巷に騒がれる、中村獅童殿:落選が続いた末に賞を五つ得られた話と、初音ミクと共演された話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1972年9月14日、歌舞伎の名門・小川家のお生まれ
- 本名は小川幹弘と申される
- 父君は、獅童殿が生まれる前に役者を廃されておった
- 六つの齢より、自ら望んで日本舞踊と長唄を始められる
- 1981年6月、八つの齢で歌舞伎座にて初舞台を踏まれる
- この折、二代目中村獅童を名乗られる
- 中学の頃から役が付かなくなり、楽団を組んで過ごされた
- 1990年、日本大学藝術学部の演劇学科に入られるも中退
- 1998年、名題適任証を取得される
- 2002年、映画『ピンポン』で新人賞を五つ受けられる
- 2015年6月、新作歌舞伎『あらしのよるに』を初演される
- 2016年4月、初音ミクと共に「超歌舞伎」を上演される
【師匠も付き人もおらぬ初舞台】

巷で中村獅童殿と申せば、歌舞伎にも画面にも出られる御仁として知られておろう。
1972年9月14日、歌舞伎の名門・小川家のお生まれ。
だがこの御仁の道は、
――順風などではござらなんだ。
父君は、この御仁が生まれる前に
――既に役者を廃しておられた。
つまり家に、稽古の場が無かったのでござる。
――名門に生まれながら、後ろ盾が無かったのじゃ。
それでもこの御仁は、
親戚や従兄の舞台を観に行くうちに、
――見たこともない別世界に、心を奪われた。
そして――自ら祖母君に頼み込まれたのでござる。
六つの齢で、日本舞踊と長唄を始められた。
お主、六つでござるぞ。
――己から、頼み込まれたのじゃ。
そして1981年6月、歌舞伎座での初舞台。
八つの齢で、二代目中村獅童を名乗られた。
この「獅童」という名は、
――祖父君の俳号に由来するものだという。
だが、その初舞台がまた厳しい。
師匠は、おらぬ。
付き人も、おらぬ。
――楽屋の支度は、全て母君が付き添われたという。
お主、これは寂しい話ではないか。
他の御仁には、師も付き人もおる。
だがこの御仁には、母君しかおらなんだ。
――そこから始まったのでござる。
お主、名門に生まれるということについて
少し考えてみようではないか。
良いことばかりと思うておらぬか。
――そうとは限らぬのでござる。
確かに、家の名はある。
だがこの御仁の場合、
父君が既に役者を廃しておられた。
――つまり、教えてくれる者が家におらぬ。
そして名門であるがゆえに、
――比べられる。
従兄も、伯父も、皆その道の者でござる。
――逃げ場が、無いのじゃ。
しかも初舞台に師匠がおらぬ。
付き人もおらぬ。
――八つの子が、母君と二人でござる。
他の子には、大人が幾人も付いておったであろう。
その中で、たった二人。
――さぞ、心細かったであろうな。
だがこの御仁は、そこで舞台に立たれた。
そして名跡「獅童」を、二代目として継がれた。
この名は、祖父君の俳号から来ておるという。
――家の歴が、名に込められておるのでござる。
【落選続きから五冠へ】

そして子役の齢を過ぎた頃、
――役が、付かなくなった。
中学の頃の話でござる。
お主、想像してみられよ。
幼き頃は舞台に立てておった。
だが大きくなるにつれ、声が掛からなくなる。
――これほど堪えることもあるまい。
そしてこの御仁は、楽器の道へ傾かれた。
楽団を組んで、過ごされたという。
――歌舞伎から、離れていかれたのじゃ。
そして高校を出られ、日本大学の藝術学部へ。
演劇の学科でござる。
だが家の者は、役者を続けることに反対しておった。
――それでも、この御仁は諦めなかった。
そして面白いことが起こる。
歌舞伎から離れれば離れるほど、
――逆に、歌舞伎への憧れが強まっていかれた。
お主、これは分かる気がせぬか。
近くにあるうちは、有り難みが分からぬ。
――離れて初めて、値打ちが見えるのでござる。
そして大学を中退される。
二十代の半ばからは、歌舞伎と並んで
外の舞台の選考も受け始められた。
――だが、落選が続いたという。
名門の生まれでござるぞ。
それでも、落とされ続けられた。
――さぞ、悔しかったであろう。
だが2002年、ついに転機が訪れる。
映画『ピンポン』で、準主役を射止められたのじゃ。
そしてこの役で――新人賞を、五つも受けられた。
お主、五つでござるぞ。
――落選続きの果ての、五冠でござる。
さて、役が付かなくなった頃の話でござる。
吾輩、この時期がこの御仁を作ったと見ておる。
中学の頃から、声が掛からなくなった。
――必要とされておらぬ、ということじゃ。
これほど心を折るものもあるまい。
そして楽団の道へ傾かれた。
――逃げ場を、求められたのでござろう。
お主、これを弱いと言うてはならぬぞ。
――誰にでも、逃げ場は要るのでござる。
そして大学へ進まれるが、中退される。
家の者は、役者を続けることに反対しておった。
――四面楚歌でござるな。
そこから二十代の半ば、
外の舞台の選考を受け始められる。
だが――落ちる、落ちる、また落ちる。
お主、想像してみられよ。
歌舞伎の名門に生まれた男が、
――見ず知らずの選考で落とされ続けるのじゃ。
屈辱であったろう。
だがこの御仁は、通い続けられた。
そして2002年、ついに射止められる。
映画『ピンポン』の準主役でござる。
――そしてこの一作で、賞を五つ。
映画の賞、映画祭の賞、批評家の賞。
――どこへ出しても新人の頂であった。
落選続きの果てに、五冠でござる。
――これほど痛快な話があろうか。
お主も、いま落とされ続けておるならば
――この御仁の二十代を思い出されよ。
【未来予想図-初音ミクと共演】

さて、この御仁の凄いところは
――ここからでござる。
画面の仕事で名が売れた。
普通ならば、そちらに軸足を移す。
――そのほうが、実入りも良かろう。
だがこの御仁は、
――歌舞伎を、より深く掘っていかれた。
しかも、ただ古きを守るのではない。
「歌舞伎を見たことのない者に、歌舞伎を知って欲しい」。
――その思いで、新しい試みを重ねておられる。
2015年6月、京都の南座での話じゃ。
絵本を元にした新作歌舞伎を初演された。
獣だけが出てくる芝居でござる。
――歌舞伎の本公演としては、初めてのことであった。
しかも四つ以上の子どもが入れる公演にされた。
――親子で楽しめる歌舞伎でござる。
そして中身は、古典の手法のみで作られておる。
――見た目は新しく、中身は本物なのじゃ。
そして2016年4月、さらに驚くことをされた。
――初音ミク殿と、共に舞台に立たれたのでござる。
お主、歌舞伎役者と幻の歌姫でござるぞ。
そしてこの「超歌舞伎」、
――発案したのは、この御仁ご自身だという。
しかも中身がまた良い。
下座の音も、義太夫の語りも、
衣装も立廻りの型も、
――全て古典から来ておるのでござる。
歌舞伎を知る者が観れば、
――どの演目から取ったか分かるようになっておるという。
――これぞ、本物の遊び心じゃ。
そしてこの試み、毎年続いておる。
国の外へも配信され、
――十を超える国で観られたこともあるという。
最後に、吾輩の思うところを述べさせてもらおう。
この御仁が新しい歌舞伎を作られるのは、
――偶然ではないと吾輩は見ておる。
師匠がおらなんだ。
後ろ盾もなかった。
役が付かぬ時期もあった。
――つまり、常に外におられたのでござる。
内におる者は、外の目が分からぬ。
だがこの御仁は、外を知っておられる。
――だから、外の者に届くものが作れるのじゃ。
初音ミク殿との共演も、
幻の歌姫と組むなど、
――普通の役者ならば思いつくまい。
だがこの御仁は、それを発案された。
そして中身は、徹底して古典でござる。
――ここが、肝でござるぞ。
ただ目新しいだけならば、すぐ飽きられる。
だが中身が本物ならば、残る。
――新しい皮に、古い酒を入れておられるのじゃ。
そして日本文化を次の世代へ継ぐ取り組みも
始めておられるという。
――守るだけでなく、渡そうとしておられる。
この先この御仁がどこへ進まれるか、吾輩には分からぬ。
だが師匠なき初舞台から、ここまで来られた。
――行く末が、楽しみでならぬ。
お主も、この御仁の舞台を一度観てみられよ。
そして一つ、申し添えておこう。
この御仁は、歌舞伎の舞台だけの御仁ではござらぬ。
画面の劇にも、映画にも数多く出ておられる。
そして声の仕事もこなされる。
――実に、手広い御仁でござる。
しかも演じられるのは、悪役や強面が多い。
だがその役に、
――見た目に似合わぬ情を持たせられる。
――ここが、この御仁の芸でござる。
背は一七七と、歌舞伎の役者としては大きい。
武張った風情の立役でござる。
――舞台に立てば、目を引くはずじゃ。
そして学びの場でも教えておられるという。
――伝える側にも、回っておられるのじゃ。
吾輩、この御仁を大いに買っておるぞ。
お主も、次に歌舞伎の演目を眺めるときは
――この御仁の名を探してみられよ。
――そして、超歌舞伎のほうもな。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。
楽天の番付で一位を取ったものがこれでござる。まずは見てみられよ。
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【落選続きから五冠!?初音ミクと共演についてのまとめ】
今回は中村獅童殿について調査してみた!
吾輩は中村獅童殿に対して、師匠も付き人もおらぬ初舞台から始まり、落選続きを越えて、いまや新しい歌舞伎を作っておられると思ったんだがお主は中村獅童殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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