巷に騒がれる、三笘薫殿:上の組へ上がらず学び舎を選ばれた、その判断についてについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1997年5月20日のお生まれ、大分県日田市の出
- 幼き頃より神奈川県川崎市にて育たれておる
- 2006年より、川崎の一座の下の組にて蹴鞠を学ばれる
- 上の組へは上がらず、2016年に筑波の学び舎へ進まれた
- 学びの傍ら、特別に指を差された者として一座に加わっておる
- 学びの締めくくりの書は、一対一の場面についての調べであった
- 2020年、川崎の一座に正式に加わられる
- 同じ年、J1にて13点12の助けを記し、最良の十一人に選ばれた
- 2021年11月16日、日本の代表として初めて場に立たれる
- 2021年8月、英国のブライトンへ移られておる
- 移った直後は、白耳義の一座へ期限を切って貸し出されておった
- 2022年の夏に戻られ、以後は英国の一部にて戦い続けておられる
【上の組へ、上がらなんだ】
吾輩が今宵語るは、三笘薫殿の選びでござる。
――英国の一部にて、長く戦い続けておられる御方じゃ。
だが今宵の話は、いまの活躍のことではござらぬ。
――この御方が、どうやってそこへ辿り着かれたかという話でござる。
この御方は、幼き頃より川崎の一座の下の組で蹴鞠を学ばれておってな。
――2006年から、実に十年にわたって同じ一座におられたのじゃ。
常ならば、そのまま上の組へ上がる道でござろう。
――だがこの御方は、上がらなんだのでござるよ。
2016年、筑波の学び舎へ進まれたのでござる。
――お主、これがどれほど思い切った選びか分かるかな。
蹴鞠の道では、早う世に出た者が勝つと言われておってな。
――十八で場に立つ者と、二十二で立つ者では四年の差がござる。
その四年は、取り返せぬと言う者が多いのでござるよ。
――実際、そう言われて焦る若者は数え切れぬのでござってな。
しかもこの御方は、上がれなんだのではござらぬ。
――上がらぬ道を、己で選ばれたのでござるよ。
ここが、この話のいちばん面白い所でござってな。
――差し出された道を、断られたのでござるからな。
そして学びの傍ら、特別に指を差された者として一座にも加わっておられる。
――2017年、2018年、2019年と三度にわたってでござるよ。
つまり、学びながら真の場も踏んでおられたのじゃ。
――離れたのではのうて、両方を持っておられたのでござる。
この形が、後に効いてくるのでござってな。
――学びだけでも、場だけでもなかったのでござるよ。
そして2020年、川崎の一座に正式に加わられる。
――その年のうちに13点と12の助けを記されたのじゃ。
初めの年で、最良の十一人に選ばれておられる。
――四年の遅れなど、一年で埋めてしもうたのでござるよ。
翌2021年の8月には、もう英国へ渡っておられる。
――正式に加わってから、僅か二年足らずでござった。
【学び舎で、何を積まれたのか】
さて、ここで考えてみようぞ。
――学び舎の四年で、何を積まれたのでござろうか。
ただ蹴鞠をしておっただけならば、四年は遅れでござる。
――だがこの御方は、蹴鞠を調べておられたのでござるよ。
学びの締めくくりの書は、一対一の場面についての調べであった。
――攻める側が、何をどう受け取っておるかという話でござる。
つまり守る者と向き合うたとき、何が起きておるのかを解こうとされたのじゃ。
――己の得手を、己で分解しにかかられたのでござるよ。
お主、これがどれほど珍しいことか分かるかな。
――できる者は、たいてい調べぬのでござる。
できてしまうゆえ、何ゆえできるのかを問わぬのでござってな。
――そして調子が落ちたとき、直し方が分からず沈むのでござるよ。
だがこの御方は、できておる時に問われたのじゃ。
――これは、なかなかできることではござらぬ。
そして四年のうちに、もう一つ積まれたものがござってな。
――それは、体でござる。
十代のうちに大人の中へ放り込まれると、体が持たぬことがあるのでござる。
――怪我をして、そのまま消える若者が実に多いのでな。
この御方は、体ができるまでの時を持たれたのでござるよ。
――急がなんだことが、体を守ったのでござる。
三つ目に、学び舎では負けても終わらぬのでござってな。
――真の場では、一度の失敗で外されることがござるのじゃ。
だが学び舎ならば、試して、失敗して、また試せるのでござるよ。
――この繰り返しこそが、技を作るのでござる。
つまりこの四年は、遅れではのうて仕込みであったのじゃ。
――急がば回れ、とはよう言うたものでござるな。
そして忘れてはならぬのが、その間も真の場に立っておられたことでござる。
――学びと場を、両方持っておられたのでござるからな。
調べたことを、すぐ試せる場があったのでござるよ。
――この行き来があったゆえ、四年が濃うなったのじゃ。
【未来予想図-この選びが残したもの】
さて、ここからはこの選びが残したものを語ろうぞ。
――お主にも、必ず関わる話でござるゆえな。
まず一つ目。この御方は、道筋が一つではないと示されたのでござる。
――早う出た者だけが勝つ、という話を崩されたのじゃ。
この国では、遅れることを恐れる気風が強うござってな。
――同じ齢の者と比べて、焦る者が実に多いのでござるよ。
だが比べる相手が違えば、答えも違うのでござる。
――この御方は、己の体と己の理解に合わせて時を選ばれたのじゃ。
二つ目。上がれる道を断るには、己を知っておらねばならぬ。
――いま行けば潰れる、と分かっておられたということでござるからな。
差し出されたものを断るのは、受け取るより難しいのでござってな。
――次があるとは、誰も約束してくれぬのでござるからな。
それでも断られた。ここに、この御方の芯がござるのじゃ。
――焦りより、己の見立てを信じられたのでござるよ。
三つ目。この歩みは、後に続く者の道を広げておる。
――学び舎を経ても世界へ行ける、と実例で示されたのでござるからな。
言葉で言うても、人は動かぬのでござってな。
――だが実際に行った者が一人おれば、話は変わるのでござるよ。
そして四つ目に、吾輩がいちばん唸る所を申そうぞ。
――この御方は、遠回りを遠回りで終わらせなんだのじゃ。
四年を、調べる時として使われたのでござる。
――ここが肝要でござってな。
同じ四年でも、ただ待つのと、解きにかかるのとでは別物でござる。
――待った四年は遅れじゃが、解いた四年は蓄えでござるよ。
お主にも、遠回りに見える時期があるやも知れ申さぬ。
――問うべきは、その時を何に使うておるかでござる。
止まっておるように見えて、実は仕込んでおるということがござってな。
――そしてそれは、後になってからしか分からぬのでござるよ。
この御方の四年も、当時は遅れに見えたはずでござる。
――いま見れば、あれが土台であったと分かるのじゃ。
【筑波大から英国へ!?異例の道のりについてのまとめ】
今回は三笘薫殿について調査してみた!
この御方は、上の組へ上がる道を己で断られた。
そして2016年、筑波の学び舎へ進まれたのでござる。
学びの傍ら、特別に指を差された者として一座にも加わっておられた。
学びの締めくくりの書は、一対一の場面についての調べであった。
己の得手を、己の手で分解しにかかられたのでござる。
2020年に正式に加わり、その年に最良の十一人へ選ばれた。
翌2021年の8月には、もう英国へ渡っておられる。
四年の遅れは、遅れではのうて仕込みであったのじゃ。
吾輩は三笘薫殿に対して、遠回りに見える道が、いちばん確かな道であった、と思ったんだがお主は三笘薫殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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