巷に騒がれる、河本太殿:部員十二人で唯一の補欠であった話と、サウナで日本一になられた話について、
悪列非道!邪鬼滅殺!今宵成敗いたす!
【略歴】
- 1984年1月25日、岡山県津山市のお生まれ
- 津山市立津山西中学校、岡山県立津山商業高等学校を卒業
- 中学では稽古の厳しい吹奏楽の部で、打楽器を担われた
- その部で、県の代表にまで選ばれておられる
- 高校では蹴鞠の部に入られる。部員は十二名であった
- そしてその中で、唯一の控えであられたという
- 高校を出て、相方の井口浩之殿に付いていく形で都へ出られる
- 養成所には通わず、二人で組を作って歩み始められる
- 2010年6月末、タイタンの預かりとなられる
- 2019年、サウナを温める競技の日本大会で頂を取られる
- 2022年、M-1グランプリで頂に立たれる
- 岡山の言葉を、いまも使うておられる
【厳しき吹奏楽と、唯一の補欠】

巷でウエストランドと申せば、漫才の頂に立った二人組として覚えておる者が多かろう。
その一方、河本太殿でござる。
1984年1月25日、岡山県津山市のお生まれ。
まずは、中学の頃の話から始めようぞ。
この御仁が入られたのは、吹奏楽の部であった。
――しかも、稽古の厳しい部であったという。
担われたのは打楽器でござる。
そしてその部は、
――県の代表にまで選ばれておる。
お主、これは大したものでござるぞ。
いまの姿からは、想像もつくまい。
――実は、真面目に打ち込んでおられたのじゃ。
そして高校では、蹴鞠の部に移られた。
だがここで、面白い話がござる。
その部の人数は、十二名。
蹴鞠は十一人で戦う競技でござる。
つまり――控えは、一人しかおらぬ。
そしてその一人が、この御仁であられた。
――十二人中、唯一の補欠でござる。
お主、これは切ない話ではないか。
一人でも休めば、出られる。
だが誰も休まねば、ずっと座っておるのじゃ。
――笑うに笑えぬ立ち位置でござるな。
だが吾輩は、これを大事な話と見ておる。
控えというのは、外から見る立場でござる。
――外から見る目は、後に効いてくるのじゃ。
お主、控えという立場について
少し考えてみようではないか。
試合に出られぬ。
だが稽古は、皆と同じだけやらねばならぬ。
――報われぬ役目でござる。
しかも十二人のうち、ただ一人でござる。
他の者は皆、出ておる。
――己だけが、座っておるのじゃ。
腐っても、おかしくはない。
だがこの御仁は、辞めなかった。
三年間、その部におられた。
――そこが、大事なところでござる。
そして中学の吹奏楽も、厳しい部であった。
打楽器を担い、県の代表にまでなられた。
つまりこの御仁、
――厳しい場に身を置き続けてこられたのでござる。
いまの飄々とした佇まいからは、想像もつくまい。
だが人というのは、見た目では分からぬ。
――軽そうに見える者ほど、根に何か持っておるのじゃ。
弟御が一人おられるという。
――兄として、育たれたのでござるな。
【養成所に通わず世に出られる】

さて、この御仁がこの道へ入られた経緯でござる。
これがまた、変わっておる。
己で志されたのでは、ござらぬ。
高校を出た後、相方の井口浩之殿が
――大学へ進むため、都へ出られた。
そして――それに付いていく形で、上京されたのじゃ。
お主、笑うたか。
――なんとも、頼りない志でござるな。
だが人の道というのは、そういうものでもござる。
そして井口殿が大学を出られてから、
二人でウエストランドという組を作られた。
ここでもう一つ、大事なことがござる。
――この二人、養成所に通うておらぬ。
多くの者は、事務所の養成所で稽古を積む。
そこで人脈もでき、仕事も回ってくる。
だがこの二人は、そこを通らずに歩み始められた。
――後ろ盾の無い、独り立ちでござる。
そして2010年6月末、事務所の預かりとなられる。
だが、そこからが長かった。
この御仁は、内職も続けておられた。
家の改築を請け負う商いに、
――正社員として勤めておられたという。
昼は現場、夜は舞台でござる。
そしてその勤めの中で、資格も数多く取られた。
電気の工事、配管の工事、
重い物を吊る技能、高所の車を動かす資格、
――危うい品を扱う資格まで持っておられる。
お主、これは笑い事ではござらぬぞ。
――芸が当たらずとも、食うていける腕でござる。
そして2022年、ついに漫才の頂に立たれた。
――養成所に通わぬ組が、頂を取ったのじゃ。
さて、養成所を通らぬということについて
吾輩の思うところを述べさせてもらおう。
この道には、道筋というものがござる。
養成所に入り、稽古を積み、
そこで組を作り、事務所に拾われる。
――多くの者が、この道を通る。
だがこの二人は、それを通らなかった。
つまり――誰も教えてくれる者がおらぬ。
舞台の踏み方も、
笑いの取り方も、
全て己たちで探すしかない。
――これは、遠回りでござる。
だが遠回りには、良いところもある。
人と同じ型に、はまらずに済むのじゃ。
――この二人の漫才が独特なのも、そのためでござろう。
そして食うために、内職を続けられた。
家の改築の商いに、正社員として勤められた。
――兼業でござる。
そこで取られた資格の数々が、また実用的じゃ。
電気も、配管も、重い物を吊る技も。
――これらは、生涯食うていける腕でござる。
そして漫才の頂を取られてから、
その勤めは一旦辞められたという。
だがいまも、内職としては続けておられるそうじゃ。
――地に足の着いた御仁でござるな。
【未来予想図-サウナで日本一】

さて、この御仁のもう一つの顔を語ろうぞ。
――野遊びでござる。
元より山登りは好まれておった。
そこへ、仕事で一緒になった御仁たちの影響で
――野宿の遊びに興味を持たれた。
そして「焚火会」なる集まりの一員となられる。
2018年11月には、
――己の名を冠した映像の場まで開かれた。
そして2019年4月、面白いことが起こる。
野天の蒸し風呂を張り、
決められた熱さまで温める速さを競う大会があった。
――サウナ温め選手権と申すそうじゃ。
お主、そんな競技があるとは知らなんだであろう。
吾輩も、驚いた。
そしてこの御仁は、仲間と組んで出られ、
――日本大会で頂を取られたのでござる。
しかも、それだけではない。
同じ年の七月、
――芬蘭で開かれる世界の大会への切符まで得られた。
お主、世界でござるぞ。
漫才の者が、蒸し風呂で世界へ行くのじゃ。
――なんとも、痛快な話ではないか。
そしてこの御仁、事務所の頭からは
――「太田光殿と同じ目をしておる」と評されておる。
これは、大した褒め言葉でござろう。
普段は岡山の言葉で話されるという。
――郷里を、忘れておられぬのじゃ。
最後に、吾輩の思うところを述べさせてもらおう。
この御仁の歩みを並べてみると、
――実に、遠回りばかりでござる。
唯一の控えであった。
相方に付いて、都へ出ただけであった。
養成所にも、通わなかった。
そして長く、内職と掛け持ちであった。
――どこにも、格好の良い話がない。
だがその果てに、漫才の頂に立たれた。
――これが、良いのでござる。
お主、世の中には二通りの者がおる。
初めから光っておる者と、
――遅れて光り出す者じゃ。
そして遅れて光る者のほうが、
――見ておる者を、勇気づけるのでござる。
そして野遊びの道でも、日本一になられた。
蒸し風呂を温める競技でござる。
――こんな道でも、頂は取れるのじゃ。
この先この御仁がどこへ進まれるか、吾輩には分からぬ。
だが漫才があり、野遊びがあり、そして手に職がある。
――どう転んでも、生きていける御仁でござる。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
そして最後に、もう一言だけ添えておこう。
この御仁の相方である井口浩之殿は、
――なかなかに厳しい御仁であられるらしい。
「ネタは書かぬ、声は小さい、噛む」。
――そう言うて、ぼやいておられるそうじゃ。
お主、笑うたか。
だが吾輩は、これも芸のうちと見ておる。
文句を言う相方と、言われる相方。
――この形が、あの二人の味でござろう。
そして言われても、この御仁は動じておられぬ。
――そこが、また可笑しいのじゃ。
組というのは、似た者どうしでは続かぬ。
――違うからこそ、長持ちするのでござる。
吾輩、この二人の行く末を楽しみにしておるぞ。
そしてもう一つ、感心しておることがござる。
この御仁は、頂を取った後も
――暮らしぶりを変えておられぬらしい。
野に出て、火を焚き、蒸し風呂を張る。
――相変わらずでござる。
頂を取れば、人は変わるものじゃ。
――だがこの御仁は、変わられなんだ。
そして岡山の言葉も、そのままでござる。
都に出て何十年も経つというのに、
――郷里の言葉を捨てておられぬ。
吾輩、こういう御仁が好きでござる。
お主も、この御仁の飄々とした佇まいを見習われよ。
――肩の力を抜くのも、一つの技でござるぞ。
そして次にこの御仁を画面で見かけたならば、
――十二人で唯一の控えであった日々を思い出されよ。
――あそこから、ここまで来られたのじゃ。
【十二人で唯一の補欠!?サウナで日本一についてのまとめ】
今回は河本太殿について調査してみた!
吾輩は河本太殿に対して、唯一の控えであった若者が、養成所にも通わず、ついに漫才の頂まで昇られたと思ったんだがお主は河本太殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ心がザワつくような邪鬼共が溢れている。
引き続きこの書記にて悪事を暴き!世直しをしていく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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