巷に騒がれる、ムロツヨシ殿:好きなタイプと恋愛観、そして将来性がないと言われた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1976年1月23日、神奈川県横浜市港北区のお生まれ
- 俳優であり、喜びの劇を演じる者でもあられる
- 1999年より、独りでの舞台の活動を始められた
- 2001年、幾人かを誘うて劇の組を結ばれる
- だが、その組は後に離れることとなった
- 2005年、映画『サマータイムマシン・ブルース』にも出るようになられる
- 2008年より、己の名を冠した舞台を始められた
- その舞台は、書きも演出も己で手掛けておられる
- 2009年12月より、語りの催しも始められた
- 2018年5月10日、その舞台の十度目の千穐楽を迎えられる
- そこで一区切りとし、新たな舞台を作ると告げられた
- 2021年、映画『マイ・ダディ』で初めて主役を務められる
【まず、本人が「日々変わりつつある」と認めておられる】

「ムロツヨシ殿の好きなタイプは何か」——これを調べに来られた御方へ。
先に申し上げておく。この問いに、この御方は一つの答えを持っておられぬ。
2019年、テレビ朝日系の番組でのことでござる。好みを問われて、こう答えておられる。
「日々変わりつつある」
変わる、と自分から言うてしまわれたのじゃ。
これを不誠実と見る御方もおられよう。だが吾輩は、逆だと思うておる。
好みなど、たいていの人は変わるものでござる。それを一つに決めて語るほうが、よほど作り話に近い。
変わると認めた上で、その移り変わりを語る——この御方の答え方は、そういうものでござった。
昔は家庭的な人、次は装いの落差だという
では、どう移り変わったのか。ここが実に細かい。
まず、昔のこと。
「昔は家庭的な人(が好きだった)」——その訳がこれじゃ。「洗濯掃除が得意じゃないので、それをしてくれる異性の方が現われると引かれてしまう」
自分にできぬことをしてくれる相手に惹かれる、と。身も蓋もないが、正直でござる。
ところが、そこから変わる。
「そのちょっと前はキャリアウーマン」「パンツスーツを着こなした人の家着とのギャップで、それでもう好きになっちゃう」
吾輩は、ここで膝を打った。
先の家庭的な人とは、まるで逆でござろう。だが、よく読むと通じておるところがある。
どちらも「見えていない部分」に惹かれておられるのじゃ。
できぬことをしてくれる姿。仕事着の下にある家着の姿。いま目に見えておらぬものを想う——そこが芯なのでござろう。
実際この御方、女子の読み手について「普段着はどんな感じなんだろう?」「どんな酔い方するんだろう?」と想いを巡らせておられる。ここも同じ線じゃ。
催しでの答えは、まるで別物であった
ところが、である。
2024年、映画の催しで女子の学び手から「好きな女性のタイプは?」と真っ直ぐに問われて、こう答えておられる。
「ちょっと皆さんの時代にそぐわないかもしれないけど…やっぱり黙ってついてきてくれる女」
……先ほどまでの答えと、まるで違うておろう。
ここは、そのまま受け取らぬほうがよいと吾輩は見ておる。
自分から「時代にそぐわないかもしれない」と前置きしておられる。つまり、それが古い物言いだと分かった上で言うておられるのじゃ。
相手は学び舎の子らでござる。場を沸かせるために、あえて外した答えを選ばれたと読むのが自然じゃな。
実際、これで会場は沸いたと報じられておる。
問われた場によって答えが変わる——この御方の「好きなタイプ」を追うなら、そこを踏まえておかねばならぬ。
【唯一、結婚するかもと思われた相手のこと】

さて、ここからが本題でござる。
この御方が語られた中で、いちばん重いのはこの話じゃ。
同じ番組で、過去に共におった相手について、こう述べておられる。
「唯一、この人とは結婚するかもなと思った」
唯一、である。
その相手は「どんなジャンル(の洋服)も着こなす」御方であったという。
ここでも装いの話が出てくるのが、この御方らしい。
そして、別れは26の齢のときであった。
その訳を、こう明かしておられる。
「振られたんです。言い方は違いましたけど『将来性がない』って」
吾輩は、この一言でしばし手が止まった。
言い方は違った、と付け足しておられるのが辛い。つまり本人が、後から意味を汲み取ったということでござる。
その場では別の言葉で告げられた。だが胸に残ったのは、将来性がないという中身のほうであった、と。
「将来性がない」と言われた男が、いま何をしておるか
この話が重いのは、その後を知っておるからでござる。
この御方は、学び舎を3週間で去り、長く舞台に立ち続けてこられた。世に名が知られたのは、ずいぶん経ってからじゃ。
42の齢で新人賞を受けておられる。
26で「将来性がない」と告げられた男が、その後16年をかけて、新人と呼ばれる場所まで辿り着かれたのでござる。
そして今や、その名を知らぬ者はおらぬ。
この話を、この御方は笑い話として語っておられる。恨み言でもなければ、見返してやったという口ぶりでもない。
そこが、吾輩には良かった。
言われたことを抱えたまま、黙って続けてこられたのじゃ。
「好きなタイプ」を探しに来られた御方へ。この御方の好みは移ろう。場によっても変わる。
だが変わらぬものが一つだけある。見えておらぬところを想う質と、言われたことを笑い話にできるまで続ける腰の据わり方でござるよ。
引いた言葉の出どころ
【未来予想図-42の齢で、新人と呼ばれた御方】

さて、ここからはこの御方の歩みを見ておこうぞ。恋の答えと、驚くほど噛み合っておる。
好みは日々変わりつつある、と語っておられた。……この御方の歩みそのものが、変わり続けてきた歩みなのでござる。
19の齢で、大学を三週間で辞めておられる。三週間でござるよ。
そして1999年より、独りで舞台の活動を始められた。
2001年には幾人かを誘うて組を結ばれる。ところが、そこで思わぬことが起きた。「熱すぎる」と言われ、組を追われたというのじゃ。
……しかも、己が言い出しっぺでござったのに、でござる。
だがこの御方は、腐られなんだ。2005年からは映しの物語にも出るようになられ、そこから少しずつ道が開けていった。
呼ばれるのを待つのではなく、己で場を作られたのでござる。
2017年4月25日には、Instagramを開設された。そしてその結果が凄まじい。開設から5時間で20万人、1日で36万人を超えたのじゃ。
……長い下積みの間に積み上げてきたものが、一気に数字として現れた瞬間でござった。
そして翌2018年、この御方に一つの賞が届く。新人賞でござる。その時の齢が——42。
……42で新人でござるぞ。大学を三週間で辞めたのが19の頃。つまり23年かけて「新人」と呼ばれたことになる。
あの間、あの調子。誰にも似ておらぬのは、誰かに教わったものではないからでござろう。
好みが日々変わると笑って語られる御方は、己自身も変わり続けてこられた。
PR(広告を含みます)
【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。
▶ BIOAESTECH デュアルオーブディープリフト
(楽天ランキング1位)
【好きなタイプ!?日々変わりつつあるについてのまとめ】
今回はムロツヨシ殿について調査してみた!
まず本人が「日々変わりつつある」と認めておられる。昔は家庭的な人——「洗濯掃除が得意じゃないので」という訳つきで。
その後は「パンツスーツを着こなした人の家着とのギャップで、それでもう好きになっちゃう」。逆のようでいて、どちらも見えておらぬところに惹かれておられるのが芯じゃ。
催しで学び手に問われた折は「やっぱり黙ってついてきてくれる女」。ただし自ら「時代にそぐわないかもしれないけど」と前置きしておられる。場を沸かせるための答えと読むのが自然でござろう。
いちばん重いのがこれじゃ。「唯一、この人とは結婚するかもなと思った」相手に、26の齢で振られておられる。「言い方は違いましたけど『将来性がない』って」——その16年後、42の齢で新人賞を受けられたのでござるよ。
吾輩はムロツヨシ殿に対して、見えておらぬところを想い、言われたことを笑い話にできるまで続けた御方、と思ったんだがお主はムロツヨシ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
関連記事

