巷に騒がれる、池田レイラ殿:小学四年で自ら志願された舞台と、何でも買うと言われて組まれた二人組について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2005年3月1日、東京都西東京市のお生まれ。身の丈は百五十二寸ほど
- 名は、かの名曲『いとしのレイラ』に由来しておる
- かつては子役として活動されていた
- 2016年8月28日、父君と二人組「完熟フレッシュ」を結成される
- 2017年、漫才の大会にて素人としての賞を受けられる
- 2018年1月、正月の番組に出て注目を集め、事務所に所属される
- 2019年12月、二人で地元の親善の大使に任じられる
- 2021年1月、漫才の協会に正式に入られる
- 2024年12月、誌面の賞にて最優秀の新人に選ばれる
【小学四年で自ら志願した舞台】

巷で池田レイラ殿と申せば、二人組「完熟フレッシュ」の突っ込みを担う御仁じゃ。だがお主、この御仁が芸の道へ入った経緯を存じておるか。
2005年3月1日、東京都西東京市のお生まれ。身の丈は百五十二寸ほど。趣味は動画を配ること、特技は鍵盤を弾くことだという。
そして名についても、面白い由来がござってな。――かの名高い曲『いとしのレイラ』から取られたものだという。洒落た名の付け方ではないか。
さて、この御仁は幼き頃、子役として活動しておられた。
ところが、である。――本人が嫌がるようになり、辞めてしまわれたのじゃ。
この一点が、吾輩は実に大事だと思うておる。
幼い子が芸の道におるとき、それが本人の望みかどうかは分かりにくい。――周りに乗せられておることも多いのでな。
この御仁は、嫌になったところできちんと辞められた。――己の気持ちに正直であられたのでござる。
ところが話は、ここで終わらぬ。
小学四年のとき、この御仁は自ら「将来はこの道に進みたい」と口にされたという。
――一度辞めた道へ、今度は己から戻ろうとされたのじゃ。
そしてその言葉を伝え聞いたある芸人から、「己の舞台に出てみぬか」と誘われた。――こうして、この御仁は己の意思で舞台に立たれたのでござる。
この舞台があったからこそ今の二人組がある、と後に語られておるという。――全ての始まりは、小学四年の一言だったわけじゃ。
この御仁の趣味と特技についても、少し触れておこう。
趣味は動画を配ること、そして特技は鍵盤を弾くことだという。――なかなか多才な娘御でござる。
そして舞台での衣装にも、こだわりがおありでな。海の向こうの一座の名が入った衣を身につけておられることが多いという。
――好みがはっきりしておる御仁じゃ。そういう者は、たいてい面白い。
子役を辞めるという判断について、もう少し。
幼い子が「嫌だ」と言えるというのは、実のところ大したことでござる。――周りの大人は、たいてい続けさせたがるのでな。
そしてこの御仁は、辞めた後に己から戻ってこられた。
――一度離れて、また戻る。これは、本当に好きなものにしか起こらぬことじゃ。
小学四年で口にした一言が、いまの道につながっておる。――人の道とは、まことに面白いものよな。
【何でも買うと言われて組んだ二人】

さて、ここからが実に愉快な話じゃ。
2016年、この御仁は父君と二人組を組むことになる。――結成は8月28日とされておる。
ところが、この結成の経緯がまた面白いのでござる。
この二人組は、父君の側から持ちかけられたものであった。
そして最初にその話をされたとき、この御仁は断られたという。
その後もなかなか首を縦に振らなんだ。――当然であろう。十一の娘御が、父と漫才をやれと言われるのじゃからな。
そこで持ち出された切り札が、これじゃ。
――「出てくれたら何でも買ってあげる」。
……お主、笑うてはならぬぞ。これで話がまとまったのじゃ。
吾輩は、この話を知ったとき腹を抱えて笑うたわ。――だが同時に、なかなか良い話だとも思うたのでござる。
無理強いされたのではない。きちんと取引が成り立ったうえでの結成じゃ。――そして結果として、この二人組は世に出ることになる。
結成の直後から漫才の大会に素人として出場され、2016年には三回戦まで、翌2017年には準々決勝まで進まれた。
そして2017年には、素人として最も優れた組に贈られる賞まで受けておられる。――素人でここまで来るのは、なかなかのことでござる。
そして2018年の正月、新春の番組に出られたことで一気に注目を集められ、同じ月のうちに事務所への所属が決まった。
漫才の大会に素人として出るということについて、少し語らせてくれ。
あの大会は、玄人が本気で挑む場でござる。――そこへ素人が飛び込むのじゃ。
しかも十一、十二の娘御が、である。――怖くなかったはずがない。
それでも二年続けて勝ち進み、二年目には準々決勝まで届かれた。――そして素人として最も優れた組に選ばれる。
この時点で、既に玄人に迫る腕であったということじゃ。
そして2018年、正月の番組で一気に世へ知られることとなる。――積み上げてきたものが、一夜で形になった瞬間でござろう。
二人組の芸について、もう少し語らせてくれ。
親と子で漫才をやるというのは、世にそう多くはない形でござる。
――しかも、子の側が突っ込みに回る。普通は逆であろう。
この形だからこそ、あの独特の可笑しみが生まれておるのじゃ。
そして忘れてはならぬのが、この御仁が話に手を入れておられるという点でござる。
――客の反応を見て、その場で直す。これができる者は、なかなかおらぬ。
十代の頃から舞台に立ち、客の顔を見続けてきた者だけが身につけられる技じゃ。
【未来予想図-挨拶を何より大事にする】

さて、この二人組の芸風についても触れておこう。
実際にあった話をもとに、頼りない父君が己を落とす話を繰り出し、それをこの御仁が辛辣な言葉で斬り返す。――これが基本の形でござる。
そして最後は、この御仁の一言で締められる。「生まれてくる家間違えたー!」――と。
……なかなか強烈な締めじゃな。だが、そこに嫌な感じが無いのが不思議でな。
吾輩が思うに、それはこの二人の間に確かな信があるからであろう。――信の無い者同士では、こういう芸は成り立たぬのでござる。
また、話の大筋は父君が書かれるようじゃが、客の反応を見てのこの御仁の手直しや、その場での言い足しもかなり入っておるという。――ただ読んでおるのではないわけじゃ。
そしてこの御仁の人となりを示す話が、また良い。
この御仁は、ある大先輩の影響で何よりも挨拶を大事にしておられるという。
――芸の世界において、挨拶ほど大事なものはない。そこをきちんと押さえておられるのじゃな。
近ごろの歩みも見事でな。2019年12月には地元の親善の大使に二人で任じられ、2021年1月には漫才の協会にも正式に入られた。
2022年には大学にも合格され、2024年3月に退かれて仕事に専念する道を選ばれた。――己で決めて、己で動く。この御仁は、いつもそうなのでござる。
そして2024年からは誌面での活動も始められ、同じ年の暮れには最優秀の新人として賞まで受けておられる。
――漫才、誌面、そして地元の顔役。この御仁の場は、着実に広がっておる。
小学四年で自ら志願した娘御が、いまや己の判断で道を選び取っておられる。――吾輩は、その行く末を楽しみに見守っておるぞ。
最後に、この御仁の芯の強さについて申しておきたい。
子役を辞め、自ら志願して舞台に戻り、二人組の誘いは一度断り、納得したうえで組み、大学に受かり、そして己の判断で退いて仕事に専念する。
――お主、気づいたか。この御仁は全て己で決めておられるのじゃ。
流されておらぬ。誰かに言われたから、でもない。
小学四年の頃に「この道へ進みたい」と口にした、あの一言から今日まで、――ずっと己の足で歩いてこられたのでござる。
巷にはこの御仁の生い立ちについて、私事に踏み込んだ話も流れておった。――だが吾輩は、そういう話は書かぬ。
語るべきは、この御仁が己で選び取ってきた道の方であろう。
未来の話を、もう少し。
この御仁はまだ二十を過ぎたばかりでござる。――先は、いくらでもある。
漫才の場を守りつつ、誌面でも認められ、そして地元の顔役としても働いておられる。
――場を広げるのが上手い御仁じゃ。
大学を退かれたことを惜しむ声もあったやに聞く。――だが、これも己で決めた道でござる。
学び舎に残るか、仕事を取るか。――どちらが正しいという話ではない。決めた者が、その道を正しくすればよいのじゃ。
吾輩は、この御仁ならばやり切ると見ておる。
最後にもうひとつだけ。
この御仁が大事にしておられる「挨拶」の話を吾輩はしみじみと良いと思うておる。
芸の腕でも、見た目でもない。――挨拶でござる。
だがな、これが実は最も難しい。――毎日のこと、しかも誰も褒めてはくれぬのでな。
それでも続けておられる。そして大先輩の教えを守っておられる。
――こういう者は、必ず長く残る。吾輩は、そう見ておるのじゃ。
【小四で自ら志願!?何でも買うと言われてについてのまとめ】
今回は池田レイラ殿について調査してみた!
吾輩は池田レイラ殿に対して、小四で自ら志願し、己の意思で舞台に立ち続けておる御仁と思ったんだがお主は池田レイラ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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