巷に騒がれる、菊池風磨殿:祖父の勤めと、母上が寄越した手紙について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1995年3月7日、東京都杉並区のお生まれ
- 小学の頃は球を打つ部、中学の頃はバスケットボール部におられた
- 2008年4月27日、中学二年でこの道に入られる
- 2011年9月29日、Sexy Zoneの結成とCD発売が知らされる
- 2013年2月9日、慶應義塾大学総合政策学部にAO入試で受かられる
- 2017年3月、慶應義塾大学を卒業される
- 2017年9月、ドラマ『吾輩の部屋である』にて初めて主役を務められる
- 2022年1月2日、日本テレビ系『はじめまして!一番遠い親戚さん』に出られる
- 2023年、一年に三度も連続の芝居で主役を務められる
- 2025年2月17日、日本テレビ系『しゃべくり007』にて母上の手紙を読まれる
【菊池風磨の祖父は、政の場に仕えておられた】
「菊池風磨殿の実家はどうなのか」と、よう引かれておる。
――中でも多いのが、裕福ではないかと問う声じゃ。
先に申しておこう。
暮らし向きの話は、どこにも出てこぬ。
本人も、事務所も、家の財について何一つ述べておられぬ。
――辿れぬものを、あるように書くわけには参らぬ。
その代わり、辿れたものがござる。
そしてこれが、この御方の性分を見事に説き明かしておってな。
2022年1月2日、日本テレビ系『はじめまして!一番遠い親戚さん』でのことじゃ。
この番組で、この御方の縁者が辿られた。
まず、近しいところから申そう。
祖父上は、大臣も務めた政治家の第一秘書であられた。
しかも、その政治家が政界を退かれるまで務め上げておられる。
――一人の御方に、最後まで付いておられたわけでござる。
第一秘書というのは、政の場では要の役どころでござってな。
書付を捌き、人と会い、段取りを組む。
――表には出ぬが、その御方の仕事の半分を担うておる。
それを、退くまで。
途中で乗り換えておられぬのじゃ。
お主、ここが肝要でござってな。
この御方の幼き頃の夢は、政治家であられた。
同じ番組で、こう語っておられる。
「日本を変えてやろって思ってました」
――子供の夢としては、なかなかに大きい。
だが、祖父上が政の場に仕えておられたと聞けば、腑に落ちよう。
食卓に、その手の話が転がっておったということじゃ。
さて、番組ではもっと遠い縁者も辿られた。
京都大学の名誉教授である建築家。
戦艦大和の設計に携わり、後に東京大学の総長を務められた御方。
サントリーの創業者。東武グループの祖である実業家。
――錚々たる顔ぶれでござろう。
ただし、ここは誤解されぬよう申しておく。
この番組の題は『一番遠い親戚さん』でござる。
つまり、辿りに辿って行き着いた遠い縁者でござってな。
――同じ屋根の下におった身内ではござらぬ。
ゆえに、これをもって「実家が裕福」と申すのは無理がある。
近しいところで確かなのは、祖父上の勤めだけでござる。
【母上が寄越した手紙に、何と書いてあったか】
さて、時を下って2025年2月17日のことでござる。
日本テレビ系『しゃべくり007』にて、母上からの手紙が読まれた。
――そこに書かれておったことが、実に重い。
まず、この御方の若い頃の話が出てくる。
医者に「入院してください」と告げられても、この御方は行かなんだ。
「何があっても行かない!」と言うて、仕事へ向かわれたという。
母上は、その様を「まるで何かに取り憑かれているように必死だった」と書いておられる。
――親から見て、そう映ったわけでござる。
そして、こう続く。
「ものすごく大変な世界に入れてしまったと後悔しました」
――後悔、でござる。
この道に入られたのは、中学二年の折じゃ。
十三か十四の子を送り出したのは、当然ながら親でござる。
その親が、後悔したと書いておられる。
吾輩は、ここで手が止まった。
考えてもみられよ。
息子は世に出て、名を知られ、主役も務めておる。
――傍から見れば、これ以上ない成りゆきでござろう。
それでも母上は「入れてしまった」と書かれた。
身を削っておる姿を見てしまえば、そうなるものじゃ。
そして手紙は、こう結ばれておる。
「頑張りすぎずに頑張ってね、そして疲れたらいつでも帰っておいで」
――お読みになったか。
「頑張れ」ではござらぬ。
「頑張りすぎずに頑張ってね」でござる。
この言い回しが、実に良い。
頑張るなとは言うておられぬ。
――止めはせぬ。だが、削るなと言うておられるのじゃ。
そして後半でござる。
「疲れたらいつでも帰っておいで」。
これは、家を開けておくという宣言でござる。
入院を断ってまで働く息子に、親が渡せるものは何か。
――説教ではあるまい。
戻る場所でござる。
この御方は、この手紙を受け取って涙ぐまれたという。
【未来予想図-帰っておいでと言われた者は強い】
巷の問いに、答えを出しておこう。
――実家が裕福であったかどうかは、辿れなんだ。
遠い縁者に名の知れた御方が並んでおるのは確かじゃが、
それは番組が辿りに辿って行き着いたものでござる。
近しいところで確かなのは、祖父上が政治家の第一秘書であられたこと。
そして、母上が「帰っておいで」と書かれたことでござる。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の物おじせぬ舌は、政の家の食卓で育ったものとみる。
この御仁は、番組でも遠慮なく物を申される。
――年嵩の御方にも、平気で切り込んでいかれる。
その度胸は、どこで身に付いたのか。
祖父上が第一秘書、幼き夢が政治家でござる。
――言葉で人を動かす場が、身近にあったということじゃ。
そして「日本を変えてやろう」と思うておった子でござる。
十かそこらで、そこまで大きく構える。
――その構えが、そのまま今の物言いになっておるとみる。
もう一つ、申しておきたいことがござってな。
入院を断って働いた御方が、いまも折れておられぬ。
2023年には一年に三度も主役を務められた。
――普通なら、どこかで切れておる働きぶりじゃ。
なぜ切れぬのか。
吾輩は、帰る場所があるゆえとみる。
疲れたら帰っておいでと言われておる者は、限界まで行ける。
――戻れぬ者ほど、手前で止まるものでござる。
これから先も、この御方は前へ出続けられよう。
組を率い、番組を回し、芝居にも立たれる。
――だが、無理をして倒れることはあるまい。
「頑張りすぎずに頑張れ」と書いた手紙を、持っておられるゆえな。
帰っておいでと言われた者は、遠くまで行ける。戻る家がある者だけが、思い切り離れられる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家の祖父は大臣の秘書!?夢は政治家についてのまとめ】
今回は菊池風磨殿について調査してみた!
一つ。菊池風磨殿の祖父上は大臣も務めた政治家の第一秘書を、その御方が政界を退かれるまで務められた。
二つ。幼き頃の夢は政治家で「日本を変えてやろって思ってました」と語っておられる。
三つ。遠い縁者にサントリー創業者らが並ぶが、番組が辿った遠い親戚であって近しい身内ではない。
四つ。母上の手紙には「ものすごく大変な世界に入れてしまったと後悔しました」と書かれておった。
五つ。その手紙は「頑張りすぎずに頑張ってね、そして疲れたらいつでも帰っておいで」と結ばれておる。
吾輩は菊池風磨殿に対して、帰る家を持っておる御方、と思ったんだがお主は菊池風磨殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
モデルプレス(timelesz菊池風磨、“入院拒否”の過去明らかに「大変な世界に入れてしまったと後悔」母の思い詰まった手紙に感動/日本テレビ系『しゃべくり007』2025年2月17日放送)
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