巷に騒がれる、唐沢寿明殿:本名と、いまの名が付けられた経緯について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1963年6月3日のお生まれ、東京都台東区の出
- 本名は潔と申される
- 16の齢にて、東映アクションクラブに最年少で入られた
- 学び舎は二年で退かれておる
- 初めは名の出ぬ役や、面をかぶる役を務めておられた
- その後、アクションクラブを離れることとなり、舞台やアルバイトの日々を過ごされる
- 二十三の齢、舞台『ボーイズレビュー・ステイゴールド』に出られ、その舞台を手掛けた事務所に預かりの形で入られた
- いまの名は、その事務所の社長が「寿に明るい」と付けたものでござる
- 1988年、連続テレビ小説『純ちゃんの応援歌』にて世に知られ始められる
- 1992年、ドラマ『愛という名のもとに』にて広く名が通るようになられた
- 同じ1992年、第15回日本アカデミー賞の新人俳優賞を得ておられる
- 2002年、大河『利家とまつ』にて主役を務められた
【本名は、潔と申される】
吾輩が今宵語るは、唐沢寿明殿の名でござる。
――実はこの名、生まれた時の名ではないのでござるよ。
本名は、潔と申される。
――唐沢潔。実に清々しい名でござろう。
潔いという字を、そのまま名にされたのでござってな。
――親御の願いが、よう見える名でござるよ。
ではいまの名は、どこから来たのかと申せば、でござる。
――事務所の社長が付けたものでござってな。
二十三で舞台に立ち、その舞台を手掛けた事務所に入られた後のことでござる。
――その折に、名を改められたのでござるよ。
出演した番組の一話目を見ると、出演者の欄に己の名が無い。社長に問えば、「あんた暗いから名前変えたから。寿に明るいって、最高に明るいでしょう?」と返されたという。
――そしてそこに至るまでが、長かったのでござってな。
この御方は16の齢にて、東映アクションクラブに入っておられる。
――しかも、そのグループの最年少でござった。
学び舎は二年で退かれ、その道に入られたのでござってな。
――十六で、進む道を決められたのでござるよ。
だが、そこからが厳しかったのでござる。
――初めは名の出ぬ役や、面をかぶる役ばかりでござった。
顔が映らぬ役、と申せば分かりやすうござろうか。
――誰が演じておるか、見る者には分からぬのでござるよ。
そしてその後、アクションクラブを離れることとなられたのでござる。
――お主、これは相当に堪えたはずでござる。
十六から積んできた場を、失われたのでござるからな。
――そこからは、舞台と日雇いの日々でござった。
歌の道へ誘われたこともあったが、断られたという。
――演じる道を、諦めておられなんだのでござるよ。
そして二十三の齢で、ようやく新たな場を得られた。
【名を改めた、その時】
さて、ここで少し考えてみようぞ。
――名を改めるとは、どういうことでござろうか。
軽い話に聞こえるやも知れ申さぬ。
――だが吾輩は、そうは思わぬのでござるよ。
名は、生まれた時に親御から授かるものでござってな。
――己で選んだものでは、ないのでござる。
その名を手放すというのは、なかなかのことでござってな。
――しかもこの御方の場合、二十代の半ばでござった。
二十余年、その名で呼ばれてこられたのでござるよ。
――それを、変えられたのじゃ。
しかも、己の思いつきではのうて社長が決めた名でござってな。本人は「今まで売れなかったから、“何でもいいよ”」と受け入れられたという。
――ここが、また面白い所でござる。
己で選んだ名ならば、思い入れもござろう。
――だが人に付けられた名を、受け入れられたのでござるよ。
吾輩は、ここにこの御方の構えが出ておると思うのじゃ。
――拘りを、捨てられる御方なのでござる。
考えてみれば、この御方の歩みは捨てることの連なりでござってな。
――十六で学び舎を捨て、技のグループに入られた。
アクションクラブを離れることとなり、積んだ場も失われた。
――歌の道への誘いも、断っておられる。
そして二十代の半ばで、名まで捨てられたのでござるよ。
――捨てて、捨てて、進んでこられたのでござる。
だが捨てなんだものが、一つだけござってな。
――演じるという道でござるよ。
そこだけは、どれほど厳しゅうても手放されなんだのじゃ。
――お主、ここが肝要でござる。
何を捨て、何を残すか。
――これを間違えぬ者が、遠くまで行くのでござるよ。
多くの者は、逆をやるのでござってな。
――拘りを残し、道の方を捨ててしまうのでござる。
【未来予想図-名が人を作るということ】
さて、ここからは名が人を作るという話をいたそうぞ。
――これは、吾輩が長く考えてきたことでござってな。
名を改めた翌年、この御方は朝の連なる作に出ておられる。
――1988年のことでござった。
そして名を改めた後、この御方の役は変わってゆかれたのでござる。
――顔の映らぬ役から、顔で見せる役へでござってな。
だが体の使い方は、前の十年で身についておられたのでござるよ。
――土台があった所へ、顔が乗ったのでござる。
ここが、この御方の強さの正体でござってな。
――顔だけで出てきた者とは、根が違うのでござるよ。
そして1992年、ドラマ『愛という名のもとに』にて広く名が通るようになられた。
――同じ年、日本アカデミー賞の新人俳優賞も得ておられるのじゃ。
名を改めてから、五年でござる。
――十六から数えれば、十三年目のことでござってな。
この十三年を、お主はどう見られるかな。
――長い、と思われるであろう。
だが吾輩は、この十三年があったゆえと見ておるのでござる。
――面をかぶる役をやった者は、体の使い方を知っておるのでござるよ。
顔が映らぬ中で、伝える術を身につけておられたのでござってな。
――これは、顔だけで済ませてきた者には無い技でござる。
そして日雇いの日々もまた、無駄ではなかったのでござるよ。
――市井の暮らしを、身をもって知っておられるのでござるからな。
演じる者にとって、これほど確かな元手はござらぬのじゃ。
――暮らしを知らぬ者は、暮らしを演じられぬのでござるよ。
さて、名の話に戻ろうぞ。
――新しい名を得た者は、新しく振る舞えるのでござってな。
前の名で染みついた癖から、離れられるのでござるよ。
――これが、名を改めることの真の効き目でござろう。
この御方は、名を改めた所から上り始められたのじゃ。
――偶さかかも知れ申さぬ。だが吾輩は、そうは思わぬのでござる。
最後に、お主に申し上げたいことがござる。
――生き詰まったら、何かを一つ捨ててみられよ。
拘りでも、肩書きでも、積んだ場でもよいのでござってな。
――捨てられぬものほど、足を引いておるものでござるよ。
この御方は、名まで捨てられたのでござる。
――そして、そこから世に出られたのじゃ。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【本名は潔!?寿明という名の由来についてのまとめ】
今回は唐沢寿明殿について調査してみた!
この御方の本名は、潔と申される。
いまの名は、二十三で入られた事務所の社長が「寿に明るい」と付けたものでござる。
この御方は16の齢にて、東映アクションクラブに最年少で入られた。
だが初めは名の出ぬ役や、面をかぶる役ばかりでござってな。
その後はアクションクラブを離れることとなり、舞台やアルバイトの日々を過ごされた。
歌の道への誘いも断り、演じる道だけは手放されなんだのじゃ。
そして二十代の半ばで、名まで改められたのでござる。
捨てて、捨てて、道だけを残してこられた御方でござるよ。
吾輩は唐沢寿明殿に対して、名を変えるとは、生き直すことでもござる、と思ったんだがお主は唐沢寿明殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
スポニチ(2024年6月24日)『日曜日の初耳学』芸名変更のいきさつ「寿に明るいって、最高に明るいでしょう?」
スポニチ(2026年7月7日)16歳で東映アクションクラブ・下積みの日々
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