【M!LK・塩﨑太智】審査で歌ったのは勇気100%!?

怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、塩﨑太智殿:審査で歌ったのは勇気100%!? について、

悪列非道!邪鬼滅殺!今宵成敗いたす!

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  • 2000年9月11日:和歌山県和歌山市にて生誕
  • 「塩崎」と書かれることがあるが、正しくは「塩﨑」である
  • 母上の勧めにより、事務所の審査を受ける
  • 審査に合格し、スターダストプロモーションへ所属。EBiDANに加わる
  • 2014年:M!LKのメンバーとなる
  • 2015年3月25日:M!LKとして『コーヒーが飲めません』でCDデビュー
  • 2017年:映画『Cycle-Cycle』にて主演を務める
  • 2017年6月28日:「和歌山市観光発信人」に当時最年少で委嘱される
  • 2021年11月24日:M!LKとして『Ribbon』でメジャーデビュー
  • 2025年:『タクミくんシリーズ-Drama-』にて主演を務める
  • 2026年4月:『ラヴィット!』水曜の定期出演者、『よるのブランチ』の定期出演者となる
  • 2026年6月27日:自身の発信の場を開設
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吾輩が語るは、塩﨑太智殿の始まりについてでござる。お主らも興味深く聞くがよい。

塩﨑太智殿は2000年9月11日の生まれ、和歌山県和歌山市の出にござる。

五人組M!LKの一員でござる。

まず一つ、大事なことを申しておこう。

この御仁の名は「塩崎」と書かれることがあるが、

正しくは「塩﨑」でござる。

崎の字が違うのじゃ。ここは間違えてはならぬ。

さて、この御仁がこの道に入られた経緯が、

なんとも可笑しいのでござる。

始まりは、母上の勧めで事務所の審査を受けたことであった。

踊りには自信がおありであったという。

問題は、歌の審査でござった。

というのも、この御仁は当時——

夜の二十時には寝ておったのじゃ。

二十時でござるぞ。夜の八時じゃ。

子どもとしては、まことに立派な暮らしぶりでござる。

早寝早起き。親御が聞けば涙を流して喜ぶ話じゃ。

だが、そこに落とし穴があった。

歌番組というものは、たいてい夜に放たれる

つまりこの御仁は、

歌番組というものを観たことが無かったのでござる。

流行りの歌も、有名な歌い手も、知らぬまま育たれた。

そして、そのまま歌の審査の場に立たれたのじゃ。

さあ、何を歌うか。

二十時に寝るという暮らしについて、少し語らせてくれ。

子どもにとって、これは実に理に適った暮らしでござる。

体が育つのは寝ておる間でござるからな。

早く寝て、早く起きる。文句の付けようがない。

だが、その代わりに失うものもござる。

夜の楽しみでござる。

歌番組も、面白い番組も、たいていは夜に放たれる。

翌日、学校で友が「昨夜のあれを観たか」と話す。

その輪に、入れぬのでござる。

子どもにとって、これは案外つらいことでござろう。

だが、この御仁はその暮らしを続けておられた。

そして、その暮らしが後の審査で牙を剥く

人生とは、まことに分からぬものでござるな。

ちなみに、この御仁は和歌山市の出でござる。

紀州の海と山に囲まれた土地じゃ。

そこで早寝早起きの子どもが育っておったのでござる。

その子どもが、いまや東京の舞台で歌っておる。

この御仁の名について、一つ申しておこう。

「太」の字は縁起を担いで選ばれたもの、

「智」の字は知性に由来するものだという。

太く、そして賢く。

なんとも真っ当な願いが込められた名でござる。

そして実際、この御仁は幼き頃に

小学校の受験も、中学の受験も経験しておられる。

机に向かう習いも、身についておったということじゃ。

早寝早起きで、勉学にも励む。

まことに絵に描いたような子どもでござった。

そういう子どもが、事務所の審査を受けに行く。

そして歌を知らずに困る。

この落差が、なんとも人らしくて良いのう。

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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歌の審査でござる。何かを歌わねばならぬ。

だが、知っておる歌が無い。

普通の子どもならば、ここで固まってしまおう。

そして塩﨑太智殿が、辛うじて知っておった一曲。

それが——

『勇気100%』でござった。

お主ら、この曲をご存じであろう。

忍びの子らの物語の主題歌として、

三十年以上にわたって歌い継がれておる曲でござる。

元は1993年に光GENJIが出した曲じゃ。

その後も数多の後輩の組に歌い継がれ、

いまや子どもならば誰でも知っておる曲となった。

つまりこの御仁は、

歌番組を一度も観たことが無くとも、

この曲だけは耳に入っておったのでござる。

それほどまでに、あの曲は世に染み渡っておったということじゃ。

そして、その一曲で審査を受けられた。

結果は——合格でござる。

考えてみれば、なかなか良い選曲でござろう。

明るく、まっすぐで、聴く者を励ます曲でござる。

そして何より、審査する側もよく知っておる曲じゃ。

知らぬ曲を下手に歌うより、

誰もが知る曲を堂々と歌う方が、その者の力が見える

無論、そこまで考えて選ばれたわけではあるまい。

他に知らなんだのでござるからな。

だが、結果としてそれが良かったのでござる。

『勇気100%』という曲について、もう少し語らせてくれ。

この曲が世に出たのは1993年でござる。

歌ったのは、当時の頂点におった七人組でござった。

そして忍びの子らを描いた物語の主題歌となる。

この物語が、また長い。

三十年を超えて放たれ続けておるのじゃ。

ゆえにこの曲は、世代を超えて子どもの耳に入る曲となった。

しかも、後の世の数多の組が歌い継いでおる。

五人組、七人組、六人組。

その時々の若者たちが、この曲を歌ってきたのじゃ。

つまりこの曲は、

歌番組を観ぬ子どもにも届く数少ない曲であった。

そして塩﨑太智殿は、その曲で審査を受けられた。

考えてみれば、なんとも縁のある話でござる。

この曲を最初に歌った七人組もまた、

審査を受けて集められた若者たちでござった。

三十年前の若者が歌った曲で、

また一人の若者が扉を開けたのじゃ。

歌というのは、こうして時を越えるものでござるな。

ここで一つ、考えてみようではないか。

もしこの御仁が歌番組を毎晩観ておったら、どうなっておったか。

流行りの曲を選び、それらしく歌ったであろう。

だが、それでは他の者と同じになる。

審査の場には、そういう者が山ほど来るのでござる。

皆が同じような曲を、同じように歌う。

その中で、この御仁は子ども向けの曲を歌った。

しかも、それしか知らなんだゆえに、である。

結果として、そこに嘘が無かったのでござろう。

背伸びもせず、飾りもせず、

ただ知っておる一曲を歌った。

審査する側が見たかったのは、

案外そういうものであったのかもしれぬ。

そして合格。

人生というのは、面白いものでござるな。

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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さて、歌は知らなんだこの御仁でござるが、

踊りには自信がおありであったという。

ここが肝要でござる。

審査の場で、何か一つでも「これは自分の武器だ」と

言い切れるものがあるというのは、大きい。

そして実際、この御仁の特技は今もそこに集まっておる。

アクロバット、踊り、そして器械体操でござる。

いずれも体を思い通りに動かす技じゃ。

宙返りも、逆立ちも、この御仁の得意とするところでござる。

後の話になるが、2026年には番組にて

桶の上での三点倒立を披露しておられる。

三点倒立でござるぞ。しかも桶の上じゃ。

並の体幹ではできぬ芸当でござる。

審査を経て事務所に所属され、EBiDANに加わり、

そして2014年、五人組M!LKの一員となられた。

翌2015年3月25日にはCDデビュー。

そこから十年以上、この組で歌い、踊っておられる。

歌番組を観たことの無かった子どもが、

いまや歌番組に出る側におるのじゃ。

二十時に寝ておった暮らしは、

いまとなっては望むべくもなかろうがな。

審査というものについて、一つ申しておこう。

審査で見られておるのは、上手さだけではござらぬ。

その者が何を持っておるかでござる。

歌が上手い者は、世に数多おる。

踊れる者も、顔立ちの良い者も同じでござる。

だが「この者を見てみたい」と思わせる何かは、

上手さとは別のところにあるのじゃ。

この御仁は、歌をほとんど知らなんだ。

それでも受かられた。

ということは、歌以外のところが見られておったということでござろう。

踊りであったのか、佇まいであったのか。

あるいは、知らぬ曲だらけの中で

臆せず一曲を歌い切った肝の太さであったのか。

いずれにせよ、審査する側は見抜いたのでござる。

そして十年後、この御仁は

組の公演の演出まで手掛けるようになられた。

見る側の目は、確かであったということじゃ。

2014年にM!LKの一員となられ、

2015年3月25日にはCDデビュー。

そして2021年11月24日にメジャーデビューを果たされた。

結成から七年でござる。決して早くはない。

だが、その七年で積んだものは相当のものでござろう。

この御仁の特技を、もう一度並べておこう。

アクロバット、踊り、器械体操。

この三つでござる。

アクロバットとは、宙返りや側転の類いじゃ。

器械体操も、体を宙で操る競技でござる。

つまりこの御仁は、地面から離れる技を得意としておられる。

舞台の上でこれができるというのは、大きな武器でござる。

歌って踊る組は数多ござるが、

そこに宙返りが入れば、客の目は一気に集まるのでござるからな。

そして2022年3月には、

体を張って競う番組に出られ、総合八位という成績を残された。

並み居る強者の中での八位でござる。

細身の見た目に騙されてはならぬということじゃ。

そして、この御仁が入られた組についても記しておこう。

M!LKは2014年に五人で結成された組でござる。

組の名には「何色にも染まることができる」という意が込められておる。

そして塩﨑太智殿の担当の色は青。

後に「サファイアブルー」という名になった。

歌を知らなんだ子どもが、

十年後には組の公演の演出まで手掛けるようになられる。

始まりの頼りなさからは、想像もつかぬ話でござるな。

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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今回は塩﨑太智殿について調査してみた!

夜の二十時に寝ておったゆえ歌番組を知らず、

辛うじて覚えておった一曲で審査に受かってしまう。

こういう始まりの御仁は、なかなかおらぬ。

そして、その一曲が『勇気100%』であったというのが良い。

三十年歌い継がれてきた曲が、一人の若者の道を開いたのでござる。

審査の場で何を歌うか。

これは、いまも昔も若者を悩ませる問いでござる。

だがこの御仁は、悩む余地すら無かった。

知っておるのが一曲しか無かったのでござるからな。

そして、その一曲で受かってしまわれた。

持っておるものが少なくとも、

それを堂々と出せば道は開くということでござろう。

吾輩は塩﨑太智殿に対して、歌番組を知らぬまま審査に受かってしまった、恐るべき運の持ち主、と思ったんだがお主は塩﨑太智殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ心がザワつくような邪鬼共が溢れている。

引き続きこの書記にて悪事を暴き!世直しをしていく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

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