【SixTONES・森本慎太郎】何度も断った!?4回目くらいの電話で入所

SixTONES・森本慎太郎の 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、森本慎太郎殿:何度も断った!?4回目くらいの電話で入所。

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1997年7月15日、石川県金沢市にて生誕。神奈川県横浜市の育ち。
  • 2006年10月、事務所へ入る。オーディションは受けておらぬ。
  • 2007年、日本武道館の『ジャニーズJr.大集合』でコンサートに初出演。
  • 2007年、ドラマ『受験の神様』に西園寺忠嗣役で出演。
  • 2009年、映画『スノープリンス 禁じられた恋のメロディ』の審査に合格し、映画初出演にして主演を務める。
  • 2009年10月15日、ベルギー・フランダース政府観光局の友好大使に任命される。同じ頃、アントワープで同映画のワールドプレミアが開かれる。
  • 2009年11月1日、リーダーを務める期間限定のグループ「スノープリンス合唱団」を初披露。12月2日、主題歌「スノープリンス」を発売。
  • 2012年4月14日、テレビドラマ『私立バカレア高校』にて主演。
  • 2015年5月1日、同作に出た六人でSixTONESを結成することが発表される。
  • 2020年1月22日、SixTONESのメンバーとしてCDデビュー。
  • 2025年12月15日、公式のYouTubeチャンネルを開設。
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森本慎太郎殿は1997年7月15日の生まれ、石川県金沢市の出にござる。育たれたのは神奈川県横浜市青葉区じゃ。

この道へ入った経緯が、なかなかに愉快でのう。

きっかけは、中華料理屋でのことでござった。近くのテーブルで食事をしておられたジャニー喜多川殿に、直々に声を掛けられたのじゃ。

ご本人は2019年のテレビ番組で、「僕の場合は中華料理屋さんで知らないおじさんが歩いてきて、『YOUすごくいいね!ウチ来なよ!』という一言から事務所に入った」と語っておられる。

その後、家に電話がかかってきて母上が出られた。「どこどこで何時からレッスンがあるので来れませんか?」というお誘いであったという。

ところが、である。森本慎太郎殿はこれを断られた。

理由がまた良いのでござる。ご本人いわく「空手と遊ぶことで頭がいっぱい。とにかく友だち最優先だったんで」。父上がずっと空手をやっておられ、その背を追うて始めた空手でござった。

空手では小学2年で全国4位にもなっておられる。そこへ別の道の誘いが来ても、心は動くまい。

だが電話は止まらなんだ。「何度電話がかかってきても断るからママ、ハラハラしたって(笑)」と振り返っておられる。そして「4回目くらいの電話で“こんなに誘ってもらえるんだから、1回くらい行ってみなさい”ってなって」、ようやく足を運ばれたのじゃ。

一度きりのつもりで行かれたレッスンでは、何も分からず戸惑われた。そこで「“こうだよ”ってやさしくダンスを教えてくれたのがきょも(京本大我)で。少し踊れたら楽しくなったんです」という。

こうして2006年10月、この道へ入られた。「俺、オーディションを受けてないから同期と呼べる存在がいない」とも語っておられる。

何度も断り、4回目くらいの電話で折れ、その一度のレッスンで人生が変わる。運というのは、断り続けても追いかけてくることがあるのでござるな。

兄上の森本龍太郎殿も、同じ道におられた。

そして入所からわずか3カ月で、日本武道館のステージに立たれた。その頃を「変化が急すぎて、もうわけわかんなかったです」と振り返っておられる。

幼い子どもが、いきなり大観衆の前に立つ。驚くより先に、体が固まったのではあるまいか。

さて、ここからが厳しい話でござる。

2007年には、ドラマ『受験の神様』にも出演される。傍から見れば、順風満帆でござろう。

だが本人の心の中は、まるで違うておった。

ご本人は「考えすぎるタイプなんで、背負わなくていいものまで抱えすぎたというか」と語っておられる。思い詰める姿を見かねた事務所の人から「何も背負わなくていいんだよ」と言われたことを覚えておられるそうな。

だが何より辛かったのは、別のことでござった。その頃の気持ちを、こう語っておられる。

「仕事のプレッシャーより、仕事が増えれば増えるほど友だちが減っていくほうが辛かったな」。

そして「人前では強気でいるんです。で、家に帰って泣くというね」とも明かしておられる。

小学生の子どもが背負うには、あまりに重い。

その一方で、仕事は次々と来る。2009年には映画『スノープリンス』の審査に受かり、映画初出演にして主演を務められた。

同じ年の10月にはベルギーのアントワープでワールドプレミアが開かれ、ベルギー・フランダース政府観光局の友好大使にも任命されておられる。

そして転機は2012年に訪れた。

ドラマ『私立バカレア高校』でござる。ここで共に出た五人が、のちのSixTONESの仲間となる。

この時のことを、森本慎太郎殿はこう語っておられる。

「以前はドラマに出ただけ友だちが減ってくって感じてたのが、今度はちがう。だから5人は、俺にとって共演者以上の存在だったんですよね。初めてできた仲間っていうか」。

仕事をするたびに友を失うと思うておった少年が、仕事の場で仲間を得たのでござる。これほど救いのある話もあるまい。

その後、六人は一度バラバラになる。だが2015年5月1日、再び集められてSixTONESの結成が発表された。

ジェシー殿に「もう一度、6人でやろう」と言われ、6人でジャニー喜多川殿のもとへ「1曲やりたいんだよね」と言いに行かれたという。名までつけてもらい、そのとき「このグループにすべてを賭けよう」と思われたそうな。

2009年の映画についても、もう少し申しておこう。

この作をきっかけに、森本慎太郎殿がリーダーを務める11人組の期間限定のグループ「スノープリンス合唱団」が作られ、12月2日には主題歌「スノープリンス」を出しておられる。当時の報道で12歳、それでグループのリーダーでござる。

同じ頃、有名な漫画の番組に声だけで出演もされておる。初めての吹き込みに緊張されたそうじゃが、その番組の主人公の声や台詞が面白くて、緊張を和らげてくれたと語っておられる。

しかも、この御仁は幼稚園の頃「しんちゃん」という愛称で呼ばれておったという。同じ愛称の二人が同じ画面に並んだわけで、「“しんちゃん”同士で共演できて嬉しかったです」と喜んでおられたそうな。

2012年の『私立バカレア高校』の後には、6人で『Johnny’s Dome Theatre~SUMMARY~』の舞台にも立たれた。「もう6人でライブをやれることがうれしすぎて、俺、初日の最初のフライングの時点で号泣しちゃって」と振り返っておられる。ここに六人の絆の始まりがあるのでござろう。

さて、森本慎太郎殿の現在(いま)である。

そして2020年1月22日、SixTONESのメンバーとしてCDデビューを果たされた。

2006年の入所から、長い道のりでござった。

運動の腕は、いまも大きな武器でござる。得意なものとして、サッカー、空手、水泳、そして波乗りを挙げておられたと伝わる。

中学の頃には体操部に入っておられた。「アクロバットができれば仕事につながると思ったんで」という。床、鞍馬、跳馬、鉄棒の技を身につけ、とりわけ床が得意であったと伝わる。

空手で鍛え、体操でアクロバットを身につける。画面で見せる身のこなしの良さは、この積み重ねから来ておるわけじゃ。

芝居の場でも歩みを進めておられる。2025年には、映画『正体』で第48回日本アカデミー賞の新人俳優賞と話題賞を受けておられる。

そして2025年12月15日には、公式のYouTubeチャンネルを開設された。ご自身の見た景色を分かち合うための場であり、その名は移り変わっていくものとしておられるそうな。

面白い考え方でござろう。決まった形を作らず、その時の自分に合わせて看板を変えていくというのじゃ。

何度も断り、4回目くらいの電話でレッスンに行き、そこからデビューを掴み、いまや自分の場を自分で作っておられる。

この先どのような姿でお主らの前に現れるか、吾輩も楽しみにしておるぞ。

ここで、この御仁の歩みを振り返ってみようぞ。

入所して間もなくドラマに出て、背負いすぎるほど背負い、友が減っていく寂しさを抱えながら人前では強気でおり、家で泣いておられた。

そして仲間を得て、一度離れ、また集められてデビューに辿り着かれた。

早く世に出ることが、必ずしも幸せとは限らぬ。この御仁の歩みは、そのことを静かに教えてくれるのう。

だからこそ、いま自分の場を自分で作っておられるのが良いのじゃ。誰かに与えられた枠ではなく、己の見た景色を分かち合う場でござる。

改めて申しておこう。この御仁が世に出た切っ掛けは、中華料理屋でたまたま声を掛けられたことでござった。

自分の力で掴んだものではない。まったくの偶然じゃ。

だがそこから、重圧に耐え、友が減る寂しさを抱え、母上に「辞めたい」と伝えた日もありながら、辞めずに続けられた。偶然を必然に変えたのは、この御仁自身でござる。

空手に夢中であった日々を、いま懐かしんでおられるであろうか。身のこなしの良さを見れば、あの頃の積み重ねが生きておることは聞くまでもあるまい。

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

▶ カレントボディ公式サイト

今回は森本慎太郎殿について調査してみた!

吾輩は森本慎太郎殿に対して、何度も断り、4回目くらいの電話でこの道に入った演技派アイドル侍、と思ったんだがお主は森本慎太郎殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

Myojo 10000字ロングインタビュー(MYOJO2020年10月号)「4回目くらいの電話で」「空手と遊ぶことで頭がいっぱい」

モデルプレス(2019年9月6日)中華料理屋でのスカウト

モデルプレス(2023年8月29日)直々のスカウトを断っていた

モデルプレス(2022年11月25日)2006年10月の入所

サンスポ(2009年11月2日)スノープリンス合唱団

日刊スポーツ(2009年10月19日)アントワープでのワールドプレミア

オリコンニュース(2009年12月3日)ダブル“しんちゃん”

STARTO ENTERTAINMENT 公式プロフィール・バイオグラフィー

日刊スポーツ(2025年3月14日)日本アカデミー賞 新人俳優賞・話題賞

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