巷に騒がれる、石原さとみ殿:15の齢で世に出た後に訪れた、苦しい日々について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1986年12月24日、東京都のお生まれ
- 血液型はA型、星座はやぎ座であられる
- 2002年、ホリプロの選びにて頂点に立たれる
- 2003年、映画『わたしのグランパ』にて15の齢でデビュー
- 同作にてブルーリボン賞新人賞など六つの賞を受けられる
- 2003年、NHK連続テレビ小説『てるてる家族』に出演
- 2016年、日本テレビ『校閲ガール・河野悦子』に主演
- 2018年、TBS『アンナチュラル』に主演される
- 2020年10月1日、結婚を発表される
- 2022年1月10日、第1子の懐妊を発表される
- 2024年、映画『ミッシング』にて産後の復帰作に臨まれる
- 2024年12月16日、第49回報知映画賞にて主演女優賞を受賞
【15の齢で世に出て、16で賞を受けられた】
「石原さとみ殿のデビュー」——これを調べに来られた御方へ。
この御方が世に出られたのは、2002年のことでござる。
事務所の大きなオーディションにて頂点に立たれ、翌2003年、映画『わたしのグランパ』にてデビューされた。
……その齢、15でござる。
そして、ここからが凄まじい。
その最初の作で、この御方は新人賞を六つも受けておられるのじゃ。
ブルーリボン賞の新人賞、日本アカデミー賞の新人俳優賞……。……初めての作で、でござるぞ。
ご本人も、後にこう語っておられる。
「私は15歳で映画でデビューして、16歳で人生で初めて賞をいただいたのがこの報知映画賞新人賞です」
……16歳ででござる。
同じ2003年には、朝の連続テレビ小説にも出ておられる。
……どこからどう見ても、順風でござろう。
だが、そうはいかなんだのでござる。
この道は、始まりが良すぎると後が苦しいもの。
……そして、この御方にもその時が来た。
2019年7月6日、TBS系の番組でのことじゃ。
この御方は、それまであまり語られなんだ日々を明かされた。
……5年続いておった声の番組が終わり、
……いくつも持っておられた紙の連載も、すべて終わった。
……お主、これがどういうことか分かるか。
毎週決まって在るはずの居場所が、いっぺんに無くなったのでござる。
そして、その時に思われたことが、これじゃ。
「必要とされてない、価値がない」
……価値がないでござる。
15で世に出て賞を六つ受けた御方が、でござるよ。
【「必要とされてない、価値がない」】
……ここで、少し立ち止まって考えてみようぞ。
なぜ、この御方はそこまで思い詰められたのか。
吾輩は、始まりの良さにあると見る。
15で世に出て、16で賞。……この御方は、求められることから始まったのでござる。
選ばれ、褒められ、任される。それが当たり前であられた。
……ならば、それが無くなった時に何が起きるか。
己の値打ちごと、無くなったように思えてしまうのじゃ。
仕事が減ったのではない。……必要とされていないと、そう受け取ってしまわれた。
これは、若くして世に出た者の落とし穴でござるな。
では、この御方は何に救われたのか。
……ここが、この稿で一番語りたいところでござる。
一つは、一軒の店でござった。
この御方は、その店についてこう語っておられる。
「辛いことも楽しいことも全部このお店が知ってくれている」
……お店が知ってくれている。
面白い言い方でござろう。人ではなく、店じゃ。
そして、こう続けられる。
「ママに会いたくて行ってました」
……会いたくてでござる。
食べに行くのでもなく、飲みに行くのでもない。
そして、この一言でござる。
「心の支えでした」
……心の支え。
お主、ここに気づかれたか。
この御方を支えたのは、大きな仕事でも、名高い賞でもござらぬ。
名も知られておらぬ一軒の店と、そこにおる一人の御方でござった。
……値打ちが無いと思うた時に人を戻すのは、こういう場所なのでござるな。
考えてみられよ。
褒めてくれる者は、うまくいっておる時にこそ寄ってくるものでござる。
……だが、仕事が無くなった御方に会いたいと思わせる場所は、そう多くはござらぬ。
その店は、この御方が売れておっても、売れておらなんでも同じように迎えてくれたのでござろう。
……辛いことも楽しいことも全部、という言葉がそれを表しておる。
良い時だけを知る者ではないのじゃ。両方を知っておられる。
……だからこそ、心の支えになり得たのでござるな。
【未来予想図-支えてくれた御方々がおられた】
さて、支えはもう一つござった。
この御方は、ある音の道の御方から励まされたのだという。
……その店を教えてくださった御方でもあられる。
そして、その折のことをこう語っておられる。
「(挫折を)乗り越えられたおかげの曲」
……おかげの曲でござる。
一つの歌が、この御方を引き上げたのじゃな。
……人はこうして、誰かの作ったもので立ち直るものでござる。
そしてこの御方は、その恩を今も口にしておられる。
……20年近くを経て、番組で語られたのでござるぞ。
受けた恩を覚えておる御方は、強いと吾輩は思うておる。
苦しかった日々を無かったことにせず、支えてくれた御方の名を挙げられる。……なかなかできることではござらぬ。
そして、それから長い年月が流れた。
この御方は2016年に『校閲ガール・河野悦子』、2018年には『アンナチュラル』に主演され、……いずれも大きな話題を呼んだ作でござる。
2020年には結婚を発表され、2022年には第1子の懐妊も報せられた。
そして2024年、産後の復帰作となる映画『ミッシング』に臨まれる。
娘を失う母という、重い役どころでござった。
……「精神が壊れるギリギリだった」と後に語られるほどの現場でな。
そして2024年12月16日でござる。
この御方は、『ミッシング』で主演女優賞を受けられた。
しかも、それが……16の齢で新人賞を受けたのと同じ賞じゃ。
ご本人も、そこを取り上げておられる。
「あれから21年が経ち、芸能人生で初めて映画で主演女優賞をいただきました」
……21年でござるぞ。
16で新人と呼ばれ、その後に「必要とされてない、価値がない」と沈み、……そして37で、同じ場所に主演として立たれた。
価値が無いと思うた御方が、21年かけて自分で証してみせられたのでござる。
……もし今、己に値打ちが無いと思うておられる御方がおられるなら。
……この21年を、少しばかり思い出してみられるとよい。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【デビュー後の挫折!?価値がないとについてのまとめ】
今回は石原さとみ殿について調査してみた!
2002年に事務所の選びで頂点に立たれ、翌2003年、15の齢で映画『わたしのグランパ』にてデビュー。新人賞を六つ受けられた。
だがその後、5年続いた声の番組も、いくつもの紙の連載も、いっぺんに終わった時期が来る。
その折の心持ちを「必要とされてない、価値がない」と明かしておられる。
支えとなったのは一軒の店であった。「辛いことも楽しいことも全部このお店が知ってくれている」「心の支えでした」と語られる。
――そして2024年12月16日、16の齢で新人賞を受けたのと同じ賞にて主演女優賞を受けられた。21年ぶりでござる。
吾輩は石原さとみ殿に対して、価値が無いと思うた御方が、21年かけて自分で証された、と思ったんだがお主は石原さとみ殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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