【小栗旬】実家は舞台一家!?父が演出する1万人の第九

小栗旬の実家 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、小栗旬殿:父君と兄君が場を作る側におられる、その家のことについて、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

スポンサーリンク

【略歴】

  • 1982年12月26日、東京都のお生まれ
  • 父君は舞台監督の小栗哲家殿、兄君はタレントの小栗了殿であられる
  • 小学生の頃、児童劇団に入られる
  • 1995年、大河ドラマ『八代将軍 吉宗』にて画に初めて出られる
  • 1998年、ドラマ『GTO』にて連続の枠へ定期で出られる
  • 1999年、父君が「サントリー1万人の第九」の演出を務め始められる
  • 2003年、舞台『ハムレット』にて蜷川幸雄の演出する舞台へ初めて立たれる
  • 2010年、映画『シュアリー・サムデイ』にて監督を務められる
  • 2017年12月3日、父君の演出する「サントリー1万人の第九」に朗読の客として出られる
  • 2022年、大河ドラマ『鎌倉殿の13人』にて主演を務められる
  • 2023年6月8日、所属する事務所の代表取締役社長に就かれる
  • 2023年10月、ご両親が結婚50年を迎えられた
スポンサーリンク

【実家は舞台の一家-父君は舞台監督の小栗哲家殿】

この御方の家について調べに来られた御仁へ、先に答えを申しておこう。

――小栗旬殿の実家は、舞台を作る一家でござる。

父君の名は、小栗哲家殿。舞台監督であられる。

そして兄君は小栗了殿。こちらも表に出る仕事をしておられる。

お主、ここで「舞台監督」と聞いて、どれほどの仕事か思い浮かぶか。

――名の知れた催しを一つ挙げれば、早い。

「サントリー1万人の第九」でござる。

ベートーヴェンの「第九」を、1万人が声を揃えて歌う催しじゃ。

1983年に始まり、いまも師走の風物詩として続いておる。

総監督と指揮を執るのは佐渡裕殿。

――そして、その舞台の演出を1999年から務めてこられたのが、父君の哲家殿なのでござる。

お主、1万人でござるぞ。

並の舞台ではござらぬ。

――人を並べるだけでも、途方もない段取りが要ろう。

その段取りを、二十年を超えて任されてきた御方じゃ。

さて、この一家のありようが分かる話が、もう一つござる。

2023年10月、兄君の了殿がご家族の写真を世に出された。

――父君、母君、そして三人のきょうだい。五人でござる。

その折の言葉が、これじゃ。

「昨日はうちの両親の50回目の結婚記念日!二人が居なければ、俺らは居ないわけだし、二人に感謝です」

――結婚して五十年でござる。

そして、続く一言がまた良い。

「5人で撮る機会を増やしていこうと思う、今日この頃です」

――増やしていこう、でござる。

お主、これは仲の良い家でなければ出ぬ言葉でござろう。

しかも、この写真は撮影のために整えた場のものではない。

「知人の結婚式で家族で撮ってもらったもの」だという。

――たまたま五人が揃うたゆえ、撮った。それだけじゃ。

四十を過ぎた息子が、親の金婚に並んで写る。

――そういう家でござる。

【1万人の前で、父君の演出する場に初めて立たれた】

さて、ここからが今宵の見どころでござる。

父君が舞台を作り、息子が舞台に立つ。

――ならば、二人で仕事をしたことがあるのか。

答えは「2017年まで、一度も無かった」でござる。

お主、意外でござろう。

この御方は2003年から蜷川幸雄殿の舞台に出続けておられる。

父君は1999年から1万人の催しを演出しておられる。

――同じ世界に、二十年近く並んで居られたのじゃ。

それでも、同じ舞台に立つことは無かった。

そして2017年、ついにその日が来る。

この御方が、父君の演出する「サントリー1万人の第九」に朗読の客として出られることになったのでござる。

読み上げるのは、シラーの詩「歓喜に寄せて」を訳した「よろこびのうた」。

――1万人の前で、でござる。

この時の父君の言葉が、可笑しい。

「ビックリしています。どのような顔をして打ち合わせしていいのか。気恥ずかしくて、は、は、はです。しかしながら、少し心配です」

――は、は、は、でござる。

お主、笑うておられるが、これは照れでござろう。

二十年の間、息子とは仕事をせなんだ舞台監督が、いざ来ると分かって「どのような顔をして」と言うておられる。

――そして最後に「少し心配です」と付けられた。

演出する側の目に戻っておられるのじゃ。

身内ゆえに甘くはせぬ、という構えでござろうな。

一方の息子殿は、こう応じておられる。

「自分と同じ月日を生きてきている公演に、参加させていただけることに運命的なことを感じています。35回目の公演に少しでも花を添えられるように頑張りたいと思います」

――ここでござる。お主、気づかれたか。

この催しが始まったのは1983年。

この御方が生まれたのは、その少し前の1982年12月でござる。

つまり、催しの回数と、この御方の齢がほぼ揃うておるのじゃ。

父君が二十年近く手掛けてきた催しが35回目を迎える年に、息子も35になる。

――「自分と同じ月日を生きてきている公演」とは、そういう意味でござる。

そして、その舞台に初めて立たれた。

お主、これは唸るところでござろう。

【未来予想図-一族そろって場を作る側におられる】

ここまでを、一度まとめておこう。

――小栗旬殿の実家は、舞台を作る一家である。

父君は舞台監督の小栗哲家殿。1999年から「サントリー1万人の第九」の演出を務めてこられた。

兄君の小栗了殿も表に出る仕事をしておられ、2023年にはご両親の結婚五十年を家族五人の写真で祝われた。

そして2017年、この御方は父君の演出する舞台に、初めて立たれた。

さて、この家をもう一度眺めてみようぞ。

――父君は、舞台を作る。

――兄君は、表に出る。

――そしてこの御方は、演じ、2010年には自ら監督もされた。

さらに2023年6月8日、所属する事務所の代表取締役社長に就いておられる。

ここからは吾輩の見立てでござる。

この一家に通っておるのは、役者の血ではのうて「場を作る側の血」ではなかろうか。

考えてもみられよ。

舞台監督とは、己が目立つ仕事ではござらぬ。

1万人を並べ、時を計り、皆が気持ちよく歌えるように段取りを組む。

――他人が輝く場を、裏から支える仕事じゃ。

そしてこの御方も、演じるだけでは止まらなんだ。

映画を撮り、いまは人を預かる側に回っておられる。

――若い者が立つ場を、作る側でござる。

父君の「少し心配です」という一言も、同じ目から出ておろう。

息子だから嬉しい、で終わらぬ。舞台がうまくいくかを案じておられるのじゃ。

この先もこの御方は、演じながら場を作っていかれるとみる。

――一家の家業とは、そういうものでござろう。

そして、いつかまた父子で同じ舞台に立たれる日が来るやも知れぬ。

――次は、二十年も待たずにな。

PR(広告を含みます)

【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

カレントボディ公式サイト

【実家は舞台一家!?父が演出する1万人の第九についてのまとめ】

今回は小栗旬殿について調査してみた!

実家は舞台を作る一家でござる。父君は舞台監督の小栗哲家殿で、1999年から「サントリー1万人の第九」の演出を務めてこられた。

兄君はタレントの小栗了殿。2023年10月、ご両親の結婚50年に合わせて家族五人の写真を世に出され、「二人が居なければ、俺らは居ないわけだし、二人に感謝です」と記された。

父子が同じ舞台で仕事をしたのは2017年が初めてであった。この御方が父君の演出する催しへ、朗読の客として立たれたのでござる。

父君は「ビックリしています。どのような顔をして打ち合わせしていいのか」と照れつつ、「しかしながら、少し心配です」と付け加えられた。

息子殿は「自分と同じ月日を生きてきている公演に、参加させていただけることに運命的なことを感じています」と語っておられる。

吾輩は小栗旬殿に対して、演じるだけでは止まらぬ、場を作る側の家に生まれた御方、と思ったんだがお主は小栗旬殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

シネマトゥデイ(すごい親子!小栗旬、父演出のコンサートに初出演・2017年10月18日)

オリコンニュース(小栗旬の“両親&3きょうだい”顔出し5ショット・2023年10月23日)

映画.com(小栗旬

オリコンニュース(小栗旬のプロフィール)

関連記事

【小栗旬】舞台と蜷川幸雄!!演技を鍛えた十数年

【小栗旬】大河と時代劇!!2度目の織田信長