巷に騒がれる、光宗薫殿:結婚のうわさと、消せぬ線を引き続けて画家になられた歩みについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1993年4月26日、愛媛県に生まれる。
- 2011年、神戸コレクションモデルオーディションでグランプリを受賞。
- 同年、AKB48の13期生としてデビュー。しかし活動はわずか10か月で終了。
- AKB48在籍中からボールペン画を独学で始める。
- 2012年、映画『女子カメラ』で主演を務める。
- 2014年、フレイヴ エンターテインメントに所属し、本格的に芸能活動を再開。
- 2017年、体調不良から一時的に芸能活動を休止。
- 2018年、東京・銀座の『ヴァニラ画廊』でボールペン画の個展「ガズラー」を開催し、芸能活動を再開。
- 2020年、テレビ番組『プレバト!!』に出演し、3年ぶりにテレビに復帰。
- 2022年、自身初となる油絵やオイルパステル画などを中心とした個展「SEMITOPIA」を開催。
- 2022年3月・10月:『プレバト!!』の黒板アート・水彩画のコンクールでいずれも優勝。
- 2025年1月:イトーカンパニーに所属。
- 2025年6月〜8月:NHKドラマ『照子と瑠衣』に出演。
- 2026年5月:ドラマ『時光代理人』『100日後に別れる僕と彼』に出演予定。
【結婚の発表は無い。だが絵の話なら山ほどある】
まず、一番よう問われることから答えておこう。
――光宗薫殿は結婚しておられるのか、という話でござる。
結論から申す。ご本人からも事務所からも、結婚や入籍を報せる発表は出ておらぬ。
お相手の名も、時期も、どこにも公にされておらぬのでござる。
――つまり、答えは「分からぬ」ではない。「公にされておらぬ」でござる。
この二つは、似ておるようで違うのでな。
調べが足りぬのではのうて、そもそも本人が明かしておられぬ、ということじゃ。
巷には身辺についてのうわさも流れておるようでござるが、いずれも本人が公にしたものではない。辿ってみても、出所が知れなんだ。
。
推し量って並べたところで、それは噂を一つ増やすだけでござろう。
その代わり、公にされておることなら、いくらでもある。
――しかもそれが、なかなかに面白いのじゃ。
この御方は元AKB48でありながら、いまは画廊に絵を掛けておられる。
しかも、その絵は独学でござる。
――ここから先は、確かめられることだけを記す。
では、なぜ絵なのか。ご本人が語っておられる。2022年4月1日、個展「SEMITOPIA」の会見でのことじゃ。
きっかけの一つは『プレバト!!』であったという。「番組でいろいろな画材を使ってみて、楽しいなと思ったのが、きっかけの一つでもあった」と。
そして、この一言が良い。「人と全然関わらない自分にとってとてもプラスになる番組です」——絵という共通の話題があるゆえ、共演の方々とも話せて現場が楽しいのだと。
……仕事で人と話すことがほとんど無い、と申されておる御方でござる。その御方が、絵を介して人と繋がっておられるのじゃ。
【独学のボールペン画】
吾輩が語らんとするのは、名も知られた”光宗薫”という女性の事じゃ。”元AKB48″として世に知られ、しかも“独学”で”ボールペン画”の腕前を磨き上げ、“個展開催”にまで至ったこの娘の事じゃ。
この御仁は2017年に体調を崩し、芸能の仕事を一度離れておる。その事情については、同じ年の9月、本人が自ら言葉にして明かしておられる。
他人が推し量って書くことではない。本人が公にした以上のことを、この書記が付け足すつもりはござらぬ。まして、その原因をあれこれ憶測するなど論外でござる。
ここからは、確かめられることだけを記す。この御仁の絵は、独学で始めたボールペン画でござる。誰かに師事したわけではない。
そして2018年、東京・銀座の画廊で個展「ガズラー」を開いた。2022年には油絵やオイルパステルによる個展「SEMITOPIA」も開いておる。画廊が場を貸すというのは、それだけの評価がある証でござる。
ボールペンという画材について、少し説明しておこう。これは消すことができぬ。一本引けば、それが最後まで残る。
鉛筆のように下描きを直しながら進める、という描き方ができぬのでござる。細い線を何万本と重ねて濃淡を作っていく——気の遠くなるような手間と、集中を要する画法よ。
それを誰にも習わず、独りで身につけたという。AKB48に在籍しておった頃には、既に描き始めておったと伝えられておる。
十代の終わりにアイドルとして世に出て、その傍らで消せない線を引き続けておった。そちらのほうが、この御仁の本筋であったのかもしれぬ。
嘘か誠かの判断は自己責任にて!何れにせよ、語られる情報の中には事実と虚構が混ざり合っておる。その真偽を見極めるのは、吾輩だけではなく、お主ら一人一人の仕事じゃ。
【絵が、戻る足がかりになった】
吾輩が今宵語りたいのは”光宗薫”という娘の事。彼女の”過去”について語らんとする。元々は輝かしきアイドルであった彼女だが、その後の道のりは険しきものだったと聞く。
休養の間も、この御仁は描くことをやめておらぬ。むしろ絵の仕事が、復帰の足がかりになったと言ってよい。
2020年には『プレバト!!』に出て、三年ぶりに画面へ戻った。そして2022年には同番組の黒板アートと水彩画、二つのコンクールで優勝しておる。
アイドルとして世に出た者が、絵で名を知られ直す——そう歩める人は、そう多くはござらぬ。
嘘か誠かの判断は自己責任にて!事の真偽を見抜くのは吾輩だけではない。事の是非を断じるには自身の眼を信じ、自己の判断を持つことが肝要じゃ。
【現在-描きながら演じる】
さて、この御仁の近頃であるが——既に芸能の場へ戻り、活躍しておられる。
2025年1月には新たな事務所に籍を置き、同じ年の6月からはNHKのドラマ『照子と瑠衣』に出ておる。
嘘か誠かの判断は自己責任にて!吾輩の口癖ではあるが、これは吾輩の立場から申せば、お主ら一人一人が真実を見抜き、自身で判断することを勧める言葉でもある。
2026年5月には『時光代理人』『100日後に別れる僕と彼』と、二つのドラマへの出演が控えておるという。もはや「戻るのか」を問う段階ではござらぬ。
絵を描き、芝居もする。その両方を持っておるというのが、この御仁の強みでござろう。
振り返れば、この御仁の歩みは一本道ではなかった。2011年に神戸のオーディションで頂点に立ち、同じ年にAKB48の13期生となったが、その活動は十か月で終わっておる。
2012年には映画『女子カメラ』で主演を務め、2014年からは事務所を移して仕事を再開した。そして2017年に一度離れ、絵を足がかりに戻ってきた。
三度、場所を変えて立ち直っておる。アイドル、俳優、そして画家。どれか一つが駄目になったら終わり、という生き方をしておらぬ。
「元AKB48」という肩書きで語られることの多い御仁でござるが、いま画廊に絵を掛け、ドラマにも出ておる。肩書きのほうが、実像に追いついておらぬというべきであろう。
そして絵の道は、いまも太くなり続けておる。2025年12月20日、初の作品集『せみにんげん』が玄光社より出された。
同じ日から東京・銀座のヴァニラ画廊で個展「せみにんげん」が開かれ、2026年1月25日まで続いた。……鉛筆で描いた原画に、デジタルの彩色を重ねるという新しい手法でござる。
「せみちゃん」という人物を通して、己の内と記憶、そして世の仕組みを巡る旅を描いたのだという。……幼き頃から蝉に憧れておられた御方の、行き着いた形でござろう。
さらに2026年8月26日から9月7日まで、大阪の阪急うめだ本店にて同じ個展が開かれた。地元での個展は、およそ十三年ぶりであったという。
……十代でアイドルとして世に出た大阪の娘が、三十を過ぎて画家として同じ土地へ戻られた。これほど分かりやすい返礼もあるまい。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【結婚のうわさ!?消せぬ線で描き続ける画家についてのまとめ】
今回は光宗薫殿について調査してみた!
吾輩は光宗薫殿に対して、体調管理に困難を抱えながら、芸術的感性で活躍されている女史、と思ったんだがお主は光宗薫殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
光宗薫、個展開催のきっかけにもなった『プレバト』への思い明かす「とてもプラスになる番組」(オリコン 2022年4月1日)
光宗薫、個展「せみにんげん」開催 独特なキャラ”せみちゃん”グッズの販売やサイン会も決定(リアルサウンド 2025年12月16日)
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