巷に騒がれる、綾瀬はるか殿:最後に撮ったのは、若き日の会津の場面であった。
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1985年3月24日、広島県のお生まれ
- 2000年、第25回ホリプロタレントスカウトキャラバンにて審査員特別賞を受けられる
- 2002年、映画『Jam Films』にて銀幕に出られる
- 2004年、TBS系『世界の中心で、愛をさけぶ』の廣瀬亜紀役で広く知られる
- 2007年、日本テレビ系『ホタルノヒカリ』に雨宮蛍役で主演される
- 2010年、映画『おっぱいバレー』にて第33回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞を受けられる
- 2013年1月6日、NHK大河ドラマ『八重の桜』の放送が始まる
- 2013年、同作にて山本八重/新島八重役で主演を務められた
- 2013年12月15日、同作の最終話が放送される
- 2024年、映画『リボルバー・リリー』にて第47回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞を受けられる
【綾瀬はるかの大河は鉄砲から知識へ】
2013年、綾瀬はるか殿はNHK大河ドラマ『八重の桜』で主演を務められた。
演じられたのは山本八重――のちの新島八重でござる。
この役は、一年の中で大きく姿を変える。
前半は会津。
「会津では鉄砲を武器に、『幕末のジャンヌ・ダルク』と呼ばれる奮戦ぶりを見せた八重」
――鉄砲を武器にでござる。
そして八月から、舞台が京都へ移る。
「激動の会津戦争を生き抜いた八重が、兄・覚馬を頼り京都へ」
「かつて砲術の手ほどきを受けた兄から、これからは学問を武器に戦う時代になると説かれ、知識という新たな生き方に目覚める」
――お主、この移り変わりが見事でござろう。
鉄砲を教えた兄が、こんどは学問を勧めるのじゃ。
武器が、砲から知識へ持ち替えられる。
そして京都では、こう生きる。
「封建的風潮の残る中、互いに平等な『風変わりな夫婦』として生きる八重」
「『同志社』の設立に奔走する襄を、『ならぬことはならぬ』のプライドで支え、『ハンサムウーマン』と称された八重」
――ハンサムウーマンでござる。
銃を撃つ女から、学び舎を建てる女へ。
一つの役で、これほど変わる主人公も珍しい。
しかも、この作には作り手の願いが込められておった。
京都編のポスターには「明日も咲いている。」の言葉が置かれ、
――それは「作り手の東北に向けた思いを伝えるもの」であったという。
苦境を越えて次へ進む女の話を、そういう年に届けたのでござる。
そう思うて八重という役を見れば、この一言が効いてくる。
本人が、後にこう言うておられる。
「本当に大変な時を生きた八重は苦境の中でも前を見ることを忘れない素敵な女性」
【最後の一カットは、空へ撃つ空砲であった】
さて、一年の撮影が終わる日の話でござる。
その日、この御方は号泣された。
撮影の終わりの席で、風吹ジュン殿からこう声を掛けられたという。
「この一年、綾瀬さんの人柄にどれだけ助けられたか。本当にお疲れ様でした」
さらに、新島襄を演じたオダギリジョー殿からはこうであった。
「共演できてとても刺激をもらえた。感謝しています。撮影が終わるとぽっかりしちゃうだろうなと思うんですけど、気を強く持って」
――そこで、感極まって涙が止まらなくなられた。
この御方が述べた言葉が、これでござる。
「物を作るということが本当に素晴らしいことだということを改めて感じさせてもらった作品でした」
「NHKに来るのが毎日楽しかった」
――来るのが毎日楽しかったじゃ。
一年、日曜の夜を背負う仕事でござる。
重いはずの場を、そう言い切っておられる。
そして会見では、こうも漏らされた。
「おうちに帰ってからどんどん寂しくなるだろうな」
つらかったことも、正直に挙げておられる。
「終盤のいろんな人が死んでいくシーンや、他の人がクランクアップしていくシーンはつらかった」
――物語の中で人が去り、現場からも人が去っていく。
その両方を、同じ月日の中で味わわれたのでござる。
そして、この稿で最もお伝えしたいのがここじゃ。
一年の撮影の、最後の一カットが何であったか。
「この日行われたのは12月15日放送予定の最終話のラストカットで、綾瀬は会津での若き日のシーンを熱演」
「空に向けて空砲を撃つシーンが最後の撮影カットとなった」
――お主、ここで唸られよ。
最後に撮ったのは、若き日の会津の場面でござる。
一年かけて八重は鉄砲を置き、学問を取り、学び舎を建てた。
その全部を演じ終えた最後に、
――もう一度、鉄砲を担いだ娘に戻られたのじゃ。
しかも、撃ったのは空砲。空へ向けての一発でござる。
そのうえで、視聴者へこう言い残された。
「まだ放送は続きますので、視聴者の皆さんに八重を通じて最後まで元気な気持ちを伝えられたらいいなと思います」
【未来予想図-作る場を好む人】
ここまでを、一度まとめておこう。
――綾瀬はるか殿は2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』にて主演を務められた。
前半は会津で鉄砲を担い、後半は京都で学問を武器に生きる女でござった。
一年の撮影を終えた日には号泣され、
最後の一カットは、若き日の会津で空へ空砲を撃つ場面であった。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、役より場を好む御方だとみる。
根拠は、終わりの日の言葉でござる。
「物を作るということが本当に素晴らしいことだ」
――物を作ることでござる。
己の芝居が良かった、とは言うておられぬ。
作るという営みそのものを、褒めておられる。
そして「NHKに来るのが毎日楽しかった」。
役が楽しかった、ではない。通うのが楽しかった、じゃ。
涙の理由も、そこにあろう。
風吹ジュン殿から人柄を褒められて泣かれた。
――芝居ではなく、居方を褒められたのでござる。
そしてもう一つ。
つらかったこととして挙げられたのが、
「他の人がクランクアップしていくシーン」でござった。
――人が一人ずつ抜けていく、その寂しさじゃ。
この御方にとって現場は、仕事場である前に居場所なのでござろう。
だからこそ「おうちに帰ってからどんどん寂しくなる」と言われる。
一年、同じ人らと物を作る。
――大河というのは、そういう作でござる。
そして最後の一発が空砲であったのが、また良い。
誰にも当たらぬ弾じゃ。
――一年を、空へ返して終わられたのでござる。
役ではなく、作る場そのものを好む者が長く残る
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【大河は空砲で終えた!?1年の撮影に号泣についてのまとめ】
今回は綾瀬はるか殿について調査してみた!
一つ。綾瀬はるか殿は2013年のNHK大河ドラマ『八重の桜』にて山本八重/新島八重役で主演を務められた。
二つ。前半の会津では「鉄砲を武器に、『幕末のジャンヌ・ダルク』と呼ばれる奮戦ぶり」、後半の京都では「『知識』を武器にキャリアウーマンぶりを発揮」する役でござった。
三つ。撮影の終わりに号泣され、「物を作るということが本当に素晴らしいことだということを改めて感じさせてもらった作品でした」「NHKに来るのが毎日楽しかった」と述べておられる。
四つ。つらかったこととして「終盤のいろんな人が死んでいくシーンや、他の人がクランクアップしていくシーンはつらかった」と挙げておられる。
五つ。最後の一カットは最終話のラストカット。会津での若き日の場面で、空に向けて空砲を撃つ場面であった。
吾輩は綾瀬はるか殿に対して、作る場そのものを好まれる御方、と思ったんだがお主は綾瀬はるか殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
シネマトゥデイ(綾瀬はるか、「八重の桜」クランクアップで号泣!)
シネマトゥデイ(綾瀬はるか「八重の桜」舞台は京都へ…鉄砲から知識を武器に)
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