巷に騒がれる、木村佳乃殿:ロンドン生まれで馬術部!?英検準1級の実力について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1976年4月10日:イギリス・ロンドンのキングストン地区にて生誕。
- 1996年:ドラマ『元気をあげる〜救命救急医物語』デビュー。
- 1997年:映画『失楽園』映画デビュー、日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。
- 1998年~2000年:歌手活動。
- 2004年:日韓共同訪問年広報大使就任。
- 2005年:日豪交流年観光大使就任。
- 2007年:ハリウッド作品『DREAM CRUISE』ハリウッドデビュー。
- 2010年10月23日:俳優、歌手の東山紀之と結婚。
- 2015年:『発見!なるほどレストラン 日本のおいしいごはんを作ろう!』バラエティ番組MC。
- 2016年:ドラマ『ぼくのいのち』主演。
- 2018年:ドラマ『あなたには渡さない』主演。
- 2019年:ドラマ『後妻業』主演。
- 2020年:ドラマ『恋する母たち』主演。
- 2023年:ドラマ『我らがパラダイス』主演。
【ロンドンで生まれ海を渡った日々】

木村佳乃殿は昭和51年4月10日、イギリス・ロンドンのキングストン地区の生まれにござる。帰国された後は東京都世田谷区で育たれた。
まず、はっきりさせておかねばならぬことがある。巷ではご実家の土地の広さだの、町の名だの、家族の勤め先だのが並べ立てられておる。
だが手繰ってみても、その手の話に確かな出所は辿れなんだ。家の広さも、町の名も、ご本人が公にしておられるものは何一つ無い。世に残っておるのは、これまでに務めた役の記録の方でござる。
書けるのは、ご本人の歩みだけよ。そしてそれが、この御仁の場合はまことに面白いのでござる。
学び舎は成城学園の初等学校から高等学校へ。平成7年に高校を卒業され、成城大学文芸学部英文学科へ進まれたが、中退しておられる。
特筆すべきは中学の三年間じゃ。父上の仕事の都合により、アメリカ・ニューヨークで過ごされた。
十二から十五という、最も多感な三年である。ロンドンで生まれ、日本で育ち、そしてニューヨークへ。この御仁の視野の広さは、ここで作られたのであろう。
その成果が形になっておるのが、英検準1級という資格じゃ。これは大学の中級から上級に相当する水準である。
趣味の欄にも「英語」と書いておられる。住んだことがあるというだけでなく、帰国した後も磨き続けてこられたということじゃ。
英語の資格というのは、持っておって損のないものじゃ。とりわけ準1級ともなれば、新聞や論説を読み解く力が問われる。会話ができるというだけでは、まず通らぬ。
帰国子女であれば自然に取れる、というものでもない。話す力と、読み書きの力はまるで別物だからじゃ。わざわざ受けて取っておられるところに、この御仁の律儀さが出ておる。
高等学校に在学しておられた時分から、読者モデルとして活動を始められた。そして平成8年、NHKのドラマ『元気をあげる〜救命救急医物語』で世に出られる。
まず、この御仁の育ちについて申しておこう。
生まれは英国ロンドンのキングストンという地。そして中学の三年間は、父上の仕事の都合でアメリカのニューヨークで過ごしておられる。
馬に初めて乗られたのも、そのニューヨークにおられた頃であったという。帰国して高校の馬術部に入られたのは、その延長でござる。
初等の頃から馬術部に憧れておられたというのだから、筋金入りでござるな。大河ドラマに出られた折にも、たびたび馬に乗る場面を見せておられる。
【馬術部で培ったもの】

この御仁を語る上で外せぬのが馬術にござる。成城学園高校では馬術部に所属しておられた。
初等学校の時分から馬術部に憧れておられたが、実際に初めて馬に乗られたのは、アメリカで過ごした中学時代であったという。
憧れを何年も抱き続け、異国の地でようやく叶える。そして帰国してから部に入る。この執念が良い。
馬術というのは、生き物と組む競技である。こちらの気持ちが乱れれば、馬にも伝わる。落ち着きと胆力を、否応なく鍛えられる稽古じゃ。
その腕は仕事でも活きておる。大河ドラマに出られた折には、たびたび乗馬の場面を披露しておられる。本当に乗れる役者というのは、実は少ないのでござるよ。
平成9年には映画『失楽園』で銀幕に出られ、同じ作品で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞された。映画に出た最初の年に、である。
平成10年から12年にかけては歌手としても活動しておられる。演じ、歌い、そして後には司会も務める。手を広げるのが早い御仁じゃ。
平成16年には日韓共同訪問年の広報大使、平成17年からは日豪交流年の観光大使を務められた。語学の力があってこその役目である。
平成19年には、世界のホラー映画の巨匠が競作する連作の一編に主演し、ハリウッドに出演も果たされた。英語で芝居をするというのは、話せるだけでは務まらぬ。
『失楽園』は当時、大きな話題を集めた作品であった。その中で新人賞を取るというのは、作品の話題に埋もれずに芝居が見られていた証拠じゃ。
平成8年にドラマで世に出て、翌年には映画賞。二十歳そこそこで、この速さである。
面白い逸話も一つ。声が大きいことで知られ、大分県の大声選手権で優勝した経験をお持ちだという。英検準1級と大声選手権が並ぶあたりが、この御仁の愛される所以であろう。
【未来予想図-存在感を放ち続ける】

平成27年4月からは、初めて賑やかな番組の司会も務められた。演じる側から、場を回す側へ。また一つ手を広げられたわけじゃ。
とりわけ『世界の果てまでイッテQ!』には年に一度は出ておられ、その体当たりぶりが好評を得ておる。女優でありながら泥まみれになる姿は、まことに好感が持てる。
令和4年に行われた調査では、所属する事務所の「好きな俳優・女優ベスト5」で1位を獲得しておられる。350人が投票に加わった結果である。
同じ事務所の面々からも、世間からも慕われておるということじゃ。長く第一線におる者にしか得られぬ評である。
大使という役目を二度も任されておるのも見逃せぬ。国と国の間に立って言葉を交わす仕事である。誰にでも回ってくるものではない。
趣味は乗馬、英語、水泳、そして映画の鑑賞。どれも一朝一夕には身につかぬものばかりが並んでおる。
ロンドンで生まれ、ニューヨークで三年を過ごし、馬に乗り、英検準1級を取り、ハリウッドの作品にも出る。この歩みを「恵まれた環境のおかげ」で片づけるのは、いささか乱暴であろう。
環境が人を作るのは確かじゃ。だが、与えられた環境をどう使うかは本人次第である。憧れた馬術を、異国の地でわざわざ始めたような御仁なのだから。
考えてみれば、この御仁は節目ごとに新しい場へ出ておられる。読者モデルから女優へ、女優から歌手へ、そして司会へ。海の向こうの作品にも出て、体を張る番組にも出る。
普通は、一つ当たれば、そこに腰を据えたくなるものじゃ。それを次々と新しい場へ移っていかれる。これは相当の度胸が要ることである。
吾輩は、この御仁の「面白がる力」を買っておる。初等学校から憧れ続けた馬術も、その一つよ。好きなものに、まっすぐ手を伸ばす。この単純なことを、五十を過ぎてなお続けておられるのが凄いのじゃ。
馬に乗るのも、体を張るのも、大声を出すのも、みな同じ根から来ておる。嘘か誠かの判断は自己責任にて!
意外な特技もお持ちでのう。
声が大きいのじゃ。それも並ではない。大分県で開かれた大声の選手権にて、優勝された経験がおありだという。
英語ができて、馬に乗れて、そのうえ大声で日本一。この取り合わせの妙が、この御仁の面白さでござる。
2022年に行われた事務所の中の人気の順位では、350人の投票で一位を得ておられる。長く続けてこられた信の厚さが表れておるのう。
1997年には映画で初めて世に出て、その年のうちに日本アカデミー賞の新人俳優賞を受けておられる。1998年から2000年にかけては歌い手としても活動しておられた。
そして2007年には、世界の名匠が競作する連作の一本で主演を務め、海の外の作にも名を連ねられた。英語ができる強みが、そのまま仕事に化けたということでござるな。
【ロンドン生まれで馬術部!?英検準1級の実力についてのまとめ】
今回は木村佳乃殿について調査してみた!
吾輩は木村佳乃殿に対して、華麗なる一族で磨かれた感性で世を魅了する姫、と思ったんだがお主は木村佳乃殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
関連記事
