巷に騒がれる、石原さとみ殿:初めての出産を経た復帰作で、娘を失う母を演じられた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1986年12月24日、東京都のお生まれ
- 血液型はA型、星座はやぎ座であられる
- 2002年、ホリプロの選びにて頂点に立たれる
- 2003年、映画『わたしのグランパ』にて15の齢でデビュー
- 同作にてブルーリボン賞新人賞など六つの賞を受けられる
- 2003年、NHK連続テレビ小説『てるてる家族』に出演
- 2016年、日本テレビ『校閲ガール・河野悦子』に主演
- 2018年、TBS『アンナチュラル』に主演される
- 2020年10月1日、結婚を発表される
- 2022年1月10日、第1子の懐妊を発表される
- 2024年、映画『ミッシング』にて産後の復帰作に臨まれる
- 2024年12月16日、第49回報知映画賞にて主演女優賞を受賞
【化粧は、ご自身でなさるという】
「石原さとみ殿の役作り」——これを調べに来られた御方へ。
この御方の役作りは、なかなか常軌を逸しておってな。……順に見てまいろうぞ。
まずは、化粧の話でござる。
2016年12月7日に放たれた日本テレビの番組でのことじゃ。
この御方は、こう明かしておられる。
「ドラマとか、映画とか、舞台のお芝居に関する時はメークは自分でするようにしていますね」
……自分でするでござる。
お主、これがどれほどのことか分かるか。
演じる場には、その道の手練れが控えておるものでござる。……任せておけばよいのじゃ。
それを、この御方はご自身でなさると言われる。
しかも、その支度の仕方が凄まじい。
「(メーク研究は)夜な夜なやってますよ」
……夜な夜なでござるぞ。
そして、その中身がこれでござる。
「ぶわーっとメイク道具広げて、この子(役柄)はどういう子かなと思いながら、リップからシャドウからチークから眉毛の色から、全部選んでますね」
……眉毛の色まででござる。
そして、ここが肝じゃ。
「この子はどういう子かな」——この御方は、化粧を役を考える道具にしておられるのでござる。
色を選ぶという行いが、そのまま人物を彫ることになっておる。
紅の一色を決めるのに、その者の生き方まで考えておられるのじゃ。
しかも、この御方はこう締めておられる。
「ふふふ楽しい」
……楽しいでござる。
苦行ではないのでござるな。……好きでやっておられるのじゃ。
ここが、この御方の強さでござろう。
手を抜かぬ者は多い。だが、それを楽しめる者は少ない。
……好きでやっておる者には、勝てぬのでござるよ。
しかも、任せておけば済むところを、わざわざご自身でなさる。
……人に頼まぬ、という話ではござらぬ。
その役のことを一番考えておるのは自分だ——……そういう構えでござろうな。
【髪も唇も、傷ませて臨まれた】
さて、その役作りが極まったのが、2024年の映画でござった。
この御方が演じられたのは、娘を失うた母という役どころでござる。
……しかも、これがご自身の産後の復帰作であられた。
その支度について、この御方はこう明かしておられる。
「髪の毛を傷ませるためにボディーシャンプーで(髪を)洗ったり」
……体を洗う石鹸で、髪をでござるか。
そして、こうも。
「唇荒れさせたり」
……お主、これは尋常ではござらぬぞ。
美しさを保つことが仕事の一つでもある御方でござる。……その御方が、わざと荒れさせておられるのじゃ。
何のためか。……その役に見えるためでござる。
美しく映ることより、その人物に見えることを選ばれたのでござるな。
そして、この作にはもう一つの重さがござった。
この御方は、脚本を二度読んでおられるのじゃ。
一度目は、まだ母となる前。
「子供も産んでいなかったですし、妊娠もしていなかったので想像で読んでいた」
……想像ででござる。
そして二度目は、産んだ後でござった。
「(役の感情が)分かりすぎるくらい分かってしまう」
……分かりすぎるくらい。
そして、この一言が恐ろしい。
「悪夢を見そうなくらい。すごく次のページ開くのが苦しくなる」
……次のページ開くのが苦しくなるでござるぞ。
同じ紙でござる。同じ字でござる。……だが、読む側が変わってしもうたのじゃ。
……この重さを背負って、現場に立たれたのでござる。
そして、ここでもう一つ思い出してみられよ。
この御方は、役の化粧をご自身でなさる御方でござった。
……ならば、この作の支度もご自身で考えられたことになる。
髪を傷ませ、唇を荒れさせ。……その一つ一つを、鏡の前で決めておられたのじゃ。
「この子はどういう子かな」——……あの問いを、この役にも向けておられたのでござろう。
娘を失うた母は、どういう顔をしておるか。……考えるだけでも、辛い問いでござるな。
【未来予想図-精神が壊れるギリギリだった】
では、その撮りはどのようなものであったか。
「私にとって『ミッシング』という作品はすごく特別で、初めての妊娠、出産を経て、産後復帰作で娘を失った母親という役を演じました」
そして、この一言でござる。
「精神が壊れるギリギリだったんですが」
……壊れるギリギリ。
……重い言葉でござるな。
では、何がこの御方を支えたのか。
「乗り越えられたのは、『夢だった吉田監督の現場に自分がいるんだ』と思ったから」
……夢だった現場に自分がいる。
苦しさを打ち消したのは、休みでも慰めでもござらぬ。そこに居られる喜びでござった。
そして、この御方がこの場で語られたことが、実に良い。
「私は15歳で映画でデビューして、16歳で人生で初めて賞をいただいたのがこの報知映画賞新人賞です」
「あれから21年が経ち、芸能人生で初めて映画で主演女優賞をいただきました」
……21年でござるぞ。
16の齢で新人として受けた同じ賞を、37の齢で主演として受けられたのじゃ。
同じ場所に、21年かけて戻ってこられた——
……これほど見事な円もござるまい。
そして、締めの一言がまた良い。
「本日は21年ぶりに両親が、病気を乗り越えて参加してくれています」
……21年ぶりに。
16の齢の日に共におられた御方々が、また同じ場に居られたのでござる。
……ご家族のことは、これ以上は書かぬ。ご本人が語られた、この一言だけで十分でござろう。
夜な夜な紅の色を選び、髪を傷ませ、唇を荒れさせる。……そこまでする御方でござる。
……その積み重ねが、21年かけて一つの賞になったのじゃな。
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【子供を産んで復帰作!?娘を失う母を演じたについてのまとめ】
今回は石原さとみ殿について調査してみた!
演じる仕事の折、「メークは自分でするようにしていますね」という御方。研究は「夜な夜なやってますよ」とのこと。
「この子(役柄)はどういう子かなと思いながら、リップからシャドウからチークから眉毛の色から、全部選んでますね」。
2024年の映画では「髪の毛を傷ませるためにボディーシャンプーで(髪を)洗ったり」「唇荒れさせたり」と。
産後に脚本を読み返すと「分かりすぎるくらい分かってしまう」「悪夢を見そうなくらい。すごく次のページ開くのが苦しくなる」。
――撮りは「精神が壊れるギリギリだった」。そして16の齢で新人賞を受けた同じ賞を、21年後に主演女優賞として受けられた。
吾輩は石原さとみ殿に対して、同じ場所に、21年かけて戻ってこられた、と思ったんだがお主は石原さとみ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
関連記事

