巷に騒がれる、柳楽優弥殿:そういう賞を獲ったからキャスティングできない、と言われた。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1990年3月26日、東京都のお生まれ
- 2002年、映画『誰も知らない』のオーディションにて是枝裕和監督に選ばれる
- 2004年、第57回カンヌ国際映画祭にて史上初の14歳で男優賞を受けられる
- 2006年、映画『シュガー&スパイス』が公開される
- 2007年、映画『包帯クラブ』が公開される
- 2008年頃、しばらく活動を離れられる
- 2010年、映画『すべては海になる』にて戻られる
- 2010年、豊田エリーと結婚される
- 2014年、映画『クローズEXPLODE』が公開される
- 2014年、テレビ東京系『アオイホノオ』に出演される
- 2016年6月20日、馴れ初めを語られる
- 2016年、映画『ピンクとグレー』が公開される
- 2017年7月4日、20キロ減量した頃を振り返られる
- 2021年、映画『HOKUSAI』『浅草キッド』が公開される
- 2024年9月8日、カンヌの後の日々を語られる
- 2024年、TBS系『ライオンの隠れ家』に出演される
【柳楽優弥は、賞ゆえに呼ばれなくなった】
2024年9月7日でござる。
日本テレビ系『Google Pixel presents ANOTHER SKY』にてな。
柳楽優弥殿が、二十年前のことを語っておられる。
……2004年、第57回カンヌ国際映画祭。
映画『誰も知らない』で、史上初の十四歳にして男優賞を受けられた。
日ノ本の男優としても、初めてのことでござった。
さて、お主。
その後、この御方に仕事が押し寄せたと思われるか。
……逆でござった。
「そういう賞を獲ったからキャスティングできない」
……そう言われたのだという。
吾輩は、ここで手を止めた。
考えてみられよ。
賞を獲ったから、使えぬ。
……理屈としては、分かる。
世界の頂の賞を持つ十四の子を、脇に置きにくい。
……主役に据えるには、まだ若すぎる。
そして、作の格が問われる。
……「あの賞の子を、この役に」とは言い出しにくいのでござる。
だが、本人にとってはたまらぬ話じゃ。
考えてみられよ。
十四で頂を取った。
……そして、そのせいで役が来ぬ。
己が何かをしくじった訳ではないのでござる。
……むしろ、成し遂げた結果じゃ。
その結果が、道を塞いだ。
【芝居のために、働きに出ておられた】
さて、この御方はその時どうされたか。
待っておられたのではない。
「失敗も成功もわからないけどとにかく何か。前に進みたい」
……そう思うて、働きに出ておられたのでござる。
芝居のために、である。
吾輩は、ここで唸った。
考えてみられよ。
カンヌの男優賞を持つ者が、働きに出る。
……傍から見れば、落ちぶれたように映ろう。
そして、周りは必ず言う。
……「あの柳楽優弥が」と。
だがこの御方は、行かれた。
そして、その理由が「前に進みたい」でござる。
……上へ、ではない。
前へ、じゃ。
お主、この違いが分かられるか。
上を目指すなら、役が来るのを待つほかない。
……だが前へ進むだけなら、何をしても進める。
働くことも、前へ進むことなのでござる。
そして「失敗も成功もわからないけど」でござる。
……先が見えておらぬと、認めておられるのじゃ。
見えておらぬまま、動いておられた。
そして、ここで一つ思うことがある。
十四で頂を取った者にとって、働きに出るのは屈辱であろう。
……だがこの御方は、それを芝居のためだと言うておられる。
食うためではないのじゃ。
……人と関わり、暮らしを見ることが、芝居の元手になる。
そう思うて、行かれたのでござる。
さて、二十年経って、この御方はその頃をどう見ておられるか。
「面白いなって思います」
……お主、聞かれたか。
「面白い」でござる。
吾輩は、ここでまた止まった。
考えてみられよ。
苦しかった、とも、無駄ではなかった、とも言うておられぬ。
……面白い、じゃ。
他人事のような言い方でござる。
そして、それができるということは、
……もう痛みが残っておらぬということでもある。
【未来予想図-回り道を糧にした御方】
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
柳楽優弥殿という御方は、なぜ残られたか。
吾輩は、この御方は回り道を糧にした御方と見る。
考えてみられよ。
若くして大きな賞を取った者は、たいてい消える。
……早すぎる頂は、その先を平らにしてしまうゆえじゃ。
上がる場所が、無くなるのでござる。
この御方は、上がる代わりに横へ出られた。
……働きに出て、そして戻ってこられた。
歩みを見れば、その谷がはっきり見える。
1990年3月26日、東京都のお生まれでござる。
2002年、映画『誰も知らない』のオーディションにて是枝裕和監督に選ばれた。
2004年、第57回カンヌ国際映画祭にて史上初の十四歳で男優賞を受けられる。
2006年、映画『シュガー&スパイス』が公開された。
2007年、映画『包帯クラブ』が公開される。
2008年頃、しばらく活動を離れられた。
2010年、映画『すべては海になる』にて戻られる。
2014年、テレビ東京系『アオイホノオ』に出演された。
2021年、映画『HOKUSAI』『浅草キッド』が公開される。
2024年、TBS系『ライオンの隠れ家』に出演された。
……十四の歳から数えて、二十二年でござる。
お主、この年表の真ん中を見られたか。
2008年から2010年まで、空いておる。
……そして、戻ってこられた。
では、これから何が起きるか。
吾輩の見立てでは、この御方は若い者に道を作る側へ回られる。
訳を三つ挙げよう。
一つ。塞がれた経験をお持ちでござる。
……賞ゆえに呼ばれぬ、という理不尽を知っておられる。
知っておる者は、同じ目に遭う者を見つけられるのじゃ。
二つ。既に大御所の風格と評されておられる。
……三十を過ぎて、そう書かれる御方は少ない。
三つ。回り道を「面白い」と言える。
……これは、若い者に伝えられる言葉でござる。
そして、最後に一つ思うたことがある。
この御方は「前に進みたい」と言うておられた。
考えてみられよ。
十代で世界の頂に立ち、そこから塞がれた者の言葉じゃ。
……「戻りたい」でも「上がりたい」でもない。
賞を獲ったから使えぬ、と言われた。己が何をしくじった訳でもない
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【賞ゆえに呼ばれず!?14歳のカンヌの後についてのまとめ】
今回は柳楽優弥殿について調査してみた!
一つ。2024年9月7日、日本テレビ系の番組にて柳楽優弥殿がカンヌの後を語られた。
二つ。2004年、映画『誰も知らない』で史上初の十四歳にしてカンヌ男優賞を受けられた。
三つ。だがその後「そういう賞を獲ったからキャスティングできない」と言われたのだという。
四つ。「失敗も成功もわからないけどとにかく何か。前に進みたい」と、芝居のために働きに出ておられた。
五つ。二十年経った今、その頃を「面白いなって思います」と述べておられる。
吾輩は柳楽優弥殿に対して、回り道を糧にした御方、と思ったんだがお主は柳楽優弥殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(柳楽優弥、カンヌ最優秀賞受賞理由にキャスティングしてもらえなかった過去アルバイト経験が演技の糧に・2024年9月8日/日本テレビ系『Google
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