巷に騒がれる、飯豊まりえ殿:「おばあちゃんが使っていた、エルメスのかばんです。」。千葉市で生まれ育ったひとりっ子が、祖母や母から譲られた品と、天然の父・「ライオン」の母について語った話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1998年1月5日、千葉県千葉市のお生まれ(ひとりっ子)
- 2007年、小学4年・9歳でオーディションを受け始める(母との約束は1年間だけ)
- 2008年、「avex kids×ニコ☆プチ公開モデルオーディション」でグランプリ
- 2009年、雑誌『ニコ☆プチ』でモデルデビュー
- 2018年1月、20歳の誕生日に父と2人で温泉旅行へ出かける
- 2019年1月29日、母がテレビシリーズの大ファンだった『劇場版シティーハンター<新宿プライベート・アイズ>』の完成披露試写会で「親孝行」を語る
- 2020年11月、TVガイドWebにて両親を「父親が天然で、母親がサバサバ」と語る
- 2023年11月、フジテレビ『ザ・ノンフィクション』のナレーションに寄せ、高校時代の母の弁当を語る
- 2024年5月、俳優の高橋一生と結婚を発表
- 2025年12月25日、「JCBマジカルクリスマス2026発表会」で父と2人で行った東京ディズニーシーの思い出を語る
- 2026年4月24日、千葉市の「千葉開府900年記念アンバサダー」に就任
- 2026年10月10日、TBS『オールスター感謝祭’26秋』に金曜ドラマ『LOST10』の出演者として出る
【飯豊まりえの実家-祖母のエルメスと母のティファニー】
飯豊まりえ殿は千葉市の生まれ。2026年4月、千葉市の記念アンバサダーに就いた折にも「私自身も千葉市で生まれ育った一人として、この街への想いはとても深いものです。」と述べておる。父と母とのひとりっ子じゃ。
さて、実家は金持ちなのか。親の仕事や暮らし向きを本人が語った出どころは見当たらぬ。その代わり、本人が何度も語っておるのが、家族から譲られた品の話でござる。
2020年、TVガイドWebで大切にしている物を問われ、まず挙げたのがこれじゃ。「おばあちゃんが使っていた、エルメスのかばんです。小学生の頃に亡くなっちゃったんですけど、譲ってもらったかばんを今も大切に使っています。」
同じ年のメルカリマガジンでは、母の指輪の話も出た。「母が若い頃買ったティファニーの指輪を二十歳の時にもらったり。」。2019年のNIKKEI STYLEでは、母から改めて贈られた指輪をこう紹介しておる。「オーダーメードの指輪で、母が21歳の時に、自分でデザインしたものなんですよ。」
――祖母のエルメス、母のティファニー、母がデザインした指輪。
名の知れた品が並ぶが、吾輩が目を留めたのは次の一言じゃ。「先日も、母親が初めて自分で働いて稼いだお金で買った時計を譲ってもらったんです。」。母が自ら働いて手にした品を、娘へ渡しておるのでござる。祖父もまた、亡くなる前に孫へお金を渡してこう頼んだという。「これで好きなものを買って、形見を作ってくれ」
暮らしぶりについて本人が語ったのは、2022年のエンタメNEXTでの一言くらいじゃ。「インドアな家庭だったんですが、もっと私が外に出て、活動を話題にしてもらうことで密な時間が増えるかなと思って。」。同じ取材では、自身の考えをこうも述べておる。「人生でも欲しいものが簡単に手に入ったらつまらないじゃないですか。」
お主、金持ちと言い切れる材料は無い。見えてくるのは、値の張る品を誇る家ではなく、祖母から母へ、母から娘へと品を手渡してきた家でござる。
【飯豊まりえの実家-天然の父と「ライオン」の母】
両親の人柄は、本人がこう語っておる。「父親が天然で、母親がサバサバしてるんです。ライオンのお母さんみたいな、崖から突き落として『はい上がってこい!』って言うようなお母さんです(笑)。」
叱る役は母が引き受けた。「母親は昔から『私が怒る役になるから、あなたは怒らないでね』って父親にずっと言っていたみたいで。」。その甲斐あってか、本人は「だから私は1回も反抗期がなかったです」と明かす。
父のほうは「絶対に怒ることはなかったです。」。口癖は「あの時連れて行ってあげたじゃん!」じゃ。家族の出かけ先といえば、地元・千葉のディズニーであった。「実家のアルバムを見返すと、家族写真の多くがディズニーでの思い出なんです」。小学生の頃には父と2人で東京ディズニーシーへ行き、「まだ小学生だったんですけどアクセサリーを父にプレゼントしてもらったのが印象に残ってます」。20歳の誕生日には「初めてお酒を飲むのは父と一緒がよくて、父を誘って旅行に行きました。幸せな時間でした」
――叱るのは母、連れ出すのは父。
芸能の道も、家族のためであった。2019年5月の日本テレビ系『アナザースカイII』では、家の好きな母について「私がお仕事したら一緒に東京に出かけることもできるし、外に連れ出したかった」と語っておる。もっとも「実は両親は最初芸能活動に反対だったのですが、まだ子どもですから送り迎えなどで支えてくれました。」。挑戦には母との約束もあった。「『オーデイションに挑戦できるのは1年間だけ』っていう母親との約束があって、その日は『これが最後ね』って言われていて。」。その「最後」の日の顛末は、飯豊まりえ殿のモデル時代と学生時代の話に記しておる。
20歳の時には、母から手紙が届いた。「20歳の時に母親から手紙をもらったんですけど、そこに『尊敬しています。お母さんにできないことを、あなたはやりました』と書かれていて。」
母の愛情は、今も食べ物で届く。高校時代の弁当は「お弁当箱が刺しゅうで自分の名前が入った“曲げわっぱ”だったんです。」。千葉でのロケの合間に実家へ寄った折にも母は弁当をこしらえており、「しかも私だけでなく、マネージャーさんの分まで作ってくれて、懐かしいと思って泣きそうになりながら食べました(笑)」。正月のお雑煮には、千葉特産の波葉海苔を載せるのが飯豊家の味だという。
本人のほうも「何かにつけて母親に電話をしているので、たまに『しつこい』って言われます(笑)」。母がテレビシリーズの大ファンであった『シティーハンター』の劇場版に声で出た折には「親孝行ができてうれしかったです」と喜んだ。2025年12月には、実家で飼う19歳のミニチュアダックスフントと話がしたいとも語っておった。
2026年10月30日のTBS『A-Studio+』では、MCの藤ヶ谷太輔殿が母上にリモートで取材をされた。藤ヶ谷殿は「お母さんしゃべりが面白すぎて。YouTubeかラジオやった方がいいと思う」と舌を巻き、本人も「言っていただけてうれしい!そうなんですよ。面白いですよね」と応じた。
続けて本人が明かしたのが、母の意外な顔じゃ。「母、ゲーマーなんですけど、世界で1位なったことあるみたいで。戦国系のゲームで」。スタジオは笑いに包まれた。
番組を前に報じたオリコンによれば、この回では、マネージャーのおらなんだ10代の頃に撮影の現場まで送り迎えをしてくれた母への感謝も語られた。オーディションに落ち続け、「これで最後にしよう!」と挑んだ審査のグランプリ発表の場で起きた、母にまつわる珍事件も明かされたという。
――ライオンの母は、話し上手のゲーマーでもあった。
【未来予想図-譲られた品と思い出を次へ手渡す御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――飯豊まりえ殿は千葉市生まれのひとりっ子。暮らし向きを語った出どころは無いが、祖母のエルメスと母のティファニーを譲り受けておる。
父は天然で叱らず、母はライオンで叱る役。芸能の道は家族のために始めた。
2024年5月には俳優の高橋一生殿との結婚を発表し、2026年4月には生まれ育った千葉市のアンバサダーにも就いた。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、譲られた品と思い出を、次の誰かへ手渡す側に回っていく御方だとみる。
根拠は二つ。一つは、母から指輪を贈られた折の言葉じゃ。「とりあえず、今自分が着けているアクセサリーは全部取っておいて、あげられるようにしようと思いました(笑)」。もう一つは、2026年1月に初の写真展「日々の裏地。或いは、覚え書き。」の開催を発表した折の言葉でござる。「私にとって、写真とは心のなかにある思い出を形にする大切なもの」
実家のアルバムがディズニーの家族写真で埋まっておったように、この御方は今、自らカメラを持って思い出を形に残しておる。この御方の写真展や出演作を追う者は、推し活の品選びの手引きとして姉妹の書記推し活の買いどき帳も覗いてみられよ。
ゆえに吾輩はこうみる。
祖母の鞄も母の時計も、いずれこの御方の手から次の誰かへ渡るであろう。金の多寡ではなく、品と思い出を三代かけて手渡してゆくこと。それが千葉の飯豊家の豊かさでござる。
祖母のエルメスと母のティファニー。思い出を手渡す千葉の御方
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は金持ち!?祖母のエルメスと母のティファニーについてのまとめ】
今回は飯豊まりえ殿について調査してみた!
一つ。千葉市生まれのひとりっ子。
二つ。暮らし向きを語った出どころは無いが、祖母のエルメスの鞄と母のティファニーの指輪を譲り受けた。
三つ。母が初めて自分で働いて稼いだお金で買った時計も譲られた。
四つ。父は天然で叱らず、母は「私が怒る役になるから」。
五つ。芸能の道は家の好きな母を外へ連れ出したい一心から。
六つ。2026年10月の『A-Studio+』で、母は藤ヶ谷殿に「しゃべりが面白すぎて」と評され、戦国系のゲームで世界1位になったこともあるという。
吾輩は飯豊まりえ殿に対して、譲られた品と思い出を次へ手渡していく千葉の御方、と思ったんだがお主は飯豊まりえ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
エンタメNEXT/エキサイトニュース(2022年9月15日)
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