巷に騒がれる、芳根京子殿:実家が東京にあることと、第二の故郷と呼んでおられる母上の里について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1997年2月28日、東京都のお生まれ
- 実兄がおられる
- 母上の地元は、北海道のニセコであられる
- 中学2年の頃、ギラン・バレー症候群を患われた
- 2013年、フジテレビ『ラスト・シンデレラ』にて歩み出される
- 2015年、TBS『表参道高校合唱部!』にて初主演
- 2016年、NHK連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインに選ばれる
- 2019年3月、第42回日本アカデミー賞 新人俳優賞を受けられる
- 2023年4月7日、日本テレビ系『アナザースカイ』にてニセコを訪れる
- 2025年12月14日、初のカレンダーを世に出される
- 2026年、『24時間テレビ49』のチャリティーパートナーに就かれる
【芳根京子の実家は東京。母上の里はニセコ】
「芳根京子殿の実家は金持ちではないか」と、よう検索されておる。
――先に申しておく。身代については、本人も何一つ述べておられぬ。「名家」「本家」という語も巷に流れておるが、確かな出どころに行き着かなんだ。ゆえに書かぬ。
だが、この御方には「第二の故郷」と呼んでおられる土地がある。
この御方は1997年2月28日、東京都のお生まれでござる。実兄がおられる。
――そして母上の地元が、北海道のニセコであられる。
2023年4月7日、日本テレビ系『アナザースカイ』でのことじゃ。
この御方は第二の故郷として、そのニセコを訪ねておられる。
そこで語られたのが、この一言でござる。
「人と関わるのが好きな方が多い」
――土地の人柄の話じゃ。そして、その先が良い。
「私もそれがすごくあって。お芝居の現場ってすごいたくさんの人が関わって1つの作品が生まれる。それが好きで、すごい通ずるものがある」
お主、ここが面白いところでござるぞ。
この御方は、母上の里の人柄と、己の仕事とを重ねておられる。
――大勢が関わって一つのものが生まれる。それが好きだ、と。
芝居を選んだ訳を語るのに、演じることの面白さでも、目立ちたさでもない。……人と関わるのが好きだからと言うておられるのじゃ。
そして、それはニセコで身に付いたものだと。
吾輩は、ここに実家の姿を見た。
――金の話より、余程この家を映しておろう。
お主、考えてみられよ。東京に生まれ育った子が、母上の里を「第二の故郷」と呼ぶのじゃ。
……年に幾度も通うておらねば、そうは呼べまい。
そして通うた先で覚えたのが、人と関わることの心地よさであった。
――東京の家と、北の土地。この御方には、育った場所が二つあるのでござる。
【祖父君に報せた三日後のこと】
さて、そのニセコには祖父君が住んでおられた。
そして、この稿で一番重い話が続く。
2016年、この御方はNHK連続テレビ小説『べっぴんさん』のヒロインに選ばれた。
――決まってすぐ、祖父君に報せられたのでござる。
そのとき、祖父君が言われた言葉がこれじゃ。
「おおそうか、おめでとう」
そして、もう一言。
「感謝の気持ちだけは忘れんなよ」
――お主、この二つの並びを見られよ。
祝いの言葉の次に来たのが、戒めでござる。
……喜んで、そして釘を刺す。孫の頂点に立った日にじゃ。
そして――その三日後、祖父君は他界された。
朝の連続の物語は、まだ放たれておらなんだ。
……報せは届いたが、姿は見せられなんだのでござる。
この御方は、そのことをこう語っておられる。
「見せれなかった分頑張ろう」
そして、北海道へ帰る度にしておられることも。
「北海道に来て、お墓参りに行って、手を合わせる度に『ちゃんと報告できることを持ってこよう!』みたいな」
――報告できることを持ってこよう。
お主、これは重い誓いでござるぞ。
墓の前で手を合わせるだけではない。……報せる中身を作ってから来ると決めておられるのじゃ。
そして2023年、この道に入って十年の折に、こう述べておられる。
「おじいちゃんに言われたように感謝の気持ち忘れず。そこは本当に大事にしてこれからも頑張っていきたいな」
――七年前の一言を、そのまま握っておられる。
【未来予想図-兄上の居間に勝手に飾りに行く妹】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
ここまで重い話を並べたが、この家はしんみりしておるばかりではござらぬ。
2025年12月14日、この御方は初めてのカレンダーを世に出された。
そして、それを母上へ手渡した折の言葉がこれじゃ。
「大人になったね。良かったね」
――大人になったね。お主、良い母上ではないか。
娘は二十八でござる。朝の連続の物語のヒロインも務め、賞も受けておられる。……それでも母上には「大人になったね」なのじゃ。
ところが、兄上のほうは違うた。
「妹のカレンダーを飾る兄ってどうなんだろう…」
――お主、笑うてしもうたか。吾輩も笑うた。
褒めておらぬ。困っておられる。
そして妹の返しが、これでござる。
「兄の家のリビングに勝手に飾りに行こうと思います」
――勝手に飾りに行く。
吾輩は、ここに、この家の間合いを見た。
母上は、静かに認める。兄上は、照れて茶化す。……そして妹は、押しかけて飾ると言う。
――実に、風通しのよい家でござろう。
お主、ここで祖父君の言葉に戻ってみようぞ。
「感謝の気持ちだけは忘れんなよ」
……この一言が効き続けておる訳が、分かる気がいたす。
遠慮なく物が言える家で、ちゃんと祝ってくれる者たちがおる。……だからこそ、感謝を忘れるなという言葉が重みを持つのでござろう。
もっとも、これは吾輩の勝手な図でござる。……ご本人がそう述べられたわけではない。
ただ、墓前へ「報告できることを持ってこよう」と通う御方が、兄の居間へは「勝手に飾りに行く」と言う。
――この振れ幅こそが、この御方の実家なのやもしれぬな。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は東京!?第二の故郷は母のニセコについてのまとめ】
今回は芳根京子殿について調査してみた!
一つ。芳根京子殿の実家は東京都にあり、実兄がおられる。そして母上の地元が北海道のニセコであられる。
二つ。ニセコを第二の故郷と呼び、「人と関わるのが好きな方が多い」と語られた。……そして「私もそれがすごくあって」と、己の仕事に重ねておられる。
三つ。ニセコに住んでおられた祖父君に朝ドラのヒロインが決まったと報せると、「おおそうか、おめでとう」「感謝の気持ちだけは忘れんなよ」と言われた。
四つ。その三日後、祖父君は他界される。放送を見せることは叶わなんだ。「見せれなかった分頑張ろう」と語っておられる。
五つ。墓参の度に「ちゃんと報告できることを持ってこよう!」と思われるという。
六つ。2025年、初のカレンダーを母上へ渡すと「大人になったね。良かったね」。実兄からは「妹のカレンダーを飾る兄ってどうなんだろう…」でござった。
★身代については本人も述べておられぬ。「名家」「本家」という語も出どころが辿れぬゆえ、この書記は書かぬ。
吾輩は芳根京子殿に対して、墓前へは報告を持ってゆき、兄の居間へは勝手に飾りに行く御方、と思ったんだがお主は芳根京子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
オリコンニュース(芳根京子、自身初となるカレンダーを見た“家族”の反応明かす・2025年12月14日)
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