母君は「父にも負けない、かあちゃん」であったという。
父方の祖父母の家は青森で、毎年の夏休みに帰っておられた。
そしてこの道に入ったのは、親の友人の勧めであった。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の強みは、始めた覚えの無さを抱えたまま続けておるところとみる。
考えてもみられよ。
己で選んだ道だと思い込んでおる者は、迷うたときに逃げ場が無い。
――「好きで始めたはずだ」と、己を責めることになる。
この御方は、そこを取り違えておられぬ。
始まりは人任せであった、と正直に言うておられる。
そのうえで、この仕事しかできぬと分かっておる、とも言われる。
――そして、その違和感を捨てずに持っておられるのじゃ。
吾輩は、この持ち方に育ちを見た。
トラックの音に身を固くしておった子が、いまは父と酒を飲む。
怖かったものが、そのまま消えたのではない。形を変えて残っておる。
――違和感の抱え方も、同じでござろう。
無かったことにせず、隣に置いておく。
2026年、この御方は大河ドラマ『豊臣兄弟!』にて佐々成政を演じておられる。
血気盛んな男で、戦働きを認められて精鋭の筆頭まで上り詰めた人物じゃ。
――人前が嫌であった子が、荒々しい武将を演じる。
ここまで来たかと、吾輩は思うたのでござるよ。
始めた覚えが無いことを、無かったことにせぬ者は強い。逃げ場を一つ持っておるゆえな
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家の父はトラックで!?音が聞こえると弟とについてのまとめ】
今回は白洲迅殿について調査してみた!
一つ。白洲迅殿の父君は「僕が中学生ぐらいまではマグロをトラックで運んでいました」という。
二つ。「トラックの音が聞こえてくると、弟2人と怖がったものです」と子の頃を振り返っておられる。
三つ。母君は「そんな父にも負けない、かあちゃんって感じ」であったそうな。今は父君と酒を酌み交わしておられる。
四つ。この道に入ったのは「親の友達に勧められて」選考を受けたのがきっかけであった。
五つ。「僕がやりたくて、始まってないっていうのがずっと結構引っかかっていて」と、いまも語っておられる。
吾輩は白洲迅殿に対して、始めた覚えの無さを捨てずにおられる、と思ったんだがお主は白洲迅殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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