巷に騒がれる、川西拓実殿:重機の資格が七つ!?工場から舞台へについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1999年6月23日、兵庫県高砂市にて生誕。
- 2015年2月22日、ある審査の二次に合格するも、三次へ進むことを諦める。
- 高校を卒業後、県内の川崎重工業株式会社に入社。
- 明石工場の第四実験部に配属され、四輪バギーの開発を手掛ける。
- 車体を主に開発する整備士として勤務する。
- 在職中に、危険物や溶接など数多の資格を取得。
- 夢を諦めたくないという思いから会社を辞める。
- 2019年、審査の催し『PRODUCE 101 JAPAN』に参加。
- 6000人の応募者の中から101人に選ばれる。
- 2019年12月11日、最終順位3位でJO1のメンバーに選ばれる。
- 2020年3月4日、JO1として『PROTOSTAR』でメジャーデビュー。
- 2023年4月、『クールドジ男子』にて地上波の連続ドラマ初主演。
- 2024年5月3日、映画『バジーノイズ』にて映画初主演。
【野球の大会で審査を諦めた】

川西拓実殿は1999年6月23日の生まれ、兵庫県高砂市の出にござる。
十一人組JO1の一員でござる。
この御仁の歩みは、なかなか珍しい形をしておる。
話は2015年2月22日に遡る。
この日、川西拓実殿はある審査の二次に合格しておられた。
服飾の会社が開いておった、若者を選ぶ催しでござる。
十五、六の頃でござるな。
そして次は三次審査。
会場は東京でござった。
ところが——
野球の大会があったのじゃ。
そう、この御仁は当時、野球に打ち込んでおられた。
そして大会と審査の日が重なった。
どちらかを選ばねばならぬ。
そして選ばれたのが——
野球でござった。
東京へ行くことができず、
三次へ進むことを諦められたのでござる。
お主ら、この判断をどう思う。
芸能の道が開きかけておったのじゃ。
そこを蹴って、部活の大会を取られた。
だが吾輩は、これを良い判断だと思うのでござる。
共に戦う仲間がおる大会でござるからな。
自分一人の都合で抜けるわけにはいくまい。
そういう筋を通す御仁なのじゃ。
野球という競技について、少し語らせてくれ。
この競技は、九人で守る。
一人でも欠ければ、試合が成り立たぬのでござる。
そして高校の大会となれば、
多くの者にとって一度きりの舞台でござる。
そこを抜けるというのは、
仲間を裏切ることにもなりかねぬ。
十五、六の若者が、そこで悩んだのじゃ。
片方は、芸能の道への扉。
もう片方は、仲間と積んできた日々。
そして後者を取られた。
この話が良いのは、
その選択を後悔で終わらせなかった点でござる。
諦めたはずの道へ、後年もう一度戻られたのじゃ。
しかも今度は、六千人の中の三位という形で。
諦めた道は、閉じたわけではなかったということでござる。
ちなみに、この御仁は兵庫県高砂市の出でござる。
播磨の海沿いの町じゃ。
工業の盛んな土地でもある。
後にこの御仁が工場で働くことになるのも、
案外自然な流れであったのかもしれぬのう。
ちなみに、この御仁の好きな食べ物も記しておこう。
ハンバーガー、ピザ、苺、そして濡れ煎餅でござる。
……最後だけ、ずいぶん渋いのう。
そして好きな握り飯の具は、
和風のツナマヨと梅昆布だという。
洋の物と和の物が、きれいに混ざっておる。
そして好きな映画として挙げておられるのが、
空を舞台にした、あの有名なアニメの作でござる。
趣味も映画を観ることじゃ。
工場で働いておられた頃も、
こうして外の世界を見ておられたのでござろう。
【工場の整備士として働いた】

そして高校を卒業された後のことでござる。
この御仁が選ばれた道が、また意外でござる。
芸能の道ではござらぬ。
川崎重工業株式会社でござった。
日本を代表する重工業の会社じゃ。
船を作り、鉄道の車両を作り、
航空機まで手掛ける会社でござる。
そこへ入社され、明石の工場に配属された。
配属先は第四実験部。
手掛けておられたのが——
四輪バギーの開発でござる。
四つの車輪で荒れ地を走る、あの乗り物でござるな。
そして、この御仁の役目は車体を主に開発する整備士であった。
つまり、機械の中身を触る仕事でござる。
油に塗れ、工具を握る日々じゃ。
そして、この御仁がその間に取られた資格が凄まじい。
少し並べてみようではないか。
危険物取扱者の乙種第四類。
アーク溶接。
ガス溶接。
有機溶剤作業主任者。
タイヤの空気充填作業者。
フォークリフト運転者。
そして玉掛作業者。
七つでござる。
お主ら、これがどれほどのことか分かるであろうか。
いずれも、講習を受けて試験を通らねば取れぬ資格でござる。
そして、どれも現場で本当に使う資格じゃ。
遊びで取れるものではござらぬ。
歌って踊る御仁が、
溶接もでき、フォークリフトも動かせるのでござる。
工場で働くということについて、少し語らせてくれ。
この御仁が配属されたのは、
四輪バギーを開発する部署でござった。
つまり試作の現場でござる。
できあがったものを組み立てるのではない。
まだ世に無いものを、形にしていく仕事じゃ。
図面を見て、部品を作り、組み、走らせ、
そして壊れたところを直す。
その繰り返しでござる。
だからこそ、資格が要るのでござる。
溶接ができねば、鉄を繋げぬ。
フォークリフトが動かせねば、重い物を運べぬ。
玉掛けができねば、吊り上げられぬ。
危険物の資格が無ければ、油も扱えぬ。
つまり、この七つの資格はすべて仕事に要るものでござった。
見栄えのために取ったのではない。
現場で使うために取られたのじゃ。
そして、これは相当な学びでござるぞ。
働きながら、講習に通い、試験を受ける。
それを七度でござる。
この御仁が真面目に働いておられたことが、
資格の数からはっきり分かるというものじゃ。
そして特技としては、
ビートボックスとハンドスプリングを挙げておられる。
口だけで音を作る技と、
手をついて跳ぶ技でござるな。
工場で働きながら、そういう技も磨いておられたのじゃ。
夢は、捨てておられなかったということでござろう。
ここで一つ、考えてみようではないか。
資格というのは、その者の真面目さの証でござる。
働きながら講習に通うのは、まことに面倒でござる。
休みの日が潰れるのでござるからな。
そして試験に落ちれば、また受け直しじゃ。
それを七度でござる。
つまり、この御仁は
工場での仕事を本気でやっておられた。
腰掛けのつもりではなかったのでござる。
だからこそ、辞める決断が重いのじゃ。
適当に働いておった者が辞めるのとは、話が違う。
本気でやっておった仕事を、
別の夢のために手放されたのでござる。
【未来予想図-六千人から三位へ】

さて、会社に勤めておられたこの御仁が、
なぜ舞台に立つことになったのか。
その理由が、実に真っ直ぐでござる。
夢を諦めたくない。
その思いから、会社を辞められたのじゃ。
お主ら、これがどれほどの決断か考えてみよ。
勤め先は、日本を代表する大きな会社でござる。
手に職もあり、資格も七つ持っておられる。
このまま勤めておれば、暮らしは安泰であったろう。
それを、何の保証も無い道のために捨てられたのじゃ。
しかも、あの日野球を選んで諦めた道でござる。
そして2019年、審査の催しに参加される。
応募したのは六千人。
その中から百一人が選ばれる催しでござった。
まず、この百一人に入られる。
そして催しが始まると、
見た目で一気に注目を集められた。
高い順位からの船出でござった。
さらに桃色の髪で舞台に立ち、
その存在の強さで話題となられる。
そして最終順位は——
3位でござった。
六千人の中の三番でござるぞ。
会社を辞めた判断が、これ以上ない形で報われたのじゃ。
そして2020年3月4日、メジャーデビュー。
そこからの歩みも早い。
2023年4月には『クールドジ男子』にて地上波の連続ドラマ初主演。
2024年5月3日には映画『バジーノイズ』にて映画初主演を果たされておる。
そして2024年4月6日には、
東京ドームでの野球の試合にて始球式も務められた。
あの日、審査より野球を選んだ御仁でござる。
そして九年後、
東京ドームのマウンドに立たれたのじゃ。
これほど良い巡り合わせも、そうそうござるまい。
会社を辞めるということについて、
もう少し考えてみようではないか。
勤め先は、日本を代表する重工業の会社でござった。
そこに正社員として入り、資格も七つ取っておられる。
つまり、失うものが山ほどあったということじゃ。
これが何も持たぬ若者ならば、話は簡単でござる。
失うものが無いのでござるからな。
だが、この御仁は既に持っておられた。
手に職も、安定した給金も。
それを、二十歳そこそこで手放されたのじゃ。
そして催しでは、桃色の髪で舞台に立たれた。
工場で油に塗れておった御仁が、
髪を桃色に染めて舞台に立つ。
この落差が、見ておる者の心を掴んだのでござろう。
そして最終順位は三位。
六千人の中の三番でござる。
ちなみに、この御仁の売り文句も残っておる。
「僕をトップに連れて行ってください」。
そして「拓実のセンスに溺れませんか」でござる。
……なかなか思い切った言葉でござるな。
工場の整備士であった御仁とは思えぬわ。
だが、その思い切りがあったからこそ
会社を辞められたのでござろう。
そして2023年に『クールドジ男子』で地上波の連続ドラマ初主演、
2024年には映画『バジーノイズ』でも初主演を果たされた。
さらに同じ2024年には、
東京ドームでの始球式も務めておられる。
あの日、審査より野球を選んだ御仁が、
野球の聖地のマウンドに立たれたのじゃ。
捨てたものは、何一つ無駄になっておらぬということでござる。
そして、この御仁の現在(いま)を並べておこう。
2020年3月4日にメジャーデビュー。
組は数多の作品を出し、大きな会場も埋めておられる。
2023年には『クールドジ男子』で地上波の連続ドラマ初主演、
2024年には映画『バジーノイズ』で初主演。
さらに同じ2024年には、
逃げる番組を原作とした映画にも出演しておられる。
そして2025年には、WOWOW『シャドウワーク』にも出られた。
歌い、踊り、そして演じる。
工場で四輪バギーを触っておった御仁が、
五年でここまで来られたのじゃ。
ちなみに、この御仁は親の影響である球団の贔屓でもあられる。
野球の縁は、いまも続いておるということでござるな。
あの日、審査より野球を取った御仁でござる。
そして九年後、その球団の本拠地で始球式を務められた。
捨てたと思うたものが、
形を変えて戻ってくる。
そういうことが、世にはあるのでござる。
さて、演じる場での歩みも記しておこう。
――歌と踊りの場だけに、留まっておられぬのでござる。
2023年4月から7月、テレビ東京『クールドジ男子』で連続ドラマ初の主演を務められた。
――地上波での、初主演でござった。
そして2024年5月3日、映しでも初の主演を果たされる。
――しかも、二人での主演でござった。
同じ年の7月19日には、別の映しにも主演として出ておられる。
――一年のうちに、映しで二度も真ん中に立たれたのでござる。
本業の演じ手でも、そう多くはないことでござる。
――そして2024年4月6日、最も良い出来事が起きた。
東京ドームで、球の試合の始めの投球を務められたのでござる。
――お主、思い出してみられよ。
この御方が一度この道を諦めた理由は、球の大会でござった。
――その球が、九年の時を経て晴れの舞台として戻ってきた。
しかも、ご両親の影響で贔屓の球団であられるという。
――これほど感慨深い話も、そうはござらぬ。
さらに、特技も面白いのでござる。
――口で拍子を刻む技と、体を宙で回す技だという。
工場で車体を組んでおった手が、今は全く違う働きをしておる。
――掲げる言葉は「僕をトップに連れて行ってください」でござった。
会社を辞めて挑んだ者の言葉として、これほど重いものもあるまい。
――2025年11月からは、配信の作にも出ておられる。
地上波、映し、配信。場を選ばずに広げてこられたのでござる。
――この先どの場で現れるか、実に楽しみでござるな。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。
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【重機の資格が七つ!?工場から舞台へについてのまとめ】
今回は川西拓実殿について調査してみた!
吾輩は川西拓実殿に対して、工場の整備士から、六千人の三位まで駆け上がった若武者、と思ったんだがお主は川西拓実殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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