巷に騒がれる、佐野晶哉殿:6年ずっと急かされてきた願いを、あえて言わずにおいた訳について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2002年3月13日、兵庫県のお生まれ
- 小学生の頃、劇団四季の舞台『サウンド・オブ・ミュージック』『ライオンキング』を経験される
- 2019年2月18日、Aぇ!groupの一員に選ばれる
- 2022年、映画『20歳のソウル』にて銀幕に初めて出られる
- 2024年5月15日、Aぇ!groupとして初めてのCDを出される
- 2025年9月13日、朝の連続ドラマへの出演が公にされる
- 2026年、連続テレビ小説『風、薫る』にて島田健次郎役を務められる
- 2026年4月11日、同作の合同取材にて役への思いを語られる
- 2026年新春、映画『おそ松さん』の公開を控えておられる
【佐野晶哉の朝ドラ出演は6年越しの願いであった】
佐野晶哉殿が朝の連続ドラマ『風、薫る』に出ることが公になったのは、
2025年9月13日のことでござった。
演じられたのは、島田健次郎という役。
――主役の相談相手となる、新しい言葉や外国語に詳しい青年でござる。
その折に寄せられた言葉が、これでござる。
「6年前、僕が所属するAぇ! group を結成した当時から、ばあばに『まぁはいつ朝ドラに出るんや?』って急かされていました」
――6年前からでござる。
お主、これは可笑しゅうござるな。
組ができたばかりの頃から、祖母君は朝の連続ドラマを求めておられたのじゃ。
しかもそれが、一度や二度ではない。ずっと急かされておられた。
そして、その願いが叶った時の言葉が良い。
「『ばあば、まぁ朝ドラに出るよー!』叶えられてよかった。親孝行おばあ孝行できます」
――おばあ孝行でござる。
この御方は、なぜそこまで祖母君を思われるのか。
訳は、幼き日の景色にござった。
「小学生のころ、朝ドラが始まると同時に学校に登校していました。毎朝のあの時間に心躍らせる家族の風景が印象的です」
後の取材では、その景色をさらに細かく語っておられる。
「ばあばが“朝ドラ”大好きで。小学生、中学生の頃に登校するために家を出る時間は、ばあばはいつも朝ドラを観ていて。僕を見送ったあとは、またテレビの前に戻っていく……という景色が当たり前にあったので」
――お主、この情景が浮かぶか。
祖母君は朝の連続ドラマを観ておられる。
孫が学校へ行くと言えば、いったん立って見送る。
そして、また画面の前へ戻っていかれるのじゃ。
毎朝、毎朝でござる。
そして、この御方はこう言われた。
「その“ばあばの日常”の中に入り込めるというのがすごくうれしかったですね」
――日常の中に入り込むでござる。
大きな役を得た、という言い方をしておられぬ。
祖母君が毎朝見ておるあの時間に、己が映るというのじゃ。
【決まったのに、解禁まで黙っておられた】
さて、ここが面白いところでござる。
この御方は、出演が決まっても家族に言わなんだ。
報せが世に出るまで、黙り通されたのでござる。
――普段はそういう御方ではない。
家族と仲がよく、仕事が決まるたびこまめに報せる質だという。
ではなぜ、この時だけ黙られたのか。
訳がござる。
組でCDを出すという大きな夢を叶えた時以来、
これほど家族が喜びそうな仕事は無いと思われたゆえじゃ。
――だから、あえて取っておかれたのでござる。
お主、ここは唸るところでござるぞ。
嬉しいことは、早く言いたいのが人情でござる。
しかもこの御方は、普段こまめに報せる質でござる。
それを半年以上、こらえられた。
そして解禁の日、報せを知った祖母君から
泣きながらのビデオ通話がかかってきたという。
この御方の言葉が、これでござる。
「ホンマにばあば孝行できました、よかったです」
――狙い通りでござろう。
先に言うておれば、この涙は無かった。
役への向き合い方も、なかなかのものでござった。
シマケンは明治の青年でござる。
「下駄を履くのにも慣れてなかったので、自分で下駄を買って、夏場はプライベートでずっと下駄で生活していました」
――私生活で下駄でござる。
そして主役との場について、こう言い切っておられる。
「見上さんにどういう顔をさせるのかが、僕の一番の仕事だなと思いながら現場にいます」
――己がどう見えるか、ではない。
相手にどんな顔をさせるか、でござる。
【未来予想図-報せ方まで考える人】
ここまでを、一度まとめておこう。
――佐野晶哉殿は連続テレビ小説『風、薫る』にて島田健次郎役を務められた。
祖母君は組の結成当時から6年、朝の連続ドラマを待っておられた。
決まっても家族には言わず、報せが世に出るまで黙っておられた。
解禁の日、祖母君から泣きながらのビデオ通話がかかってきたという。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、伝え方まで含めて仕事にする型とみる。
考えてもみられよ。
黙っておくというのは、我慢ではござらぬ。段取りでござる。
いつ、どう伝われば、いちばん喜ばれるか。
――そこまで考えて、口を閉じておられたのじゃ。
主役との場についての言葉も、根は同じでござろう。
己の芝居ではなく、相手にどんな顔をさせるか。
――受け取る側から考えておられる。
そして、組の中での立ち方にもそれが出ておる。
出演が知らされた後、最年長の末澤誠也殿とはばかりで二人になった折、
「来年は佐野、よろしくな」と声をかけられたという。
この御方はそれを、こう受け取られた。
「割と真面目に言ってて。がんばらなアカンなと思いました」
――冗談として流されておらぬ。
そして、朝の連続ドラマの先達である正門良規殿への言葉が良い。
「まだAぇ! groupが関西でもなかなかテレビに出られてないような時期に、正門くんはオーディションであの役を掴み取って」
「いまだにその回の最後に正門くんが大きいくしゃみをして終わるシーンを覚えてるぐらい」
――くしゃみの場を、今も覚えておられるのじゃ。
組が売れる前、先に一人だけ大きな場を掴んだ仲間。
それを見ておった側から、こんどは己が入ることになった。
祖母君の毎朝の景色に、六年かけて辿り着かれたのでござる。
嬉しい報せは、いつ言うかまでが仕事でござる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラは祖母の日常!?解禁まで黙るについてのまとめ】
今回は佐野晶哉殿について調査してみた!
一つ。佐野晶哉殿は連続テレビ小説『風、薫る』にて島田健次郎役を務められた。朝の連続ドラマは初めてでござる。
二つ。祖母君からは組の結成当時から「まぁはいつ朝ドラに出るんや?」と6年ずっと急かされておられた。
三つ。決まっても家族には言わず、報せが世に出るまで黙っておられた。解禁の日、祖母君から泣きながらのビデオ通話がかかってきたという。
四つ。幼き日の景色を「ばあばはいつも朝ドラを観ていて。僕を見送ったあとは、またテレビの前に戻っていく」と語り「その“ばあばの日常”の中に入り込める」のが嬉しかったとのこと。
五つ。役作りでは「自分で下駄を買って、夏場はプライベートでずっと下駄で生活していました」。主役との場では「見上さんにどういう顔をさせるのかが、僕の一番の仕事」と述べておられる。
吾輩は佐野晶哉殿に対して、伝え方まで仕事にされる御方、と思ったんだがお主は佐野晶哉殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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