巷に騒がれる、本田真凜殿:兄君が22で退いた姿を見て、やり切ろうと決めたというについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2001年8月21日、京都府のお生まれ
- 2023年7月7日、カンテレ・フジテレビ系『さんまのまんま初夏SP』に出演される
- 2024年1月11日、都内にて現役引退を発表される
- 2024年7月13日、関西テレビ系『おかべろ』にて恋の話をされる
- 2025年、1st写真集『MARIN』が発売される
- 2025年、映画『カラダ探し THE LAST NIGHT』にて芝居に臨まれる
- 2026年3月4日、化粧品の「Luarine」を世に出される
- 2026年5月22日、宇野昌磨とアイスダンスチームの結成を発表される
- 2026年7月、「Luarine」の新作を出される
【本田真凜は、二十一年の競技を退かれた】

2024年1月11日でござる。
都内にて、会見が開かれた。
本田真凜殿、二十二の歳のことじゃ。
「今シーズンを持ちまして選手生活を終えるという決断をしました」
……二十一年の競技を、退かれたのでござる。
この御方は、ご自身の場にこう書いておられる。
「今年でスケートを習い始めてから21年になるのですが」
……二十二の歳で、二十一年でござる。
つまり、物心のつく前から氷の上におられたのじゃ。
そして、その決断についてこう述べておられる。
「この大学4年のタイミングで離れることはずっと決めていたこと」
……「ずっと決めていた」でござる。
吾輩は、ここで手を止めた。
考えてみられよ。
退く時を先に決めておく、というのは珍しい。
……たいていは、続けられなくなって辞めるのでござる。
怪我、成績、年齢。
……外から押されて降りる。
だがこの御方は、己で決めておられた。
そして、競技人生をこう振り返っておられる。
「私のこれまでの人生は、どんな時を振り返っても全ての思い出にスケートがあります。たくさんの方に応援していただけて、長い競技生活の中で良い時もそうでない時も、どんな時も寄り添ってくださって幸せな競技生活だったなって思います」
……「良い時もそうでない時も」でござる。
吾輩は、ここが正直だと思うた。
この御方は、若い頃に世界の頂を取っておられる。
……そして、その後は思うようにいかぬ時期も長かった。
その両方を、並べて言うておられるのじゃ。
都合の良い方だけを語っておられぬ。
【二年後、別の種目で氷へ戻っておられる】

さて、この御方が退く時を「ずっと決めていた」訳でござる。
そこに、兄君の話が出てくる。
実は、十六の歳の頃はこう思うておられたという。
……「スケートは辞めて、もっと好きなものをいっぱい食べたい」と。
吾輩は、ここで笑うてしもうた。
考えてみられよ。
十六でござる。
……世界の舞台に立っておった頃じゃ。
その御方が、辞めて飯を食いたいと思うておられた。
だが、変わられた。
……「スケートがなくなる生活が自分の中では考えられなくて」と。
そして、その心変わりに兄君が関わっておられる。
兄君の本田太一殿が、二十二の歳で退かれた。
……その姿を見て、この御方はこう思われたという。
「私もここまでやり切りたいなって思いました」
……お主、気づかれたか。
この御方も、二十二で退いておられるのでござる。
吾輩は、ここで唸った。
考えてみられよ。
兄君が二十二でやり切った。
……だから己も二十二まで、と決めておられたのじゃ。
「ずっと決めていた」の中身が、これでござる。
さて、話はここで終わらぬ。
2026年5月22日でござる。
この御方は、宇野昌磨殿と共にアイスダンスチームの結成を発表された。
……退いてから、二年四か月後じゃ。
しかも、目指すは2030年の五輪でござる。
誘うたのは、向こうからであった。
この御方は、その時の心持ちをこう述べておられる。
「真剣な表情で提案いただいて、覚悟が決まるまで少し時間がかかったんですけど…」
……「覚悟が決まるまで少し時間がかかった」でござる。
即座に頷いてはおられぬ。
……一度、終えた道でござるゆえな。
【未来予想図-辞めても離れられぬ御方】

さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
本田真凜殿という御方は、氷から離れられるのか。
吾輩は、この御方は辞めても離れられぬ御方と見る。
考えてみられよ。
この御方は、退く時を己で決めておられた。
……そして、その通りに退かれた。
きれいな幕引きでござる。
だが、二年四か月で戻っておられる。
……しかも、別の種目でな。
歩みを見れば、その間に何をしておられたかが分かる。
2001年8月21日、京都府のお生まれでござる。
2024年1月11日、都内にて現役引退を発表された。
2025年、1st写真集『MARIN』が発売される。
同年、映画『カラダ探し THE LAST NIGHT』にて芝居に臨まれた。
2026年3月4日、化粧品の「Luarine」を世に出される。
2026年5月22日、宇野昌磨殿とアイスダンスチームの結成を発表された。
……お主、この並びを見られたか。
写真集、芝居、化粧品。
……どれも、氷の外の仕事でござる。
そして、その先に氷へ戻っておられるのじゃ。
では、これから何が起きるか。
吾輩の見立てでは、この御方は両方を持ち続けられる。
訳を三つ挙げよう。
一つ。既に両方をやっておられる。
……化粧品を出した二か月後に、競技への復帰を発表されておる。
どちらかを捨てておられぬのでござる。
二つ。アイスダンスは、若さで勝つ種目ではない。
……表現と組の呼吸が要る。
二十代半ばからでも、間に合うのじゃ。
三つ。相手が、十年以上見てきた御方でござる。
……組を解く心配が薄い。
そして、最後に一つ思うたことがある。
この御方は、十六の歳に「辞めて好きなものを食べたい」と思うておられた。
……そして二十二で、その通り辞められた。
だが、二年で戻っておられる。
考えてみられよ。
「スケートがなくなる生活が自分の中では考えられなくて」でござる。
……この言葉は、十六の頃の話として語られたものじゃ。
だが、二十四の今にも当てはまっておる。
兄君が二十二で退いた姿を見て、己も二十二までと決めておられた
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
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【22歳で引退!?2年後に別の氷へ戻ったについてのまとめ】
今回は本田真凜殿について調査してみた!
一つ。2024年1月11日、本田真凜殿が都内の会見で現役引退を発表された。二十二の歳、二十一年の競技人生でござる。
二つ。「この大学4年のタイミングで離れることはずっと決めていたこと」
三つ。十六の頃は「スケートは辞めて、もっと好きなものをいっぱい食べたい」と思うておられたという。
四つ。兄君の本田太一殿が二十二で退いた姿を見て「私もここまでやり切りたいなって思いました」
五つ。2026年5月22日、宇野昌磨殿とアイスダンスチームの結成を発表。「覚悟が決まるまで少し時間がかかったんですけど…」
吾輩は本田真凜殿に対して、辞めても離れられぬ御方、と思ったんだがお主は本田真凜殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(22歳・本田真凜、会見で現役引退発表「ずっと決めていたこと」21年の競技人生に幕・2024年1月11日)
クランクイン(本田真凜、フィギュア選手人生を写真で振り返る 引退への思いも「どんな時もスケートが思い出の全てに」・2024年1月11日)
モデルプレス(宇野昌磨&本田真凜、アイスダンスチーム結成は宇野からの提案目標は「2030年オリンピック出場」・2026年5月22日)
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