巷に騒がれる、間宮祥太朗殿:育ててもらわねば今ここにいないと述べておられる。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1993年6月11日のお生まれ
- 神奈川県横浜市の出であられる
- 幼き頃、祖父上に連れられて世界各地を巡られた
- 2019年6月21日、『アナザースカイII』にて南アフリカを訪ねられる
- 2024年4月24日、雑誌『with』の取材にて死生観を語られる
【間宮祥太朗を世界へ連れ出したのは祖父上であった】
「間宮祥太朗殿の実家は金持ちではないか」と申す声が、よう検索されておる。
――吾輩も、その出どころを探した。
だが身代について、本人も事務所も何も述べておられぬ。
――ゆえに、そこは書かぬ。
その代わりに、辿れたものがござる。
幼き日に、この御方を世界へ連れ出した人がおるのじゃ。
祖父上でござる。
2019年6月21日、日本テレビ系『アナザースカイII』にてな。
この御方が語られたのは、その祖父上との旅の話であった。
幼い頃、祖父上に連れられて世界各地への旅行を繰り返しておられたという。
――一度や二度ではない。繰り返し、でござる。
そして、その旅には終着点が定めてあった。
――アフリカでござる。
祖父上と二人で、そこで締めくくる約束であったのじゃ。
ところが、その約束は果たされなんだ。
祖父上が高齢となり、体力に不安を覚えられたゆえでござる。
――アフリカ行きは、断念された。
お主、ここで思うことがござろう。
孫を連れて世界を巡る祖父。
――たしかに、身代を思わせる話ではござる。
だが吾輩が気に掛かったのは、そこではない。
なぜ連れて行ったのか、でござる。
その答えが、番組の中で明かされておった。
祖父上からの言葉として、こう伝えられておる。
「どんな環境でもどうかして成長、チャレンジする人間になってほしい」
――「どんな環境でも」。
この一言に、全部が入っておると吾輩は見た。
遊びに連れ出したのではない。
孫を、そういう人間に育てるために連れ出しておられたのじゃ。
考えてもみられよ。
幼い子を異国へ連れて行くのは、骨が折れる。
言葉も通じぬ、勝手も分からぬ土地でござる。
――土産話をさせるだけなら、近場で足りよう。
それでも繰り返し連れ出された。
一度で終わらせておらぬところに、狙いが出ておる。
そして吾輩が思うのは、断念のほうでござる。
終着点と定めた地へ、二人では行けなんだ。
――ここまで連れ回してきて、最後の一つが残る。
祖父上にしてみれば、心残りであったろう。
だが体は言うことを聞かぬ。
――旅とは、そういうものでもござる。
【果たされなんだ約束を、独りで果たされた】
さて、話はここで終わらぬ。
果たされなんだアフリカ行きを、この御方が独りで果たされる。
2019年、番組のロケで南アフリカに降り立たれた。
サファリでは獅子や水牛、象の群れを間近で見ておられる。
口を血に染めた雄の獅子が、縞馬の亡骸の傍に佇む場に出くわし、
――「めっちゃ緊張感ある」とつぶやかれたという。
そして、こう語られた。
「祖父と一緒に終着点に来られなかったから、存命のうちにその姿を見せられて本当によかった」
――「存命のうちに」でござる。
この言い方に、吾輩は唸った。
間に合った、と言うておられるのじゃ。
そして番組の締めに、こう述べられた。
「祖父に育ててもらってなかったら、今ここにいない」
――「育ててもらって」。
連れて行ってもらった、ではない。
育ててもらった、でござる。
お主、ここが肝要でござってな。
旅は遊興ではなく、育てる手立てであった。
――そう本人が受け取っておられるということじゃ。
巷では実家の身代が取り沙汰されておるが、
この御方が語るのは金子の話ではござらぬ。
誰に、どう育てられたかの話でござる。
そして2024年4月24日、雑誌『with』の取材にてはこう述べておられる。
「いつ何があって自分の人生の幕が下りるかわからない」
だからこそ、と続けられる。
「生きている時間をなるべく楽しくしたい」
――アフリカに間に合わなんだ約束を持っておる御方の言葉じゃ。
この二つの言葉は、離れた年に別の媒体で出たものでござる。
2019年の番組と、2024年の雑誌じゃ。
――五年を隔てて、同じ向きを向いておられる。
取り繕った答えであれば、こうは揃わぬ。
そしてもう一つ、書いておきたいことがござる。
――この御方は、祖父上を過去の人として語っておらぬ。
「存命のうちに」と述べておられるのじゃ。
旅の写しを持ち帰り、見せる相手がまだそこにおられる。
――だから急がれたのでござろう。
番組の申し出を受けた時、行き先を南アフリカにされたのは
偶然ではあるまい。
【未来予想図-終わりを知っておる者の速さ】
巷の問いに、答えを出しておこう。
――実家が裕福であったかどうかは、辿れなんだ。
祖父上の生業も語られておらぬゆえ、推し量って書くことはせぬ。
だが、辿れたものはあった。
幼い孫を繰り返し世界へ連れ出した祖父上がおられる。
そしてその狙いは「どんな環境でも成長、チャレンジする人間に」であった。
――これは、金子では買えぬ類のものでござる。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の身の処し方は、終わりを知っておる者のそれとみる。
――祖父上との約束が、果たされぬまま終わりかけたゆえじゃ。
間に合うかもしれぬし、間に合わぬかもしれぬ。
それを一度、身をもって知っておられる。
だから「いつ幕が下りるか分からぬ」と述べ、
だから「なるべく楽しく」と続けられる。
――これは、頭で考えた作法ではござらぬ。
そして役の幅が広いのも、同じ根から来ておると吾輩は見る。
怖い役も、可笑しい役も、迷わず取りに行かれる。
――選り好みしておる暇が無いのでござろう。
そして、これから先も同じであろうと吾輩は見る。
場が変われば作法も変わるが、この御方の速さは変わるまい。
――根が祖父上との旅に在るゆえでござる。
祖父上が孫に望んだ「チャレンジする人間」は、そのまま形になっておる。
終わりが来ると知っておる者は速い。間に合わなんだ約束を一つ持っておるゆえ
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は金持ち!?世界へ連れ出したのは祖父についてのまとめ】
今回は間宮祥太朗殿について調査してみた!
一つ。間宮祥太朗殿は幼き頃、祖父上に連れられて世界各地への旅行を繰り返しておられた。
二つ。その旅はアフリカで締めくくられる予定であったが、祖父上の高齢により断念された。
三つ。祖父上の狙いは「どんな環境でもどうかして成長、チャレンジする人間になってほしい」であったという。
四つ。2019年に南アフリカへ立ち「存命のうちにその姿を見せられて本当によかった」と語られた。
五つ。「祖父に育ててもらってなかったら、今ここにいない」――身代の話は、どこにも出てこぬ。
吾輩は間宮祥太朗殿に対して、終わりを知っておられる御方、と思ったんだがお主は間宮祥太朗殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
WEBザテレビジョン(間宮祥太朗が語る祖父との絆「祖父に育ててもらってなかったら、今ここにいない」・2019年6月22日/日本テレビ系『アナザースカイII』2019年6月21日放送)
モデルプレス(間宮祥太朗、幼少期“九死に一生を得たエピソード”明かす
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