巷に騒がれる、重岡大毅殿:実家は兵庫の川西、サラリーマンの父上へ歌を贈られた話と、八年の下積みについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1992年8月26日、兵庫県川西市のお生まれ
- 十三の齢、友の誘いで事務所に書を送られたと伝わる
- 誘われた側であって、己から望んだのではない
- 2006年に入所される
- 入所後、Hey! Say! 7WESTに加わられる
- NHK大阪『あほやねん!すきやねん!』では、参・忍者に加わられる
- 同じ番組で、BOYSにも加わられる
- 2014年4月23日、7人組としてCDを出される
- 入所から、実に八年を経てのことでござった
- 2023年10月18日、グループ名が改まる
- 2024年12月16日、プロボクサーの免許を取られる
- 2026年9月24日、同月30日をもってWEST.のグループ活動を終えると告げられる
【実家は兵庫の川西-父はサラリーマン】
巷で重岡大毅殿と申せば、WEST.の中心に立ってきた御仁として知らぬ者はおるまい。
1992年8月26日、兵庫県川西市のお生まれ。
そしてこの道に入られた切っ掛けが、面白い。
――己から望まれたのではござらぬ。
十三の齢のことでござった。
この道に入りたいと願う友がおった。
――その友に誘われて、書を送られたと伝わる。
お主、これでござる。
――付き添いのようなものでござろう。
そして2006年、入所が決まる。
お主、笑うたか。
――誘われた側が、受かったのでござる。
人生とは、分からぬものでござるな。
――あの一枚の書が、全てを変えたのじゃ。
そしてこの御仁の関西の言葉は、
――いまも変わっておらぬ。
――それが、親しみを生んでおるのでござろう。
さて、この誘われて始まった道について、
――今少し考えてみようぞ。
己から望んだ道ではござらぬ。
――いわば、成り行きでござる。
だが吾輩は、これを面白いと思う。
――始まりは、どうでもよいのじゃ。
大事なのは、その後でござる。
――入ってから、本気になれるかどうか。
そしてこの御仁は、本気になられた。
――八年、辞めずに続けられたのじゃ。
お主、これが答えでござろう。
――成り行きが、天職になることもござる。
そして十三で書を送るという話でござる。
――お主、十三でござるぞ。
まだ、学びの盛りでござろう。
そこで、この道を志す。
――いや、志したのは友の方じゃな。
この御仁は、付き添いのようなもの。
――それが、こうなるのでござる。
人生は、分からぬものでござるな。
そして関西の言葉が、いまも残っておる。
――これは、大きな武器でござる。
堅苦しさが無く、
――聞く者の気を緩ませるのじゃ。
そして笑いも取れる。
――生まれ育ちが、そのまま芸になっておるのでござる。
そして事務所に入られたのが2006年でござる。
――まだ中学生の頃でござるな。
そこから、稽古の日々が始まった。
――学びと両立せねばならぬ。
お主、これは大変でござろう。
――遊ぶ暇など、あるまい。
そして誘った友のことは、
――そこまでは伝わっておらぬ。
だが人生とは、そういうものでござる。
――誘われた側が、道を得ることもござる。
さて、実家のことでござる。
生まれも育ちも、兵庫の川西。……ところが長らく、公のプロフィールには大阪の出と記されておった。
訳を明かされたのは2018年、フジテレビ『TOKIOカケル』でのことじゃ。
「生まれも育ちも兵庫なんですけど、兵庫の『庫』の字がわからへんで、ウソついて大阪って書いて」
――入所の折、庫の字が書けなんだのでござる。
お主、笑うてよいぞ。中学生の子なら、ようある話じゃ。
では、その家を支えておられたのは誰か。
父上は、定年まで勤め上げたサラリーマンであられた。
2021年11月19日放送のフジテレビ系『連続ドキュメンタリー RIDE ON TIME』で、本人の口から語られておる。
この年の3月、重岡大毅殿は二年ぶりに客を入れて回る旅公演の稽古に入っておられた。
そこで取り掛かっておられたのが、己の独唱曲でござる。
「サラリーマンの父さん」と申す曲じゃ。
――定年を迎えた父上へ、詞も節もご自身で書かれた。
しかも、それをギター一本で弾き語ることに挑まれた。
では、どのような父上か。本人はこう語っておられる。
「そもそもこっち(芸能)の仕事には興味なくて。ザ・仕事人間みたいな感じなんで。けんかなんかしないですね、怖くておとんには逆らえへん」
――「怖くておとんには逆らえへん」でござる。
二十八の息子が、そう言われるのじゃ。
そして「こっちの仕事には興味なくて」。息子が舞台に立とうが、父上は勤め一筋であられた。
――子の名を看板にする類の親ではござらぬ。
続けて、こうも述べられた。
「自分28歳なんですけど、親孝行って簡単にやれそうで難しいなって。だからやりたかったんですよね」
親に何かしてやりたいと思うても、何をすればよいか分からぬ。……物を贈れば済む話でもござらぬ。
――この御仁が選んだのは、己の得手で返すことであった。
ところが、ここからが一苦労でござった。
成長した姿を見せるため、父上を大阪の公演に招いておられた。……だがその公演は、流行り病の広がりで取り止めとなる。
それでも諦めておられぬ。2021年6月20日、旅公演の最終日となる熊本の公演に、改めて父上を招かれたのじゃ。
――くしくも、その日は父の日であった。
舞台の上で、重岡大毅殿は父上宛ての手紙を取り出し、こう読み上げられた。
「長い長いサラリーマン生活、お疲れ様でした。家族の大黒柱として幸せを守ってくれてありがとう。僕はサラリーマンとして力強く走り抜いたおとんを、自慢に思っています」
――自慢しておるのは身代ではござらぬ。走り抜いたこと、そのものでござる。
そして父への感謝の曲を、涙をこらえながら歌い上げられた。出番を終えた直後の舞台裏では「なんとか泣かずにやり切った」と息をつかれたという。
客席には、その父上が座っておられるのじゃ。面と向こうて「自慢に思っています」と言える者が、どれほどおろうか。
実家は金持ちか、と問う声もよう聞く。だが屋敷や家業の話は、どこにも出てこぬ。
――出てくるのは、定年まで走った父上と、それを誇る息子でござる。
「サラリーマンの父さん」という題を、息子が付けたのじゃ。
……隠すつもりであれば、この題は付けられぬ。誇るつもりであったからこそ、そのまま題にされたのでござろう。
【三つのグループを経た八年】
さて、そこからの八年でござる。
入所してすぐ、世に出たわけではござらぬ。
――八年でござるぞ、お主。
その間、いくつものグループを経ておられる。
まずは、Hey! Say! 7WEST。
――これが、初めてのグループでござった。
後に7 WESTと名を改める組でござる。
そして地元の放送では、
――NHK大阪『あほやねん!すきやねん!』で、参・忍者とBOYSという二つのグループにも加わっておられた。
お主、三つのグループでござるぞ。
そして稽古を積み、
舞台に立ち、
――小さな役をこなしてこられた。
だが、盤は出ぬ。
――それが、八年続いたのでござる。
お主、これは辛かろう。
同じ頃に入った者が、先に世に出ることもござる。
――焦りも、あったであろう。
だがこの御仁は、辞めなんだ。
――そこが、肝でござる。
そして2014年4月23日、
――ついに7人組としてCDを出された。
さて、この八年という月日を思うてみようぞ。
十三から二十一でござる。
――最も伸び盛りの時でござろう。
その全てを、下積みに費やされた。
――お主、これは長いぞ。
そして先の見えぬ日々でござる。
いつ出られるとも知れぬ。
――出られぬまま終わる者も、多いのじゃ。
それでも、通い続けられた。
そして三つのグループを経ておられる。
――グループが変わるということは、また一からでござる。
仲間も変わり、立ち位置も変わる。
――そのたびに、合わせ直さねばならぬ。
お主、これは骨が折れよう。
だがその経験が、
――人と合わせる力を育てたのでござろう。
――いまの人柄に、繋がっておるのじゃ。
そして下積みの間も、劇には出ておられた。
――地元の放送を中心に、でござる。
小さな役でも、場数は踏める。
――その積み重ねが、後に効いてくるのじゃ。
そしてCDを出した年に主演を務められた。
――いきなり、というわけではござらぬ。
――八年の蓄えがあってこそでござる。
そして八年という月日は、
――辞めるには十分な長さでござる。
三年で辞める者もおろう。
五年で諦める者もおろう。
――だがこの御仁は、八年待たれた。
そして掴まれたのじゃ。
――お主、これは執念でござるぞ。
そして待つ間も、腐られなんだ。
――それが、何より大事なところでござる。
そして初めのグループは、Hey! Say! 7WESTでござった。
――後に、名を改めておる。
そして地元の放送では、また別の組。
――参・忍者と、忍びの名を冠したグループもござった。
お主、いくつも掛け持ちでござるな。
――それだけ、場を与えられておったのじゃ。
つまり、期待はされておった。
――だが、盤までは遠かったのでござる。
そして焦りというのは、恐ろしいものでござる。
――同じ頃に入った者が、先に出れば尚更じゃ。
それでも、腐られなんだ。
――そこが、この御仁の芯でござる。
お主も、覚えておかれよ。
――腐った者から、消えていくのでござる。
そして三つのグループを経るということは、
――三度、一から関わりを作るということでござる。
気の合う者ばかりとは限らぬ。
――それでも、合わせてこられた。
その積み重ねが、
――いまの人柄を作ったのでござろう。
【未来予想図-グループ名まで変わって】
さて、そこからの広がりでござる。
CDを出したその年に、
――『SHARK〜2nd Season〜』で連続ドラマの初主演を務められた。
お主、いきなり主演でござるぞ。
八年の下積みが、そこで一気に実った。
――蓄えのある者は、強いのでござる。
そして2020年には、
――『24時間テレビ』の顔も務められた。
そして2021年、TBS金曜ドラマ『#家族募集します』で主演。
そして2023年10月18日でござる。
――グループ名が、改まったのじゃ。
長く親しまれた名から、
――新しい名へと変わったのでござる。
お主、これも一つの節目でござるな。
名が変われば、心持ちも変わろう。
そして2024年12月16日、
――プロボクサーの免許まで取られた。
お主、この御仁は止まらぬな。
そして2026年8月9日でござる。
――ご結婚と、新しい命を迎えたことを自ら公にされた。
お主、めでたいことでござるな。
思えば2021年、定年まで走り抜いた父上に、息子は歌を贈られた。
――その息子が、五年を経て新しい命を迎えられたのじゃ。
「家族の大黒柱として幸せを守ってくれてありがとう」と手紙に書いた御仁が、
――今度は守る側に回られた。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御仁はこれから、父としての顔を作品に持ち込まれるとみる。
既に『#家族募集します』で、連続ドラマの主演として初めての父親役を務めておられる。
……だが演じるのと、なるのとでは違う。
「親孝行って簡単にやれそうで難しい」と述べながら、歌を作って人前で歌い切った御仁でござる。
――同じやり方で、子にも向き合われるはずじゃ。
親を誇れる者は、親になっても迷わぬ。守られた形を、そのまま覚えておるゆえ
さて、グループ名が改まった話でござる。
2023年10月18日のことでござった。
――長く親しまれた名が、変わったのじゃ。
お主、これは大きなことでござるぞ。
名は、看板でござる。
――それが変われば、見え方も変わる。
そして2026年8月30日、藤井流星殿と小瀧望殿がWEST.を抜けると発表された。
――続く9月24日、WEST.としてのグループ活動を9月30日をもって終えると、事務所から告げられたのじゃ。
五人で続ける道も含めて話し合いを重ねた末の結論であったと、事務所は伝えておる。十月からも七人はそれぞれ事務所に残り、己の活動を続けられるという。
――2014年のCDデビューから十二年、ひと区切りがついたのでござる。
そして吾輩が思うに、
八年の下積みを知る御仁は、
――ひと区切りを迎えても、歩みは止めまい。
――もっと長い暗がりを、歩いてこられたのじゃ。
そして役者としても、主演を重ねておられる。
――グループと役者の両方を、こなしてこられたのでござる。
そのうえ拳の免許まで取られた。
――お主、いつ休んでおられるのじゃ。
――よほど、丈夫な御仁なのでござろう。
そして吾輩は、この御仁の歩みを好ましく思う。
誘われて入り、
八年耐え、
――そして中心に立たれた。
――なんとも、地に足のついた歩みでござる。
お主も、この御仁の行く末を見守られよ。
そして2020年には、『24時間テレビ43』の顔も。
――他のグループの御仁らと共に務められた。
そしてその劇でも、主演を担われた。
――志村けん殿と共に番組を作ってきたディレクターの役でござった。
お主、これは重かろう。
――だが、務め上げられたのじゃ。
そして2026年8月の知らせでござる。
――ご本人が、自ら公にされた。
隠さず、己の口から伝えられた。
――そこが、この御仁らしいところじゃ。
お主も、共に祝おうではないか。
そして吾輩は、こう締めくくろうぞ。
この御仁の強みは、待てることでござる。
――八年、待てる者は少ない。
――お主も、そこは見習うてはどうじゃ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は兵庫の川西!?父へ贈った「サラリーマンの父さん」についてのまとめ】
今回は重岡大毅殿について調査してみた!
一つ。実家は兵庫県川西市。本人いわく「生まれも育ちも兵庫」でござる。
二つ。父上は定年まで勤め上げたサラリーマン。その父へ、自ら作詞作曲した「サラリーマンの父さん」を贈られた。
三つ。2021年6月20日の父の日、熊本の公演で「力強く走り抜いたおとんを、自慢に思っています」と手紙を読み上げられた。
四つ。2006年の入所から2014年のCDデビューまで、三つのグループを経て八年。
吾輩は重岡大毅殿に対して、サラリーマンの父上を誇りとし、兵庫の川西から三つのグループを経て八年の下積みを重ねてこられたと思ったんだがお主は重岡大毅殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
出どころ
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