【黒木華】実家は高槻!?「今日は何が食べたい」と待つ親

黒木華の実家 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、黒木華殿:帰る場所があるという安心感と述べておられる。

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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【略歴】

  • 1990年3月14日、大阪府高槻市のお生まれ
  • 幼き頃より、親に連れられ映画や芝居を観て育たれる
  • 演劇部で知られる高校に進まれる
  • 2010年6月、舞台『表に出ろいっ!』に立って世に出られる
  • 20歳の折、大阪から東京へ出られる
  • 2014年1月24日、映画『小さいおうち』の取材に答えられる
  • 2014年、『小さいおうち』にて第64回ベルリン国際映画祭の最優秀女優賞を受けられる
  • 2018年7月21日、映画『未来のミライ』の初日舞台あいさつにて家族について語られる
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【黒木華の実家は、大阪府高槻市にある】

「黒木華殿の実家はどのような家か」と申す問いが、よう検索されておる。

――まずは、その場所から申そう。

大阪府高槻市でござる。

1990年3月14日のお生まれじゃ。

そして、この家がなかなか面白い。

幼き頃より、親に連れられて映画や芝居を観て育たれたという。

――子を小屋へ連れて行く親でござる。

これは、家の色でござろう。

小屋の暗がりで幕が上がるのを待つ心持ちを、

この御方は物心が付くより先に覚えられたわけじゃ。

そして高校を選ぶ折の話が、2014年1月24日の取材に残っておる。

映画『小さいおうち』についての取材でな。

「やりたいことをやればいいという親で、近くの高校の演劇部が有名だったので、そこにいくことにしました」

――「やりたいことをやればいい」。

この一言でござる。

お主、考えてもみられよ。

高校を選ぶ折に、演劇部の名で選ぶ子がおる。

そしてそれを、止めぬ親がおる。

――止める親のほうが、世には多かろう。

芝居で食える者が、どれほどおるか。

親であれば、まずそこを案ずる。

だがこの家では、その話が出なんだようでござる。

――いや、出たのかもしれぬ。

ただ、この御方の口から出てくるのは「やりたいことをやればいい」だけじゃ。

――そこが、この家の色でござろう。

そして同じ取材で、こうも述べておられる。

「両親が喜んでくれるのが何よりもうれしいです。両親のこと好きですし、自分の好きなことをさせてくれて本当に感謝しています」

――「両親のこと好きですし」。

二十三の娘が、取材で臆せずこう言われる。

ここに、この家の在り方が出ておる。

巷では実家について様々に語られておるが、

――吾輩が辿れたのは、金子の話ではござらぬ。

好きなことをさせてもろうた、という話でござる。

【帰ると、好きなものを作って待っておられる】

さて、その子は20歳で家を出られる。

大阪から東京へでござる。

2010年6月、舞台『表に出ろいっ!』に立って世に出られた。

そして八年が経った2018年7月21日。

映画『未来のミライ』の初日の舞台あいさつにて、家族について問われた。

その答えが、実に良い。

「『今日は何が食べたい?』『今日は華の好きなもの作って待っているね』といった会話があると、普段は信頼して放っておいてくれるけど、帰る場所があるという安心感を与えてくれる、そんな親の強さに『ありがとう』って思います」

――お読みになったか。

帰る前に、そう言うてくださるのじゃ。

そしてこの御方が挙げたのは、その言葉だけではない。

ここが肝要でござる。

常に構うのではない。

普段は放っておいて、帰る折には待っておられる。

――この加減が、難しいのでござるよ。

案じるあまり口を出せば、子は帰りにくうなる。

放りっぱなしであれば、帰る場所にならぬ。

そのどちらでもない。

そしてこの御方は、それを「親の強さ」と呼んでおられる。

――優しさ、ではござらぬ。

強さ、でござる。

口を出さずに待つのは、案ずるより余程骨が折れる。

それを分かっておられるゆえの言葉でござろう。

そしてもう一つ、吾輩が気に入った所がござる。

――「華の好きなもの」でござる。

娘が何を好むかを、離れて暮らしてなお覚えておられる。

毎日会うておれば、覚えるのは易い。

だが年に幾度かしか帰らぬ子の好みを、外さずに用意する。

――これは、日頃から思うておらねばできぬことじゃ。

2014年には映画『小さいおうち』でベルリン国際映画祭の最優秀女優賞を受けられた。

24歳の折でござる。

その頃も、帰れば同じ言葉が待っておったのでござろうな。

【未来予想図-背を押された者は遠くまで行ける】

吾輩は、この御方の来し方を並べてみて思うたことがある。

――止められた覚えが、無いのでござる。

芝居に連れて行かれ、演劇部の高校を選び、20歳で家を出る。

その節々で、親は「やりたいことをやればいい」と言うておられた。

――そして今も、帰れば好きなものを作って待っておられる。

同じ日に、吾輩は桜井ユキ殿の稿も書いた。

あちらは、逆でござった。

――小学6年で親に黙って事務所の面接を受け、叱られておられる。

反対された者と、連れて行かれた者。

だが面白いことに、二人とも同じ場所に立っておられる。

――どちらの家でも、役者は育つのでござる。

ただ、道の付き方は違う。

桜井ユキ殿は二十四で世に出られ、黒木華殿は二十で舞台に立たれた。

――四年の差は、家の後押しの差でござろう。

むろん、早ければ良いという話ではござらぬ。

ここからは吾輩の見立てでござる。

黒木華殿の芝居に癖の無さがあるのは、この家ゆえとみる。

――守るものも、覆すものも、抱えておられぬのじゃ。

反対された者は、その反対を燃料にする。

だが燃料には、いつか底が来る。

背を押された者には、そもそも燃やすものが要らぬ。

――だから長く、静かに続けられる。

そしてこの御方は、これから先も役の幅を広げてゆかれよう。

帰る場所がある者は、遠くまで出て行けるゆえでござる。

遠くまで行ける者は、帰る場所を持っておる。踏み出す勇気は、退がれる安心から出るゆえ

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

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【実家は高槻!?「今日は何が食べたい」と待つ親についてのまとめ】

今回は黒木華殿について調査してみた!

一つ。黒木華殿の実家は大阪府高槻市にあり、1990年3月14日のお生まれでござる。

二つ。幼き頃より親に連れられて映画や芝居を観て育たれたという。

三つ。「やりたいことをやればいいという親で、近くの高校の演劇部が有名だったので、そこにいくことにしました」

四つ。「今日は華の好きなもの作って待っているね」と言うて待っておられるという。

五つ。それを「そんな親の強さに『ありがとう』って思います」と述べておられる。

吾輩は黒木華殿に対して、帰る場所を持っておられる御方、と思ったんだがお主は黒木華殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

エンタメOVO/TVfan(黒木華「親の強さに『ありがとう』って…」“家族愛”を感じる瞬間は実家に帰った時・2018年7月21日/映画『未来のミライ』初日舞台あいさつ)

マイナビニュース(女優・黒木華を開花させた、両親の教育法と松たか子との出会い「好きなことをさせてくれた」-映画『小さいおうち』・2014年1月24日)

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