巷に騒がれる、井上真央殿:檀ふみ殿の一言で学びを志された、確かな四年の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1987年1月9日、神奈川県横浜市のお生まれ
- 四つの頃、母上の勧めで劇団東俳に入られる
- 五つから、子役として歩み始められた
- 1992年、『真夏の刑事』で世に出られたのでござる
- 1999年から2003年まで、昼ドラ『キッズ・ウォー』に出続けられる
- 2002年、『樋口一葉』で初めて舞台に立たれた
- 2004年、学業に専念するため活動を一時休まれる
- 2005年、『花より男子』で連続の初主演を務められた
- 2009年3月、明治大学文学部を卒業されたのでござる
- 2011年、『おひさま』で朝の連続の主役を務められる
- 2012年3月、『八日目の蝉』で日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞を受けられた
- 2015年、大河『花燃ゆ』で初の主演を務められる
【英語の授業では「ミソスープ!」と答えた】
さて、まずは英語にまつわる話から参ろう。
――2010年、主演映画『ダーリンは外国人』の縁で、英語の授業に加わられたのでござる。
東京・文京区の筑波大学附属小学校で、文部科学省が催した外国語活動の公開授業でござった。
――共演のジョナサン・シェア殿が先生役を務め、六年生三十九人と机を並べられた。
食べ物の絵を英語で答える問いでは、なかなか手を挙げられなんだという。
――だが、みそ汁の絵が出ると「ミソスープ!」と果敢に答えられたそうな。
終わった後には、こう語っておられる。
――「久々の授業に参加できて、とても楽しかったです。皆さんが単語をたくさん知っていたので驚きました」。
子らに向けては、「英語の勉強を頑張ってね」とエールを送られた。
――飾らぬ人柄が、よう分かる話でござるな。
さて、この御方の始まりから辿ってみよう。
――四つの頃、母上の勧めで劇団東俳に入られた。
そして五つから、子役として歩み始められる。
――初の作は、1992年の『真夏の刑事』でござった。
その役は、車に撥ねられて亡くなる子供でござる。
――五つの子に、なかなか重い役でござるな。
七つの折には、NHKの『藏』で松たか子殿の幼き頃を演じられておる。
――三井のリハウスのCMでは、池脇千鶴殿の妹役を務められた。
そして1999年から2003年まででござる。
――昼ドラ『キッズ・ウォー』に、四年にわたって出続けられた。
正義感の溢れる少女の役で、注目を集められたのでござる。
――十二から十六の、まさに育ち盛りでござった。
その頃には、既に名を知られておられたのでござる。
――そして2002年、舞台にも初めて立たれた。
『樋口一葉』と申す作でござった。
――順風に見えるが、そこで一度止められるのでござる。
その決断こそ、この稿の肝でござる。
――では、次の段でじっくり語ろうではないか。
【檀ふみ殿の一言で、大学を志された】
さて、ここからが此度の題の核心でござる。
――大学へ行こうと思われた、きっかけがござる。
それは、七つの折に『藏』で共演された先達の一言でござった。
――檀ふみ殿から「学業は芝居の邪魔にならない」と言われたそうな。
――この一言が、進路を決めたのでござる。
後には「7歳のとき、はじめて女優さんになりたいなって思わせてくれた女優さんが檀ふみさんでした」とも語っておられる。
――学ぶことは、芝居の妨げにはならぬ。
むしろ、糧になるということでござろう。
――ご本人も「子供の頃も学校の方が好きで、常に学業を優先してきました」と語っておられる。
そして2004年、大きな決断をされる。
――大学へ進むため、活動を一時休まれたのでござる。
この時、十七か十八の年でござった。
――既に、昼の連続で名を知られておった頃でござる。
その勢いを、一度止められたのでござる。
――戻れる保証など、何処にもござらなんだ。
それでも、学びを取られたのでござる。
――そして翌2005年、活動を再開されるのでござる。
しかもその年の10月、『花より男子』で初主演でござった。
そして2009年3月、無事に卒業もされておられる。
――学びも仕事も、両方をやり遂げられたのでござる。
さて、あの休みの決断をもう少し考えてみよう。
――2004年、大学へ進むため活動を休まれたのでござる。
四年も続いた昼の連続が、終わった直後でござる。
――名を知られ、これからという時期でござった。
そこで、一年ほど画面から消えられたのでござる。
――芸の世界で、これは大きな賭けでござる。
一年離れれば、忘れられることもござるからな。
――それでも、学びを取られたのでござる。
背を押したのが、あの一言でござった。
――「学業は芝居の邪魔にならない」でござる。
子役の頃に共演された、先達の言葉でござった。
――その言葉を、何年も覚えておられたのでござるな。
良い言葉とは、こうして人を動かすのでござる。
――休んだ翌年に、生涯の代表作を掴まれたのでござる。
その作は、続きも映画の版も作られる人気となった。
――休んだことが、少しも損にならなんだのでござる。
むしろ、良い形で戻ってこられたわけでござるな。
――学びを選ぶ勇気は、報われるのでござるよ。
――この一言が、一人の演じ手の道を決めたのでござる。
お主も、若い者に良い言葉を掛けられよ。
――それが、十年後の道を作ることもあるのでござるから。
さらに一つ、この四年の重みを申しておこう。
――演じながら大学へ通うのは、並ではござらぬ。
ご本人曰く、「朝イチでロケに行って、終わって合間の時間があったら学校に行って」という日々であったそうな。
――それでも「留年することなく4年間で卒業できました」と語っておられる。
しかも2005年からは、主演の作が続いておられた。
――最も忙しい四年に、卒業までやり遂げられたのでござる。
これを本気と呼ばずして、何と呼ぶのでござろうな。
――あの一言を、最後まで信じられたのでござるよ。
【未来予想図-学びは芝居の邪魔にならぬ】
さて、その学びの中身も見てみようではないか。
――明治大学の文学部文学科、演劇学の専攻でござる。
つまり、芝居そのものを学ばれたのでござる。
――英語ではなく、演劇でござったのでござるな。
そして卒業の論文の題も、公にされておる。
――尊敬しておられる、杉村春子殿についてでござった。
日の本の新劇を代表する、名優でござるな。
――演じ手が、演じ手について論文を書かれたのでござる。
これは、実に真っ直ぐな学び方でござる。
――「学業は芝居の邪魔にならない」を、地で行かれたのでござる。
むしろ、芝居のために学ばれたのでござるな。
――そしてその四年は、確かに実を結んでおる。
2011年、朝の連続の主役を務められた。
――しかも、オーディションなしでの起用であったという。
翌2012年3月には、『八日目の蝉』で日本アカデミー賞の最優秀主演女優賞も受けられておる。
――2015年には、大河『花燃ゆ』でも初の主演を務められた。
学びを選んだ四年が、無駄でなかった証でござる。
――あの先達の一言は、正しかったのでござるよ。
さて、この御方の人となりも記しておこう。
――文字や手紙を書くことが、お好きだという。
そして宝物も、手紙であられるそうな。
――朝の連続で主人公が書く文字も、全てご本人の直筆でござった。
――そのおかげで、「万年筆ベストコーディネイト賞2011」まで受けられておる。
万年筆が最も似合う者を選ぶ賞でござった。
――ご本人曰く、「万年筆を使って手紙を書くシーンが多かったので、ドラマのおかげかな」。
さらに、面白い逸話もござる。
――小学の頃、六十代の女性から初めての文を貰われた。
その方は、こう望まれたそうな。
――大人になっても、時代の作に出てほしいと。
その望みを汲んで、2014年の時点でピアスの穴を開けておられなんだという。
――一通の文を、長く守ってこられたのでござる。
これほど義理堅い話も、そうはござらぬ。
――そして2024年の時点で、SNSも一切開いておられなんだ。
その理由も、実に洒落ておるのでござる。
――「隠してる方が楽しいじゃないですか」と申されたそうな。
――振り返れば、学びは確かにあった。
活動を休んでまで、大学へ進まれたのでござる。
――そして卒業の論文は、尊敬する演じ手についてでござった。
学びを、そのまま芝居に注がれたのでござる。
――これほど筋の通った学び方も、そうはござらぬ。
さらに一つ、この御方の好みも記しておこう。
――趣味はドライブ、特技は日本舞踊でござる。
幼稚園の頃から、テレビの前に座るドラマっ子であられたそうな。
――月9では『空から降る一億の星』がお好きだったという。
そして、芝居への向き合い方も語っておられる。
――映画『わたしのお母さん』では、「生きづらさを抱えている人の感情を一つずつ丁寧に救いとり」たいと思うて演じられたそうな。
――見る目と、演じる姿勢が一本に繋がっておるのでござる。
兄上がおられ、ご自身は長女であられる。
――「ないものねだりで姉と弟がずっとほしいなと思っていた」そうな。
そして2012年には、映画『綱引いちゃった!』の舞台となった大分市の観光特使にも就かれておる。
――撮影で縁のできた土地でござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【学業は邪魔にならぬ!?明治大学の4年と英語の授業についてのまとめ】
今回は井上真央殿について調査してみた!
吾輩は井上真央殿に対して、学びは芝居の邪魔にならぬ、を身をもって示された御方と思ったんだがお主は井上真央殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
自分も英語をやり直したいと思ったなら、こちらも読まれよ。
こちらも合わせて読まれよ。
引いた言葉の出どころ
マイナビ学生の窓口(2017年11月8日)「留年することなく4年間で卒業できました」
読売新聞『yumiyoriな話』(2011年7月8日)「常に学業を優先してきました」
モデルプレス(2014年7月11日)檀ふみと20年ぶりの共演
シネマトゥデイ(2010年4月25日)英語の授業で「ミソスープ!」
オリコンニュース(2011年11月8日)万年筆ベストコーディネイト賞2011
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