巷に騒がれる、桐谷美玲殿:選ばれた訳は、雑誌を去る日のたった一度の挨拶であった。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1989年12月16日、千葉県のお生まれ
- 高校1年、15の夏に地元でスカウトされた
- 2006年、映画『春の居場所』で世に出られる
- 同じ年より、雑誌『Seventeen』の専属モデルを務められた
- 2011年8月、『Seventeen』を卒業された
- 2012年2月、『NEWS ZERO』の火曜キャスターに抜てきされる
- 2012年4月より「マイ・ジェネレーション」を受け持たれた
- 2015年3月20日、入学から7年をかけて大学を卒業される
- 2018年7月、俳優の三浦翔平殿と結婚された
- 2018年9月25日、6年半で『NEWS ZERO』を卒業された
- 2024年3月25日、『news every.』の水・木曜を受け持たれる
【キャスターは6年半で財産となった】
「桐谷美玲殿は、ニュースを読む側におられたのか」——これを調べに来られた御方へ。
答えは然りでござる。
それも、片手間ではござらぬ。
日本テレビ『NEWS ZERO』にて、6年半。
2012年4月から、2018年9月まででござった。
お主、これは長うござろう。
芝居と雑誌で世に出た御方が、報道の場に6年半おられたのじゃ。
卒業の日は2018年9月25日。
その夜、生放送の終わりで自ら報せておられる。
オリコンが伝えた言葉が、これでござる。
「毎週のように取材現場に行って素晴らしい刺激を受けましたし、たくさんのことを教えていただきました。私にとって財産となりました」
……財産。
思い出でも、経験でもない。
財産、と言うておられるのじゃ。
そして、始めた頃の志をこう振り返られた。
「若い世代とニュースの架け橋になれればと思って始めて、この6年半で少しでもその役割を担えていたらうれしいです」
……架け橋。
最後に「6年半ありがとうございました」と頭を下げられると、その場に大きな拍手が起きたという。
さて、ここでお主に見てもらいたいものがござる。
その最後の夜、この御方が何を取り上げておられたか、じゃ。
題は「LGBTと家族」であった。
日本文学の研究者ロバート・キャンベル殿と、子育てに悩む団体を、自ら訪ねておられる。
そして、こう述べられた。
「対社会ではできないことが多い。社会が変わっていかなくてはいけない」
……お主、これが最後の回の題でござるよ。
花を持たせる回にも、軽い思い出話にもしておられぬ。
去る日まで、いつも通りに足を運んで、いつも通りに伝えておられる。
この日には、もう一つ添えられたものがござってな。
スキージャンプの高梨沙羅殿から、驚かしの言伝が届いたのじゃ。
取材で顔を合わせた縁でござろう。
……六年半で、そういう繋がりまで築いておられたわけじゃ。
キャスターは6年半で財産となった……最後の夜まで、自ら足を運んでおられたのでござる。
【キャスターに選ばれた訳は一つの挨拶】
さて、次に気になるのはここでござろう。
なぜ、この御方が報道の場へ呼ばれたのか。
抜てきが報じられたのは、2012年の2月でござった。
まんたんウェブが伝えておる。
当時22の齢。火曜の受け持ちで、前の御方は宮本笑里殿であった。
そして、選んだ側の言葉が残っておってな。
番組の山崎大介プロデューサーは、起用の訳をこう語っておられる。
「セブンティーン専属モデル卒業のスピーチを聞いて、自分の言葉をきちんと持っている方だなと、単なるモデルさん、女優さんではない何かを持っていると感じた」
……スピーチを聞いて。
お主、ここが面白いところでござる。
芝居でも、顔立ちでも、名の通りでもない。
雑誌を去る日の、たった一度の挨拶で決まったのじゃ。
『Seventeen』の専属を卒業されたのは、2011年8月。
その日の壇上での言葉が、翌年の報道番組へ繋がった。
……人がどこを見ておるかは、分からぬものでござるな。
では、当人はどう受け止めておられたか。
「初めてのキャスターという仕事に、今からすごく緊張していますが、自分の新しい一面を見せていくよい機会をいただけたと思っているので、精いっぱい頑張りたいです」
……すごく緊張していますが。
強がっておられぬ。
そして、やりたいことは既に持っておられた。
「私と同世代の人たちが考えていること、感じていることを20代の声として伝えられれば」
受け持たれたコーナーの名は「マイ・ジェネレーション」。
20代の代表として、同じ世代の報せを伝える役でござった。
さらに、こうも申しておられる。
「ガジェットやファッションにも興味があるので、今までZEROで取り扱ってこなかった分野も取り上げていけたら」
……今まで取り扱ってこなかった分野。
入る前から、番組に足すものを考えておられたのじゃ。
緊張しておると言いながら、狙いはきちんと定まっておる。
……この二つが同じ口から出るのが、この御方らしいところでござろう。
選ぶ側が「自分の言葉をきちんと持っている」と見たのも、つまりはここのことでござるまいか。
キャスターに選ばれた訳は一つの挨拶……見ておる者は、壇上の言葉を見ておるのでござる。
【未来予想図-生活者として伝える御方】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
話は2018年で終わっておらぬ。
一度降りたこの御方は、2024年3月25日、再び報道の場へ戻られた。
日本テレビ『news every.』の、水曜と木曜の受け持ちでござる。
就任の折、オリコンの取材にこう語っておられる。
「20代の頃に報道番組に携わり、当事者意識を持つことが大事だと学びました」
……当事者意識。
六年半で得た「財産」の中身が、ここでようやく言葉になっておる。
そして、今度はこう続けられた。
「30代になり、結婚や出産を経験して、主婦業をしていく中で生活者の1人としてニュースを伝えられたらと思います」
……生活者の1人として。
お主、20代の頃との違いに気づかれたか。
かつては「20代の声」を伝える役であった。
今は「生活者の1人」として伝えると言うておられる。
……看板は掛け替えても、己の立つ場所から語る点は変わっておらぬ。
月に一度は「キリモリっ!」なる取材に出ておられてな。
料理・掃除・収納と、暮らしに効く節約と時短を訪ね歩く役じゃ。
家事については「バリッバリやってます」と申しておられる。
物価のことも、こう語られた。
「毎日スーパーに行くたびに、こんなに食パン高くなったんだななどと実感しながらお買い物して」
……食パン、でござる。
報道の場に立つ御方が、食パンの値を語っておられるのじゃ。
吾輩は見る。
……この御方の強みは、背伸びをせぬことでござろう。
15で事務所から電話を受けた折も、断るために会うたと明かしておられた。
大学を7年かけて卒業された折も、遅れをそのまま書いておられる。
キャスターを引き受けた折も、「すごく緊張しています」と言うておられた。
……格好をつけぬ御方なのじゃ。
報道の場で、これは効く。
知ったかぶりをせぬ者の言葉は、聞く側が身構えぬゆえな。
2012年に始まり、間を置きつつも今に続いておる。
……足かけで数えれば、もう十年を越えておるのでござるよ。
吾輩の見立てでは、この道はまだ長う続こう。
20代を「20代の声」で、30代を「生活者」で通されたのじゃ。
……次の十年もまた、その折の己に合う言い方を見つけられよう。
生活者として伝える御方……背伸びをせぬことが、そのまま強みになっておるのでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【キャスターは6年半で財産!?20代の声を伝えたについてのまとめ】
今回は桐谷美玲殿について調査してみた!
一つ。キャスターの仕事は『NEWS ZERO』で6年半でござる。
2012年4月から2018年9月25日まで、火曜を受け持たれた。
二つ。卒業の夜、「私にとって財産となりました」と語られた。
その最後の回の題は「LGBTと家族」で、自ら取材に出ておられる。
三つ。選ばれた訳は『Seventeen』卒業の挨拶であった。
「自分の言葉をきちんと持っている方だな」と、選ぶ側が申しておる。
四つ。2024年3月25日、『news every.』の水・木曜で報道へ戻られた。
……お主、この歩みをどう見られたか。
吾輩が良いと思うたのは、立つ場所を言い換えておられることでござる。
20代の頃は「20代の声」を伝える役であった。
今は「生活者の1人」として伝えると言うておられる。
……役柄を守るのではのうて、己の今に合わせておられるのじゃ。
そして、どちらの折も背伸びをしておられぬ。
初めの時は「すごく緊張しています」と言い、
今は「食パン高くなったんだな」と言うておられる。
……この率直さが、十年を越えて続いた訳でござろう。
報道の場は、飾る者より、正直な者が長く残る。
立つ場所が変われば、伝え方も変えてよいのでござるよ。
吾輩は桐谷美玲殿に対して、立つ場所が変われば、伝え方も変えてよいのでござる、と思ったんだがお主は桐谷美玲殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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