巷に騒がれる、重岡大毅殿:力強く走り抜いたおとんを自慢に思うと述べておられる。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1992年8月26日のお生まれ
- 兵庫県川西市の出であられる
- 13の齢で事務所へ書付を送られる
- 2014年、ジャニーズWESTとして世に出られる
- 2021年3月、父上へ贈る曲「サラリーマンの父さん」を作られる
- 2021年6月20日、熊本での催しに父上を招かれる
- 2021年11月19日、『RIDE ON TIME』にてその顛末が放たれる
- 2026年8月9日、結婚と第1子の誕生を報せられる
【重岡大毅の父上は、サラリーマンであられた】
「重岡大毅殿の実家は金持ちではないか」と申す声が、よう検索されておる。
――この問いには、答えが出ておる。
本人が、父上の生業を語っておられるのじゃ。
2021年11月19日、フジテレビ系『連続ドキュメンタリー RIDE ON TIME』にてな。
この年の3月、重岡大毅殿は久方ぶりの催しの下稽古に入っておられた。
そこで取り掛かっておられたのが、一つの歌でござる。
「サラリーマンの父さん」と申す曲じゃ。
――詞も節も、ご自身で書かれた。
そして、それをギター一本で弾き語ることに挑まれた。
なぜその歌を作られたのか。
――父上が、定年を迎えられたゆえでござる。
お主、ここで分かることがござろう。
父上は、勤めを全うされた勤め人であられた。
屋敷や家業の話ではござらぬ。
定年まで走り抜いた、一人の勤め人でござる。
では、どのような父上か。
本人がこう語っておられる。
「そもそもこっち(芸能)の仕事には興味なくて。ザ・仕事人間みたいな感じなんで。けんかなんかしないですね、怖くておとんには逆らえへん」
――「怖くておとんには逆らえへん」。
二十代も終わりに差し掛かった息子が、そう言われるのじゃ。
そして「こっちの仕事には興味なくて」でござる。
息子が舞台に立とうが、父上は仕事一筋であられた。
――子の名を看板にする類の親ではない。
この一言が、吾輩には効いた。
そして続けて、こう述べられる。
「自分28歳なんですけど、親孝行って簡単にやれそうで難しいなって。だからやりたかったんですよね」
――「簡単にやれそうで難しい」。
これは、身に覚えのある御方も多かろう。
親に何かしてやりたいと思うても、何をすればよいか分からぬ。
――物を贈れば済む話でもござらぬ。
この御方が選んだのは、歌を作ることであった。
己の得手で返す、ということでござろう。
そして歌うには、聴いてもらわねばならぬ。
――そこから先が、また一苦労でござった。
【父の日の熊本、手紙を読み上げられた】
さて、話はここからでござる。
重岡大毅殿は、成長した姿を見せるため父上を大阪の催しに招かれた。
――ところが、その催しは流行り病で取り止めとなる。
せっかくの招きが、宙に浮いてしもうた。
だが諦めておられぬ。
同じ年の6月20日、旅回りの最終日となる熊本の催しに、
改めて父上を招かれたのじゃ。
――そしてこの日は、くしくも父の日であった。
舞台の上で、重岡大毅殿は一通の手紙を取り出される。
そして、こう読み上げられた。
「長い長いサラリーマン生活、お疲れ様でした。家族の大黒柱として幸せを守ってくれてありがとう。僕はサラリーマンとして力強く走り抜いたおとんを、自慢に思っています」
――「自慢に思っています」でござる。
お主、ここをよう読まれよ。
自慢しておるのは、身代ではない。
走り抜いたこと、そのものでござる。
そして父上への感謝の曲を、涙をこらえながら歌い上げられた。
舞台裏に下がった直後には「なんとか泣かずにやり切った」と息をつかれたという。
――泣かずに歌うことが、この日の勝負であったのでござろう。
考えてもみられよ。
客席には、その父上が座っておられるのじゃ。
面と向かって「自慢に思っています」と言える者が、どれほどおろうか。
――しかも、大勢の前でござる。
照れくささを押し切って言い切るには、相応の覚悟が要る。
実家が裕福であったかどうかを問う声に、吾輩はこう答えたい。
――そういう話は、どこにも出てこぬ。
出てくるのは、勤めを終えた父上と、それを誇る息子でござる。
巷の読み物には父上の名や職の詳細まで書いたものがあるが、
本人が語っておられるのは「サラリーマン」というところまでじゃ。
――ゆえに、吾輩もそこまでで止めておく。
だが、そこまでで十分でござろう。
「サラリーマンの父さん」という題を、息子が付けたのじゃ。
――隠すつもりであれば、この題は付けられぬ。
誇るつもりであったからこそ、そのまま題にされた。
【未来予想図-守られた側が、守る側に回られた】
この話には、続きがござる。
2026年8月9日でござる。
重岡大毅殿が、結婚と第1子の誕生を報せられた。
――組で初めての父親となられたのじゃ。
伴侶と子については、本人が明かしておられる以上のことは書かぬ。
だが、並べてみられよ。
定年まで走った父上に、息子が歌を贈ったのが2021年。
――その息子が、五年を経て父になられた。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方はこれから、父としての顔を作品に持ち込まれるとみる。
――既に、父親役で連続の主役を務めた経験もお持ちじゃ。
だが演じるのと、なるのとでは違う。
「家族の大黒柱として幸せを守ってくれてありがとう」と書いた御方が、
今度は守る側に回られた。
――あの手紙は、そのまま自分への宿題になっておろう。
そして「親孝行って簡単にやれそうで難しい」と述べた御方でござる。
難しいと知りながら、歌を作って人前で歌い切った。
――同じやり方で、次も向き合われるはずじゃ。
組の中でも、この御方は中心に立つ役目でござる。
人を束ね、場を保つ。
――これも、大黒柱の役でござろう。
父上から受け取ったものが、幾通りにも形を変えて出てまいる。
親を誇れる者は、親になっても迷わぬ。守られた形を、そのまま覚えておるゆえ
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は金持ち!?父へ贈った「サラリーマンの父さん」についてのまとめ】
今回は重岡大毅殿について調査してみた!
一つ。重岡大毅殿は定年を迎えた父上へ贈る曲「サラリーマンの父さん」を自ら作詞作曲された。
二つ。父上について「ザ・仕事人間みたいな感じなんで。けんかなんかしないですね、怖くておとんには逆らえへん」と語られた。
三つ。2021年6月20日の父の日、熊本の催しに父上を招かれた。
四つ。手紙で「僕はサラリーマンとして力強く走り抜いたおとんを、自慢に思っています」と読み上げられた。
五つ。身代の話はどこにも出てこぬ。出てくるのは、勤めを終えた父上と、それを誇る息子でござる。
吾輩は重岡大毅殿に対して、親を誇れる御方、と思ったんだがお主は重岡大毅殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
オリコンニュース(ジャニーズWEST・重岡大毅、涙こらえて歌った父への感謝の曲「おとんを、自慢に思っています」・2021年11月19日/フジテレビ系『連続ドキュメンタリー
オリコンニュース(重岡大毅、結婚&第1子誕生を報告「命の有り難さを胸に」
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