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巷に騒がれる、井上真央殿:劇中の手紙は全て直筆!?五歳からの歩みについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1987年1月9日、神奈川県横浜市磯子区にて生誕。兄上がおられる。
- 4歳の折、母上の勧めで劇団東俳に入る。5歳から子役として活動を始める。
- 1992年『真夏の刑事』にてデビュー。
- 1999年から2003年にかけて昼の連続ドラマ『キッズ・ウォー』に出演し、注目を集める。
- 2002年、『樋口一葉』にて舞台に初出演。
- 2004年、大学へ進むため学業に専念すべく活動を一時休止。
- 2005年10月、『花より母子』改め『花より男子』にて連続ドラマ初主演。
- 2007年、『ファースト・キス』にて月9の主演およびヒロインを務める。
- 2009年3月、明治大学文学部文学科演劇学専攻を卒業。
- 2011年、連続テレビ小説『おひさま』にて審査を経ずにヒロインを務める。
- 同年、映画『八日目の蝉』にて第35回 日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞。
- 同年末、『第62回NHK紅白歌合戦』にて紅組の司会を務める。
- 2015年、『花燃ゆ』にて大河ドラマ初主演。
【五歳から始まった子役の日々】

井上真央殿は1987年1月9日の生まれ、神奈川県横浜市磯子区の出にござる。
この御仁の歩みは、驚くほど早くから始まっておる。
4歳の折、母上の勧めで劇団に入られ、5歳から子役として活動を始められたのじゃ。
デビュー作は1992年の『真夏の刑事』。そこで演じられたのは、車にはねられて亡くなってしまう子どもの役でござった。
五歳の初仕事が、その役どころ。なかなかに重い門出でござるな。
そこから数多の作に出続けられた。1999年から2003年にかけての昼の連続ドラマ『キッズ・ウォー』では、正義感に溢れた少女を演じて広く注目を集められておる。
そして2004年、この御仁は大きな決断をされる。
大学へ進むため、活動を一時休止されたのじゃ。
十七の頃でござる。子役として名も売れ、仕事も途切れておらぬ。そこを一度止めて、学びを取られた。
この決断の裏には、ある御方の言葉があった。
子役の頃に共に出た檀ふみ殿から、こう言われたのだそうな。
「学業は芝居の邪魔にならない」と。
この一言で、大学へ行こうと思われたという。先達の言葉が、一人の役者の道を変えたわけでござる。
そして2009年3月、明治大学文学部文学科演劇学専攻を卒業。卒論の題に選ばれたのは、尊敬しておられる杉村春子殿でござった。
子役としての歩みを、もう少し並べておこう。
『藏』では松たか子殿の幼き日を演じ、住まいの広告では池脇千鶴殿の妹役を務めておられる。つまり先達の子ども時代を任される役者であったということじゃ。
誰かの幼き日を演じるというのは、なかなか難しい仕事でござる。その御方の面影を、こちらが作らねばならぬのでござるからな。
2002年には『樋口一葉』にて舞台にも初出演。画面だけでなく、生の場にも早くから立っておられた。
【劇中の手紙は、全て直筆であった】

活動を再び始められたのは2005年。そしてその年に、大きな作が来る。
『花より男子』でござる。同年10月、この作で連続ドラマの初主演を務められた。
この作は続編が作られ、映画版まで生まれる大きな流れとなった。映画版は、井上真央殿にとって映画初主演の作でもござる。
そして2011年。この御仁にとって、生涯でも指折りの年が訪れる。
まず連続テレビ小説『おひさま』のヒロインに選ばれた。しかも、この起用が並ではない。審査を経ずに決まったのでござる。
朝の連続テレビ小説のヒロインといえば、数千人が挑む狭き門でござる。そこを、審査なしで任された。それだけ信が厚かったということじゃ。
さて、ここでこの記事の一番良い話をせねばなるまい。
『おひさま』の劇中で、主人公が書く文字や手紙が出てくる。その文字は——全て、井上真央殿ご自身の直筆でござった。
小道具の担当が書いたのでもなく、書の心得ある者に頼んだのでもない。画面に映る手紙の一枚一枚を、演じる本人が書いておられたのじゃ。
これがどれほどのことか、お考えいただきたい。半年続く朝の物語でござる。手紙の場面など、数え切れぬほどあろう。
元より文字や手紙を書くことがお好きで、宝物も手紙だと語っておられる御仁。だからこそ、任されたのでござろうな。
そしてこの働きが、思わぬ形で報われる。同じ年、最も万年筆が似合う著名人を選ぶ催しにて、一般選出の部門で賞を受けておられるのじゃ。
ご本人曰く「ドラマの中の手紙を書くシーンのおかげ」とのこと。丁寧にやったことが、思わぬところで実を結ぶ。良い話でござろう。
そして同じ2011年、映画『八日目の蝉』にて第35回 日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受賞。年末には紅白歌合戦の紅組の司会まで務められた。
『花より男子』の頃を思い出す御仁も多かろう。2005年に始まり、続編、そして映画へと繋がっていった。
2007年には『ファースト・キス』にて月9の主演とヒロインを務められる。二十歳でござる。
だが、この御仁は勢いだけで進まれたのではない。その二年後の2009年3月には、きちんと大学を卒業しておられるのじゃ。
仕事の絶頂で、学びも終わらせる。檀ふみ殿の「学業は芝居の邪魔にならない」という言葉を、そのまま形にされたわけでござる。
【未来予想図-賞を掴んでから先へ】

さて、井上真央殿の現在(いま)である。
2015年には『花燃ゆ』にて大河ドラマ初主演を果たされた。朝ドラのヒロインと、大河の主演。NHKの二枚看板の両方で真ん中に立たれたことになる。
この御仁の人となりを表す話を、いくつか申しておこう。
まず、小学生の頃のことでござる。当時六十代であった女性から、初めてのファンレターを受け取られた。
その手紙には「大人になっても時代劇に出てほしい」という願いが書かれておった。そして井上真央殿は、その願いを汲んで——耳に飾りの穴を開けておられぬのじゃ。
時代劇では、耳の穴が映ってしまうと具合が悪い。だから開けぬ。一通の手紙のために、である。
手紙を宝物だと語る御仁らしい話でござろう。
そしてもう一つ。この御仁は投稿の場を一切開いておられぬ。
理由を問われて、こう答えておられる。「隠してる方が楽しいじゃないですか」と。
誰もが自ら発する世でござる。その流れに乗らず、見せぬことを選ぶ。しかも「楽しい」と言い切っておられるのが良い。
作を選ぶ目も語っておられる。生きづらさを抱えている人の感情を、一つずつ丁寧にすくいとるような作が好きで、自身の芝居にも生かしていきたい、と。
趣味は車を走らせること、特技は日本舞踊。幼稚園の頃から画面の前に座っておるドラマ好きでもあられた。
五歳で初めて画面に立ち、十七で一度止めて学び、そして最優秀主演女優賞まで辿り着かれた。
この先どのような役でお主らの前に現れるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。
2014年には劇場のアニメ映画にて声にも初めて挑まれた。顔を出さずに人物を立てる仕事でござる。
こうして並べてみると、この御仁の仕事にはある共通のものがある。
見えぬところを、手を抜かずにやるということじゃ。
劇中の手紙を自ら書く。一通のファンレターの願いを守り続ける。大学を卒業まで終わらせる。どれも、やらずとも誰にも咎められぬことばかりでござる。
だが、そこをやる御仁だからこそ、審査なしで朝の連続テレビ小説のヒロインを任されたのでござろう。
尊敬しておられる杉村春子殿を卒論の題に選ばれたというのも、この御仁らしい選び方でござる。
杉村春子殿といえば、生涯を舞台に捧げた大女優でござる。その歩みを学問として調べ上げたうえで、自分も同じ道を行く。
憧れを憧れのままにせず、学んで自分のものにしようとされたということじゃ。
2012年には映画の舞台となった大分市の観光特使にも就任しておられる。縁のできた土地を、その後も大切にしておられるということでござるな。
幼稚園の頃から画面の前に座っておるドラマ好きであられ、月9では『空から降る一億の星』がお好きであったという。観る側として育った御仁が、後にその枠の主演を務められた。良い巡り合わせでござる。
【劇中の手紙は全て直筆!?五歳からの歩みについてのまとめ】
今回は井上真央殿について調査してみた!
吾輩は井上真央殿に対して、劇中の手紙まで自ら書いた、丁寧な仕事の姫、と思ったんだがお主は井上真央殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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