巷に騒がれる、星野源殿:実入りの額と、三つの生業を絞らぬと決められた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1981年1月28日、埼玉県のお生まれ
- 学びの頃から、放送を熱心に聴いておられた
- ある笑いの二人組の放送の、投稿の常連であられた
- 2011年、ある放送の合いの手の曲の募集に応じられる
- 偽りの名を用いて応じ、最も優れた賞を取られる
- その作り手が誰かは、二年以上知られなんだ
- 2016年3月末、己の名を冠した深夜の放送が始まる
- 2017年、その放送の五十年の記念の曲も手掛けられた
- 2024年の放送に対し、放送の賞の奨励賞を受けられる
- 2026年2月、その放送の終わりが報じられた
- 2026年3月8日、武道館での催しが開かれた
- 話し手としての賞も、既に受けておられる
【額は出ておらぬ。だが生業は三つある】
まず、一番よう問われることから答えておこう。
――星野源殿の年収はいかほどか、という話でござる。
額は、どこにも出ておらぬ。本人も事務所も金子の話をしておられぬ。巷の数字は辿ると根が無い。ゆえに書かぬ。
だが、である。この御方は、己の生業を自分の言葉で数え上げておられるのでござる。
2021年11月7日、MBS・TBS系『日曜日の初耳学』でのことじゃ。音楽家・役者・文筆という三つをどう成り立たせておるのかを問われ、こう答えておられる。
「全部ちょっとずつ違って。音楽はプロデュース、作詞作曲、編曲もやる、矢面に立ってみんなをまとめる。役者に関しては、演出家さんや監督さんがやることの中に入っていく。役割の一部をどこまでできるか。文筆に関しては、何を思っていて、どんな感覚なのかを言語化する。仕事というより修行というか…」
――お読みになったか。
音楽では真ん中に立ち、芝居では人の枠の中へ入り、文筆では自分を言葉にする。同じ「働き」でも、立つ位置がまるで違うのでござる。
そして、ここが肝要でござってな。文筆については、銭のために始めておられぬ。
「出版社の方にお願いして、ギャラもいらないので、連載をやらせてくれいかと」
――ギャラもいらぬ、でござる。
思いをうまく言葉にできぬ自分を直すために、人目にさらされる場を、自分から取りに行かれたのじゃ。
「仕事というより修行」と言うておられたのは、そういう意味でござろう。
では、なぜ三つも抱えておられるのか。この御方は、周りから絞れと言われ続けたそうでな。
「僕は10ある中の1つに絞って、9を諦めることがわからなかった」
背中を押されたのは、細野晴臣殿であったという。何も諦めずにやっておられるのに、全部が細野晴臣である。――それを見て、こう思われた。
「僕も『全部が星野源である』をやりたいと」
額は分からぬ。だが、糧の口が三つあることは確かでござる。しかもその一つは、銭を貰わずに始めておられる。
絞れば実入りは増えたはずじゃ。それを選ばなんだ御方でござる。
【放送への投稿の常連であられた】
巷で星野源殿と申せば、音の道でも演じる道でも名を成した御仁として知らぬ者はおるまい。
1981年1月28日、埼玉県のお生まれ。
だが今宵語るのは、別の顔でござる。
――放送を、こよなく愛される御仁なのじゃ。
しかも、ただ聴くだけではござらぬ。
――投稿の常連であられた。
お主、これは意外でござろう。
学びの頃、ある笑いの二人組の深夜の放送を、
――熱心に聴いておられたという。
そしてただ聴くのではなく、
――葉書を送り続けておられたのじゃ。
そして読まれる。
――いわゆる、常連でござる。
そしてもう一つ、
別の放送も熱心に聴いておられた。
――そこで、面白いことが起こるのでござる。
さて、この投稿というものについて語ろうぞ。
深夜の放送に、葉書を送る。
――いまで申せば、便りを送るようなものじゃ。
そして読まれれば、嬉しい。
――それだけのことでござる。
だがこれは、良い稽古になる。
短い言葉で、人を笑わせねばならぬ。
――削る力が、鍛えられるのでござる。
そしてこの御仁は、常連であられた。
――つまり、腕が良かったということじゃ。
お主、これが後の詞に効いておるのでござろう。
短い言葉で、心を掴む。
――歌の詞も、同じでござるからな。
そして放送を愛する心も、変わらなんだ。
――それが、後に大きな実を結ぶのでござる。
そして放送というものについて、少し語ろうぞ。
姿は見えぬ。
――声だけでござる。
だからこそ、近く感じる。
――耳元で語りかけられる心地じゃ。
深夜であれば、なおさらでござる。
――独りの時に、寄り添うてくれる。
この御仁も、そうやって救われたのでござろう。
――だから、返したくなったのじゃ。
そしてこの御仁は、いまも放送を愛しておられる。
聴く側であった頃の心を、
――忘れておられぬのでござる。
だから、話し手としても良い。
――聴く者の気持ちが、分かるのじゃ。
お主、これが大事なところでござる。
そして常連というのは、
――並の努力ではなれぬものでござる。
毎週、送り続けねばならぬ。
――そして、読まれぬ日も多かろう。
それでも送り続ける。
――お主、これは根気でござるぞ。
そして吾輩が思うに、
――好きなものを持つ者は強うござる。
この御仁の場合は、それが放送であった。
――それが、道になったのじゃ。
【正体を隠したまま二年】
さて、ここからが本題でござる。
2011年のことじゃ。
その放送で、合いの手の短い曲を募っておった。
――聴く者から、募ったのでござる。
そしてこの御仁は、応じられた。
しかも、己の名は伏せて。
――妙な偽りの名を用いられたのじゃ。
そしてその作が――
――最も優れた賞を取ってしまった。
お主、これは笑い話でござるな。
だが、話はここで終わらぬ。
その曲を作ったのが誰か。
――放送を作る者たちにも、気付かれなんだ。
そしてそのまま――
――二年以上も使われ続けたのでござる。
お主、二年でござるぞ。
毎週その曲が流れ、
――誰も作り手を知らなんだ。
そしてある時、正体が明かされる。
――さぞ、驚かれたであろうな。
――なんとも、粋な悪戯でござる。
さて、この偽りの名について語ろうぞ。
応じる際に、妙な名を名乗られた。
――ここでは、あえて書かぬでおこう。
だいぶ、ふざけた名でござる。
――お主、調べれば分かろう。
そしてなぜ、名を伏せられたか。
――既に世に出ておられたからでござる。
名を出せば、贔屓と思われかねぬ。
――それを、嫌われたのでござろう。
そして名も無き者として応じ、
――実力だけで、最も優れた賞を取られた。
お主、これが痛快でござる。
そして二年以上、誰も気付かなんだ。
――それだけ、自然に馴染んでおったのじゃ。
つまり、ただの悪戯ではござらぬ。
――腕が本物であった、ということでござる。
そしてこの逸話が愛される理由を考えようぞ。
既に名のある者が、
――名を隠して、素人に混じって応じる。
そして正々堂々、賞を取る。
――これは、痛快でござろう。
肩書きに頼らぬ。
――そこが、良いのでござる。
そして名乗り出ることもせず、
――二年、黙っておられた。
お主、これが最も粋なところじゃ。
――手柄を、急がなんだのでござる。
そして偽りの名で応じるという行いには、
――もう一つの意味がござる。
それは、己の腕を試すということじゃ。
名を伏せれば、
――誰も贔屓してくれぬ。
そこで通れば、本物でござる。
――この御仁は、それを確かめられたのでござろう。
お主、これは怖いことでもござるぞ。
落ちれば、己の腕を疑うことになる。
――だが、それでも試された。
そしてこの話が明かされた時の驚きを、
――察してみようぞ。
毎週流しておった曲の作り手が、
――あの御仁であった。
お主、放送を作る者たちは腰を抜かしたであろう。
――なんとも、痛快な話でござる。
そして名を伏せて通るというのは、
――己への信があってこそでござる。
お主、覚えておかれよ。
そして応じた者は、数多くおったであろう。
その中から、選ばれたのでござる。
――名も無き一人として、でござるぞ。
お主、これは見事でござる。
【未来予想図-己の放送を持つまで】
さて、そこからの歩みでござる。
投稿の常連であった御仁が、
――ついに己の放送を持たれる。
2016年3月末のことでござった。
深夜の、名高き放送でござる。
――聴く側から、話す側へ回られたのじゃ。
お主、これは夢のような話でござろう。
そして2017年、その放送が五十年を迎える折、
――記念の合いの手の曲を手掛けられた。
かつて偽りの名で応じた御仁が、
――こたびは名指しで頼まれたのでござる。
そしてこの放送は、長く続いた。
話し手としての賞も受けられ、
――2024年の回では放送の賞の奨励賞まで受けられた。
お主、話し手としても一流でござるな。
そして2026年2月、
――その放送の終わりが報じられた。
そして同じ年の3月、
――武道館で催しが開かれたのでござる。
深夜の放送が、武道館でござるぞ。
――これがどれほどのことか、お主も分かろう。
さて、己の放送を持たれてからのことを語ろうぞ。
深夜の放送というのは、
――話し手の素が出るものでござる。
取り繕っても、聴く者には分かる。
――十年も続ければ、なおさらじゃ。
そしてこの御仁の放送は、長く愛された。
――それが、何よりの証でござろう。
そして遊びの話、アニメの話、
――好きなものを、存分に語られた。
取り繕わぬところが、良いのでござる。
そして話し手としての賞も受けられた。
――これは、生半可なことではござらぬ。
音の道の御仁が、
――話し手としても認められたのでござる。
お主、これは稀なことでござるぞ。
そして2026年、その放送は終わりを迎えた。
――寂しく思う者も多かろう。
だが、十年という月日を思えば――
――見事な、幕引きでござる。
そして武道館での催しについても、触れておこうぞ。
2026年3月8日でござった。
深夜の放送の催しを、
――あの武道館で行うのじゃ。
お主、これがどれほどのことか。
音の催しではござらぬ。
――放送の催しでござるぞ。
それだけ、慕う者が多かったということじゃ。
――十年の積み重ねでござる。
そして終わりを迎えた。
――だが、終わりは終わりではござらぬ。
この御仁のことでござる。
――また、別の形で語られるのでござろう。
お主も、楽しみに待とうぞ。
そして己の放送での語り口についても触れようぞ。
この御仁の語りは、
――飾りが少ないと言われておる。
面白いことを言おうと、力まれぬ。
――そこが、聴きやすいのでござる。
そして好きなものを語る時は、
――実に楽しそうに語られる。
お主、それが伝わるのでござる。
楽しそうな者の話は、楽しい。
――道理でござるな。
そして十年、それを続けられた。
――並のことではござらぬ。
そして吾輩が思うに、
この御仁の歩みは筋が通っておる。
聴く者であった。
投稿する者になった。
――そして、話す者になられた。
全て、放送への愛でつながっておる。
――好きを、貫かれたのでござる。
お主も、そう思わぬか。
そしてこれからも、
――この御仁の声はどこかで響くのでござろう。
お主も、耳を澄ませておかれよ。
そして話し手としての賞というのは、
――放送の世で最も重い誉れの一つでござる。
それを、音の道の御仁が取られた。
――なんとも、痛快な話ではござらぬか。
そして深夜の放送というものは、
――聴く者の心に長く残るものでござる。
――お主にも、そういう放送があろう。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【年収の噂!?生業は三つ。絞らぬと決めた男についてのまとめ】
今回は星野源殿について調査してみた!
吾輩は星野源殿に対して、放送への投稿の常連から始まり、正体を隠したまま二年使われ、やがて己の放送を持たれたと思ったんだがお主は星野源殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
オリコンニュース(星野源“音楽家・俳優・文筆業”を成立させる仕事術を語る 2人の“ボス”も告白・2021年11月7日/MBS・TBS系『日曜日の初耳学』2021年11月7日放送)
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