巷に騒がれる、光浦靖子殿:50の齢で海を渡られた決断と、その後の歳月についてについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1971年のお生まれ、愛知県の出
- 幼馴染と二人組を組み、笑いの道を歩んでこられた
- 手芸を作る者、文を書く者としても知られておる
- 2021年、50の齢にてカナダのバンクーバーへ渡られた
- まずは言葉の学び舎に通われておる
- その後、二年の学び舎にて料理の道を修められた
- 留学の日々を綴った書『ようやくカナダに行きまして』を出しておられる
- 続く書『ようやくカレッジに行きまして』も出されておる
- 現地では髪の色を変え、装いも大きく変えられた
- 手芸の集まりを開くことも、向こうでの働きの一つと語っておられる
- 岩を登る遊びなど、新たな試みにも手を出しておられる
- いまも、学びと働きの両方を続けておられるという
【50の齢で、海を渡られた】

吾輩が今宵語るは、光浦靖子殿の決断でござる。
――50の齢にて、カナダへ渡られた御方じゃ。
2021年のことでござった。行き先はバンクーバー。
――お主、これがどれほどのことか考えてみられよ。
この御方は、笑いの道で長く第一線におられたのでござる。
――幼馴染と二人組を組み、名の知れた番組に出続けてこられた。
つまり、失うものが多い立場でござったのじゃ。
――何も持たぬ者が海を渡るのとは、わけが違うのでござるよ。
積み上げたものがある者ほど、動けぬのでござってな。
――いま離れたら、戻る場所が無くなるやも知れぬのでござるからな。
しかも50の齢でござる。
――周りは皆、そろそろ守りに入る歳でござろう。
それでも、この御方は行かれたのでござるよ。
――ここに、吾輩は深く唸ったのでござる。
そして向こうでの日々は、決して華やかではなかったという。
――言葉の学び舎では、十代の若者たちと机を並べられたのでござる。
お主、その場に立ったところを想像してみられよ。
――この国で名の知れた者が、何者でもなくなるのでござるよ。
むしろ、言葉ができぬ分だけ立場は下でござってな。
――聞き取れず、言い返せぬ日々でござったと語っておられる。
これは、堪えるはずでござる。
――できておった者が、できぬ者になるのでござるからな。
だがこの御方は、その場に留まられたのでござるよ。
――そして助けを求めることを、恥じなくなったと語っておられる。
ここが、吾輩のいちばん好きな所でござってな。
――できぬと言えるようになった、ということでござる。
できる者として振る舞い続けるのは、実は楽なのでござるよ。
――できぬと言う方が、よほど勇気が要るのでござるからな。
50の齢で、その勇気を持たれたのじゃ。
――これは、渡ったこと以上に大きい話でござろう。
【言葉の学び舎から、二年の学び舎へ】

さて、ここからが今宵の本題でござる。
――この御方は、言葉の学び舎で終わられなんだのでござるよ。
その後、二年の学び舎へ進まれたのでござる。
――しかも学ばれたのは、言葉ではのうて料理でござった。
お主、ここに引っ掛かりを覚えられたかな。
――何ゆえ、料理なのでござろうか。
吾輩の見立てを申せば、これは「残るもの」を選ばれたのでござる。
――言葉は、使わねば錆びるのでござってな。
だが手に覚えさせた技は、残るのでござるよ。
――そして技があれば、向こうで働く道も開けるのでござる。
実際この御方は、働く許しを得ることを目指しておったと語っておられる。
――つまり、遊びに行かれたのではないのでござるよ。
暮らしを立てる算段まで、考えておられたのでござってな。
――ここが、ただの憧れとの分かれ目でござる。
そして二年の学び舎は、厳しかったと語っておられる。
――言葉の壁を抱えたまま、技を学ばれたのでござるからな。
料理の場では、指図が飛び交うのでござってな。
――聞き取れねば、手が止まるのでござるよ。
それでも、二年を修められた。
――この二年は、並の二年ではござらぬ。
さらにこの御方は、その日々を書物にもされておる。
――『ようやくカナダに行きまして』という書でござってな。
続く書として『ようやくカレッジに行きまして』も出されておる。
――経験を、そのまま働きに変えておられるのでござるよ。
ここが、この御方の賢い所でござってな。
――学びが、そのまま次の仕事になっておるのでござる。
手芸の集まりを開くことも、向こうでの働きの一つと語っておられる。
――元より手芸を作る者としても知られておった御方でござるからな。
つまり持っておった技と、新たに得た技を重ねられたのじゃ。
――捨てて行かれたのではのうて、足しに行かれたのでござるよ。
【未来予想図-この御方の選びが示すもの】

さて、ここからはこの選びが何を示すかを語ろうぞ。
――お主にも、必ず関わる話でござるゆえな。
まず一つ目。この御方は、一度置くという技を持っておられた。
――捨てたのではござらぬ。置かれたのでござるよ。
捨てれば戻れぬが、置けば戻れるのでござってな。
――この差は、途方もなく大きいのでござる。
多くの者は、置けぬのでござるよ。
――手放したら二度と手に入らぬ、と思い込んでおるゆえな。
だが実の所、置いても大抵は戻れるのでござる。
――戻れぬのは、置き方が乱暴なときだけでござってな。
二つ目。この御方は、下手になる場へ自ら行かれた。
――これが、いちばん難しいことでござるよ。
齢を重ねるほど、人は上手な場にしか行かなくなるのでござってな。
――下手な己を、人に見せとうないのでござるからな。
だが、下手な場にしか伸び代はござらぬのでござるよ。
――上手な場では、確かめておるだけでござる。
三つ目。この御方は、学びを働きに繋げられた。
――書物にし、集まりを開き、技を売られたのでござる。
学びっぱなしで終わる者が、実に多いのでござってな。
――だがこの御方は、出口まで作られたのじゃ。
そして四つ目に、吾輩がいちばん申し上げたいことがござる。
――この御方は、50の齢を言い訳になさらなんだ。
もう遅い、という言葉は誰にでも使えるのでござってな。
――しかも、使えば周りが納得してくれるのでござるよ。
だから多くの者が、その言葉を使うのでござる。
――使えば、動かずに済むのでござるからな。
この御方は、その楽な言葉を選ばなんだのじゃ。
――お主、これがどれほど珍しいことか。
遅いかどうかは、始めた後にしか分からぬのでござってな。
――始めぬ限り、遅いままなのでござるよ。
【50歳でカナダへ!?学び直しの2年についてのまとめ】
今回は光浦靖子殿について調査してみた!
この御方は2021年、50の齢にてカナダのバンクーバーへ渡られた。
まずは言葉の学び舎に通い、十代の若者たちと机を並べられておる。
できておった者が、できぬ者になる場でござった。
そこで助けを求めることを恥じなくなった、と語っておられる。
その後、二年の学び舎にて料理の道を修められたのじゃ。
言葉は錆びるが、手に覚えさせた技は残るのでござる。
留学の日々は、二冊の書物にもなっておってな。
学びを、そのまま次の働きへ繋げておられるのでござるよ。
吾輩は光浦靖子殿に対して、積み上げたものを一度置ける者が、いちばん強いのでござる、と思ったんだがお主は光浦靖子殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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