巷に騒がれる、唐沢寿明殿:本名と、いまの名が付けられた経緯についてについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1963年6月3日のお生まれ、東京都台東区の出
- 本名は潔と申される
- 16の齢にて、映しの会社の技の組に最年少で入られた
- 学び舎は二年で退かれておる
- 初めは名の出ぬ役や、面をかぶる役を務めておられた
- その後、会社を離れることとなり、舞台と日雇いの日々を過ごされる
- 1987年、舞台の選びを経て新たな事務所に入られた
- いまの名は、その事務所の勧めで付けられたものでござる
- 1988年、朝の連なる作にて世に知られ始められる
- 1992年、愛を題した作にて広く名が通るようになられた
- 同じ1992年、日本の映しの賞にて新人の賞を得ておられる
- 2002年、大河の作にて主役を務められた
【本名は、潔と申される】
吾輩が今宵語るは、唐沢寿明殿の名でござる。
――実はこの名、生まれた時の名ではないのでござるよ。
本名は、潔と申される。
――唐沢潔。実に清々しい名でござろう。
潔いという字を、そのまま名にされたのでござってな。
――親御の願いが、よう見える名でござるよ。
ではいまの名は、どこから来たのかと申せば、でござる。
――事務所の勧めで付けられたものでござってな。
1987年、舞台の選びを経て新たな事務所に入られた際のことでござる。
――その折に、名を改められたのでござるよ。
お主、この時この御方は二十四でござった。
――そしてそこに至るまでが、長かったのでござってな。
この御方は16の齢にて、映しの会社の技の組に入っておられる。
――しかも、その組の最年少でござった。
学び舎は二年で退かれ、その道に入られたのでござってな。
――十六で、進む道を決められたのでござるよ。
だが、そこからが厳しかったのでござる。
――初めは名の出ぬ役や、面をかぶる役ばかりでござった。
顔が映らぬ役、と申せば分かりやすうござろうか。
――誰が演じておるか、見る者には分からぬのでござるよ。
そしてその後、会社を離れることとなられたのでござる。
――お主、これは相当に堪えたはずでござる。
十六から積んできた場を、失われたのでござるからな。
――そこからは、舞台と日雇いの日々でござった。
歌の道へ誘われたこともあったが、断られたという。
――演じる道を、諦めておられなんだのでござるよ。
そして1987年、二十四の齢でようやく新たな場を得られた。
――その時に、名を改められたのでござる。
【名を改めた、その時】
さて、ここで少し考えてみようぞ。
――名を改めるとは、どういうことでござろうか。
軽い話に聞こえるやも知れ申さぬ。
――だが吾輩は、そうは思わぬのでござるよ。
名は、生まれた時に親御から授かるものでござってな。
――己で選んだものでは、ないのでござる。
その名を手放すというのは、なかなかのことでござってな。
――しかもこの御方の場合、二十四でござった。
二十四年、その名で呼ばれてこられたのでござるよ。
――それを、変えられたのじゃ。
しかも、己の思いつきではのうて人の勧めでござってな。
――ここが、また面白い所でござる。
己で選んだ名ならば、思い入れもござろう。
――だが人に付けられた名を、受け入れられたのでござるよ。
吾輩は、ここにこの御方の構えが出ておると思うのじゃ。
――拘りを、捨てられる御方なのでござる。
考えてみれば、この御方の歩みは捨てることの連なりでござってな。
――十六で学び舎を捨て、技の組に入られた。
会社を離れることとなり、積んだ場も失われた。
――歌の道への誘いも、断っておられる。
そして二十四で、名まで捨てられたのでござるよ。
――捨てて、捨てて、進んでこられたのでござる。
だが捨てなんだものが、一つだけござってな。
――演じるという道でござるよ。
そこだけは、どれほど厳しゅうても手放されなんだのじゃ。
――お主、ここが肝要でござる。
何を捨て、何を残すか。
――これを間違えぬ者が、遠くまで行くのでござるよ。
多くの者は、逆をやるのでござってな。
――拘りを残し、道の方を捨ててしまうのでござる。
【未来予想図-名が人を作るということ】
さて、ここからは名が人を作るという話をいたそうぞ。
――これは、吾輩が長く考えてきたことでござってな。
名を改めた翌年、この御方は朝の連なる作に出ておられる。
――1988年のことでござった。
そして名を改めた後、この御方の役は変わってゆかれたのでござる。
――顔の映らぬ役から、顔で見せる役へでござってな。
だが体の使い方は、前の十年で身についておられたのでござるよ。
――土台があった所へ、顔が乗ったのでござる。
ここが、この御方の強さの正体でござってな。
――顔だけで出てきた者とは、根が違うのでござるよ。
そして1992年、愛を題した作にて広く名が通るようになられた。
――同じ年、映しの賞にて新人の賞も得ておられるのじゃ。
名を改めてから、五年でござる。
――十六から数えれば、十三年目のことでござってな。
この十三年を、お主はどう見られるかな。
――長い、と思われるであろう。
だが吾輩は、この十三年があったゆえと見ておるのでござる。
――面をかぶる役をやった者は、体の使い方を知っておるのでござるよ。
顔が映らぬ中で、伝える術を身につけておられたのでござってな。
――これは、顔だけで済ませてきた者には無い技でござる。
そして日雇いの日々もまた、無駄ではなかったのでござるよ。
――市井の暮らしを、身をもって知っておられるのでござるからな。
演じる者にとって、これほど確かな元手はござらぬのじゃ。
――暮らしを知らぬ者は、暮らしを演じられぬのでござるよ。
さて、名の話に戻ろうぞ。
――新しい名を得た者は、新しく振る舞えるのでござってな。
前の名で染みついた癖から、離れられるのでござるよ。
――これが、名を改めることの真の効き目でござろう。
この御方は、名を改めた所から上り始められたのじゃ。
――偶さかかも知れ申さぬ。だが吾輩は、そうは思わぬのでござる。
最後に、お主に申し上げたいことがござる。
――生き詰まったら、何かを一つ捨ててみられよ。
拘りでも、肩書きでも、積んだ場でもよいのでござってな。
――捨てられぬものほど、足を引いておるものでござるよ。
この御方は、名まで捨てられたのでござる。
――そして、そこから世に出られたのじゃ。
【本名は潔!?寿明という名の由来についてのまとめ】
今回は唐沢寿明殿について調査してみた!
この御方の本名は、潔と申される。
いまの名は、1987年に入られた事務所の勧めで付けられたものでござる。
この御方は16の齢にて、映しの会社の技の組に最年少で入られた。
だが初めは名の出ぬ役や、面をかぶる役ばかりでござってな。
その後は会社を離れることとなり、舞台と日雇いの日々を過ごされた。
歌の道への誘いも断り、演じる道だけは手放されなんだのじゃ。
そして二十四の齢で、名まで改められたのでござる。
捨てて、捨てて、道だけを残してこられた御方でござるよ。
吾輩は唐沢寿明殿に対して、名を変えるとは、生き直すことでもござる、と思ったんだがお主は唐沢寿明殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
関連記事

