【サンシャイン池崎】実家は大工!?父は社長で家にパジェロの時期も

サンシャイン池崎の実家 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、サンシャイン池崎殿:大工の社長であった父上と、パジェロのあった家から空前絶後ハウスまでの暮らしについて、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

スポンサーリンク

【略歴】

  • 1981年10月9日:鹿児島県鹿屋市に生まれる。本名は池崎慧殿。父上・母上・六つ上の兄上との4人家族
  • 2006年:大分大学を卒業ののち、ワタナベコメディスクールを経てデビュー
  • 2016年:「R-1ぐらんぷり2016」で決勝へ進み、翌2017年に準優勝
  • 2017年5月18日:TBS系『櫻井・有吉THE夜会』のロケで、約15年ぶりに鹿屋の実家(空前絶後ハウス)へ帰る
  • 2018年4月12日:同じ番組で、両親に新しい家を贈ると宣言
  • 2018年10月11日:同じ番組で、同じ敷地に建てた1LDKの新しい家が完成。請求は505万円
  • 2023年:父上が他界され、母上は鹿屋で一人暮らしとなる
  • 2023年4月30日:南日本新聞で連載「イケザキクエスト」を始める
  • 2024年3月10日:ご自身のYouTubeチャンネルで、空前絶後ハウスの跡地と新しい実家を公開
  • 2024年12月19日:TBS系『モニタリング&櫻井・有吉THE夜会 合体SP』で、鹿屋の母上に親孝行
  • 2026年1月16日:日本テレビ系『沸騰ワード10』で「僕は大工なんですよ。実家が」と明かす
スポンサーリンク

【父は大工の社長!?家にパジェロがあった時期も】

サンシャイン池崎殿の実家は、鹿児島県鹿屋市にござる。お主がまず知りたいのは、金持ちの家であったかどうかであろう。その答えを、ご本人が2024年7月31日公開のCHANTO WEBの聞き書きではっきり申しておられる。

「貧乏だったとは思うんですけど、親父は大工の下請けみたいな自営業をやっていたんで、社長だったんです。だから、めちゃくちゃ貧乏というわけでもなくて。」

続けて「浮き沈みが激しくて、貧乏な瞬間もあるんですけど普通ぐらいのときもあって、波がある感じでした」と。ずっと金持ちでも、ずっと極貧でもない。波の大きな自営業の家でござった。

波が高い折は、なかなかのものじゃ。小学生ぐらいの頃には、家に偉い人が来て父上とビルの設計図を広げ、鹿屋市内で建設中のビルには責任者のように父上の写真が貼られておったという。夏休みには現場を手伝うて小遣いをもらい、極めつけは父上の「パジェロ買ってきたぜ!」。ご本人いわく「家にパジェロがある時期もありましたね」。

もっとも、父上は初めから大工ではない。2023年4月30日に南日本新聞で始まったご本人の連載「イケザキクエスト」第1話によれば、「家族構成は、父、母、兄、僕の4人」。父上はタバコ農家で、葉を小さな工場で乾かす自営業を営んでおられた。ところがその工場は、父上の煙草の火で二度も焼けてしまったという。

第2話では、その父上が「転職して大工になった」。いつの間にか「池崎組」という大工の会社を作って社長になっておられたという。「会社はうまくいっている時期もあり、おやじが仕切って建てたビルを見せてもらった事もあった」とも綴っておられる。

それでも家はボロかった。第1話の言葉では、生まれ育った家は「木とトタンで形成されており、隙間風も、雨漏りも当たり前の手作りみたいな家だった」。家を見た同級生に「この家、5分あれば更地にできる!」と言われたほどでござる。ご本人も「なんでうちは大工なのに家がこんなにボロいんだろう?」と首をかしげたが、父上は家は住めれば良いという考えで、どれだけ頼んでも直してくれなんだそうな。

ただ、暮らしに困っておったわけではない。ここが肝じゃ。「家はボロかったものの暮らしに不自由はしてなかった。ご飯も食べられていたし、ポテチもファミコンもあった。」

電子レンジの無い家で母上が冷や飯でこしらえる炒飯が「妙に好きでした」。両親が「部活にも進路にも口出ししてこなかったことがありがたかったです」とも語っておられる。

波が引いたのは、高校を出る頃でござる。「高校を卒業するころ、卒業後ぐらいからがやばかったです。」パジェロはいつの間にか「ボロいワゴン車」に変わり、大分大学に受かると父上は「受かっとんかい!」。学費と仕送りを出してもらえたのは1年目だけで、2年目からはアルバイトと奨学金で「全部自分で出すようになりました」。大分大学での学びと寮の日々は【サンシャイン池崎】1万回叫ぶ!?工学士の絶叫芸人に記しておる。

金持ちの家とは言えぬが、パジェロを買うてくる時期もあった浮き沈みの大きな職人の家——それが実家の正体でござる。

【空前絶後ハウスは父の手製!?15年ぶりの帰省と505万円の家】

第5話でご本人は「僕には六つ上の兄がいる」と明かし、兄上は弟を「溺愛していて」と綴っておられる。

この兄上が、長い空白を破るきっかけを作られた。ご本人は「20歳から15年間実家に帰っていなかった」。訳は二つで、「一つはシンプルにお金がなかった事、もう一つが現実逃避だ」(第6話)。2026年7月8日深夜のTOKYO FM「TOKYO SPEAKEASY」でも、「現実をたたきつけられる気がして嫌だった」と振り返っておられる。

第6話によれば、兄上が結婚の挨拶で鹿屋へ帰ると生家は消え、両親は引っ越しておられた。教えられた住所にあったのは「ボロボロのお菓子のウエハースみたいな壁」。

そして2017年5月18日、TBS系『櫻井・有吉THE夜会』のロケで、ご本人も約15年ぶりにその家へ。母上に訳を問うと、返ってきたのがこれでござる。「前の家がボロボロで住めなくなって、父ちゃんが作ったのよ」。あの空前絶後ハウスは、大工の父上のお手製であった。

風呂は無く、トイレは故障中。それでも母上は「水道も電気もある。人並みにクーラーもある。何も心配ない。不自由してないよ」と明るかった。息子の仕送りの使い道を問われると「貯金してる。使う訳ない、使いません」。そして「子供が用意したお金は使えない。そんなもんよ、親って」。

ここで池崎殿は動かれた。2018年4月12日、同じ番組で「家をプレゼントしますから」と宣言し、「今年の夏中に、台風が来る前にやりたいです。500万円くらいで建てたいですね」。

2018年10月11日の放送で、空前絶後ハウスと同じ敷地に1LDKの新しい家が完成した。玄関にスロープ、廊下に手すり、居間に掘りごたつ。建築費は813万円と出たが、モデルルームの風呂やトイレを回すなどして、請求は505万円に収まった。

母上は「わっぜよか! たまげたが」。池崎殿は「この『夜会』がなかったら(オンボロだった)実家に帰ってなかったと思います」と申された。

2024年3月10日には、ご自身のYouTubeで空き地に立ち、「わたくしがいま踏んでいるこの場所は、空前絶後ハウスの跡地です」。すぐそばの新しい実家の表札は「池崎イェーイ」でござる。30代半ばで両親に家を建てたことを同行の撮り手に褒められると、「結構とんでもないことだよね」としみじみ申された。

【未来予想図-「血がざわついてますよ!」と言う大工の息子】

2023年、父上が他界された。2024年12月19日のTBS系『モニタリング&櫻井・有吉THE夜会 合体SP』で、池崎殿はこう申しておられる。「父ちゃんとゆっくりお酒飲んだり、しゃべったりする時間もなく、亡くなっちゃった。そこだけちょっと後悔」。

鹿屋で一人暮らしとなった母上に「東京で一緒に住もうって言っても行かん?」と問うても、答えは「行かん。死ぬまでここよ。ここがいい。やっぱ思い出もある」。池崎殿は「何かあったら今までより帰るようにしようと思ってる」と約束された。

そして2026年1月16日、日本テレビ系『沸騰ワード10』。古民家を直す企画に加わり、「僕は大工なんですよ。実家が」。腕前を問われると「あんまないですね」と言いつつ、「血がハンパじゃない。血がざわついてますよ!」。

ここからは吾輩の見立てでござる。父上は家は住めれば良いと考え、自らの手で壁を立てられた。息子は手すりとスロープの家を建て、母上に「これで死ぬまで安心して暮らせます」と言わせた。考えは正反対でも、家で家族を守ろうとした点は同じじゃ。

15年帰らなんだ御方が、いまは「今までより帰る」と言う。いずれ池崎殿が鹿屋の実家に自ら手を入れる日が来るとみる。古民家で血がざわついたのは、父上の現場で小遣いをもらった少年の記憶が目を覚ましたからであろう。

天井から猫が降ってくる家で育った少年は、いまや保護猫を預かる「猫おじさん」じゃ。その話は【サンシャイン池崎】猫おじさんの由来!?保護猫の預かりを続けるに記しておる。鹿屋の家は、いまの池崎殿の芯を二つとも育てたのでござる。

PR(広告を含みます)

【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

▶ カレントボディ公式サイト

【実家は大工!?父は社長で家にパジェロの時期もについてのまとめ】

今回はサンシャイン池崎殿について調査してみた!

実家は鹿児島県鹿屋市。父上はタバコ農家から大工に転じ、「池崎組」という会社の社長になられた。ご本人いわく「めちゃくちゃ貧乏というわけでもなくて」、家にパジェロがある時期もあった。

ただし家は同級生に「5分あれば更地にできる」と言われるほどボロく、高校を出る頃から家計が傾いた。

空前絶後ハウスは父上のお手製。20歳から15年帰らなんだ実家へ2017年に戻り、2018年に同じ敷地へ1LDKの家を建てて贈られた。請求は505万円であった。

2023年に父上が他界。いまは鹿屋で暮らす母上のもとへ「今までより帰るようにしよう」と申しておられる。

吾輩はサンシャイン池崎殿に対して、父上が手で立てた家を、手すりのある家で継いだ御方、と思ったんだがお主はサンシャイン池崎殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

CHANTO WEB(2024年7月31日)親父は社長で家にパジェロ

南日本新聞(2023年4月30日)イケザキクエスト第1話

南日本新聞(2023年6月4日)イケザキクエスト第2話

南日本新聞(2023年8月27日)イケザキクエスト第5話

南日本新聞(2023年9月26日)イケザキクエスト第6話

スポニチアネックス(2026年7月9日)15年実家に帰らなかった訳

モデルプレス(2017年5月19日)15年ぶりの帰省

サンスポ(2017年5月19日)母からは「仕送りは貯金してる」

スポーツ報知(2018年4月12日)新しい家を約束

スポーツ報知(2018年10月12日)新築一戸建てが完成

WEBザテレビジョン(2018年10月12日)親孝行企画の完結

リアルサウンド(2024年3月15日)新築の実家を公開

スポニチアネックス(2024年12月20日)鹿児島の母への親孝行

オリコンニュース(2026年1月17日)実家の意外な生業

関連記事

【サンシャイン池崎】1万回叫ぶ!?工学士の絶叫芸人

【サンシャイン池崎】猫おじさんの由来!?保護猫の預かりを続ける

【小林虎之介】実家は岡山!?父の一誘いで大学を辞めた