巷に騒がれる、井上裕介殿:関西の賞を捨てて上京し、M-1の頂で男泣きされた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1980年3月1日生まれ、大阪府大阪市出身。
- 2000年、お笑いコンビ・NON STYLEを石田明と共に結成。
- 2006年、「Day of the legend」名義で本格的音楽活動開始。同年7月にファーストミニアルバム『見上げれば、青い空』でCDデビュー。
- 2008年、M-1グランプリ 優勝
- 2010年、S-1バトル 年間チャンピオン
- 2019年9月20日から、グッド良平。(グッドウォーキン)とバケモン先生と共に「NON STYLE井上365」名義でYouTubeの動画投稿を開始。
- 2022年9月3日、一般女性との結婚を報告。
【関西の賞を捨てて、東京へ】
吾輩が此度語るは、NON STYLE・井上裕介殿が、M-1の頂に立つまでの道のりじゃ。
2000年、石田明殿と組んで、NON STYLEを結成された。関西を拠点に、新人の賞レースを次々と制しておられたのじゃ。
――だが、どうしても手が届かぬものがあった。
それが、M-1グランプリでござる。ご本人はこう語っておられる。
――「どんなに関西で賞をとっても、どうしても手が届かなかった」と。
そして2008年4月、二人は関西で築いたものを全てなげうって、東京へ移られた。それまで作り上げてきた漫才の形も、捨てられたという。
――ところが東京では、まだ名も知られておらなんだ。
「(上京してからは)仕事がバンバン入る、ということがまずなかった」と、二人は笑うて振り返っておられる。
積み上げたものを一度崩して、一年をM-1に賭ける。お主、なかなかできることではござらぬぞ。
【M-1の頂で、男泣き】
そして2008年12月21日、『M-1グランプリ2008』の決勝でござる。
――NON STYLEは、この年が決勝の初出場であった。
それが、そのまま王座に輝かれたのじゃ。審査の票も大きく集め、圧勝であったという。
発表の瞬間から、相方の石田殿は大泣きであった。井上殿は涙をこらえ、気丈に支えておられたそうな。
――だが、放送が終わった途端でござる。
張り詰めた糸が切れたように、床に崩れて男泣きされたのじゃ。客席からは「おめでとう!」の声が大合唱となって飛んだという。
ナルシストぶりで笑いを取る御仁でござるが、あの夜ばかりは、飾らぬ顔が出たのでござろう。
優勝の後は、仕事の話が一気に押し寄せたそうな。一年の賭けは、見事に実ったのでござる。
【未来予想図-笑いと歌と、思わぬ持ち場】
さて、この御仁は笑いだけの人ではござらぬ。2006年からは「Day of the legend」の名で歌も出しておられる。
2013年には、ロックバンド「flumpool」のギター・阪井一生殿が痩せることに専念する間、その代わりを務められた。しかも探されておった条件の一つが「とにかく(阪井)一生と顔が似ている方」であったという。
――お披露目の場では「flumpoolはオレが引っ張っていきます」と言い放たれた。
早速のナルシストぶりに、周りも笑うしかなかったであろう。
2019年からは、YouTubeの「NON STYLE井上365」でも動画を届けておられる。
そして2022年9月3日、一般の方との結婚を自ら報告された。「こんな僕をもらってくれるという勇気と器量がある方と奇跡的に出会うことができました」と、笑いを交えての報告であった。
趣味はギターに歌、バスケットボール、料理と幅広い。関西の賞を捨ててまでM-1に賭けた御仁でござる。これからも、思いもよらぬ持ち場で顔を見せてくださるであろう。
吾輩は、その次の一手を楽しみにしておるのじゃ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【全てを捨てて上京!?M-1で男泣きについてのまとめ】
今回は井上裕介殿について調査してみた!
吾輩は井上裕介殿に対して、関西の賞を捨ててM-1に賭け、頂で男泣きされた情の厚い男、と思ったんだがお主は井上裕介殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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