巷に騒がれる、吉田羊殿:撮影の直前に単身で英国へ渡り、ほぼ全編英語の役に初めて挑まれた話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2月3日、福岡県久留米市のお生まれ
- 1997年、舞台にて演じ手として世に出られる
- 2001年、劇団「東京スウィカ」の旗揚げに加わられる
- 2014年7月、ドラマ『HERO』第2期にて検事役を務められる
- 2015年、『映画 ビリギャル』に出られる
- 2016年、大河ドラマ『真田丸』に出られる
- 2018年、映画『ハナレイ・ベイ』に出られる
- 2022年、映画『マイ・ブロークン・マリコ』に出られる
- 2023年、映画『Winny』に出られる
- 2024年、ドラマ『不適切にもほどがある!』に出られる
- 2025年4月11日、映画『遠い山なみの光』への出演が明かされる
- 2025年4月、同作が「第78回カンヌ国際映画祭」の「ある視点」部門に選ばれる
- 2025年9月5日、映画『遠い山なみの光』が公開される
【吉田羊が単身で渡られた短期留学】
映画『遠い山なみの光』。
ノーベル文学賞を受けたカズオ・イシグロのデビュー作を石川慶監督が映画にした作で、2025年9月5日に世へ出た。
この作でな、吉田羊殿はほぼ全編英語での演技に初めて挑まれたのでござる。
……全編、でござるよ。
一場面や二場面ではない。
しかも、ただの英語ではござらぬ。
ブリティッシュアクセントじゃ。
……英国の訛りでござる。
なぜそこまで要るのか。
役の成り立ちを見れば、すぐに分かる。
この作は、一人の女を二人で演じる二人一役の作でな。
広瀬すず殿が1950年代の長崎に暮らす悦子を、
吉田殿がその約三十年後、1980年代のイギリスで暮らす悦子を演じておられる。
……つまり、三十年を英国で過ごした女でござる。
その女の口から出る英語が、教科書のような英語では困る。
三十年、そこで暮らした者の英語でなければならぬ。
さて、吉田殿はどうなさったか。
撮影の直前に、単身でイギリスへ短期留学されたのじゃ。
……お一人で、でござる。
しかも、現地ではホームステイをなさった。
宿を取るのではない。
人の家に入り、その家の暮らしの中へ身を置かれた。
お主、この選び方に唸らぬか。
訛りという物は、教室では手に入らぬ。
台所の会話、玄関先のやりとり、そういう場にしか転がっておらぬものでござる。
……役に要る物が何かを、正しく見抜いておられたのじゃ。
【もどかしさが血肉になる、という言い方】
さて、その短期留学をどう受け止めておられたか。
吉田殿は、こう語っておられる。
「全編ブリティッシュアクセントの英語せりふは母国語でないもどかしさもありましたが、その不自由さと、言語に向き合った時間がそのまま知らず悦子の血肉になっていたと実感できたことは得難い経験でした」
……お主、ここでござる。
吾輩はこの一文を三度読み返した。
考えてみられよ。
普通、役者にとって言葉の不自由は敵でござる。
思うように出ぬ、間が狂う、感情が乗らぬ。
……だから稽古して、不自由を消そうとする。
ところが吉田殿は、消さなんだ。
不自由さのまま使うたのでござる。
なぜか。
悦子という女もまた、英国では余所者だからじゃ。
三十年住もうと、母語ではない。
……その女が抱えておる不自由を、演じ手が本当に抱えておる。
これほど強い一致があろうか。
別の場でも、同じことを申しておられる。
「芝居以外で、言葉を聞き取る大変さはありましたが、英語を浴びる環境はまさに悦子が過ごしている環境でもありましたので、まさにこんな感じかなと考えました」
……まさにこんな感じかな。
苦しみを、そのまま役の手掛かりに変えておられるのじゃ。
そして、監督の側からの言葉も残っておる。
石川慶監督は、こう語っておられる。
「イギリスなまりの英語の習得のため誰よりも早く現地入りされて、完璧に“30年前に渡英した悦子”としてクランクイン。本読みでのイギリス人スタッフの驚きと敬意に満ちた表情が、その圧倒的な説得力を物語っていました」
……誰よりも早く、でござる。
そして驚きと敬意。
英国の人々が、英語を聞いて驚いたのじゃ。
お主、これに勝る証しはあるまい。
【未来予想図-不自由さを味方にできる御方】
さて、ここからは吾輩の見立てを申し上げようぞ。
吉田羊殿のこの仕事から吾輩が受け取ったのは、不自由は消さずともよいという一事でござる。
英語を学ぶ御方の多くは、不自由を消すことを目当てにしておる。
訛りを直す。詰まらぬようにする。母語話者に近づく。
……それは正しい。正しいが、そこには天井がござる。
どこまで行っても、母語話者にはならぬゆえな。
ところがこの御方は、天井の手前で別の道へ折れられた。
不自由なままの己を、役の中身にしたのじゃ。
吾輩は見る。
これは芝居に限った話ではあるまい。
……英語で人と向き合う折、詰まることを恥じておる間は、相手に何も伝わらぬ。
詰まったまま伝えようとする者にこそ、人は耳を傾けるのでござる。
そしてもう一つ、吾輩が思うたことがござる。
この御方は1997年に舞台で世に出られた。
2001年には劇団「東京スウィカ」の旗揚げに加わっておられる。
……舞台から入られた御方でござる。
舞台とは、やり直しの利かぬ場じゃ。
詰まっても、間違えても、幕は下りぬ。
そのまま続けるしかない。
お主、繋がって見えぬか。
「不自由なまま進む」という技は、舞台で二十年以上鍛えられた物ではあるまいか。
そして『遠い山なみの光』は、「第78回カンヌ国際映画祭」の「ある視点」部門に選ばれた。
……英語で作った芝居が、海の向こうの場へ運ばれたのでござる。
吾輩の見立てでは、この御方の仕事はここで終わらぬ。
理由は簡単じゃ。
一度、単身で渡って役を作り上げた者は、二度目の敷居が低い。
「行けば何とかなる」ではのうて、「行って、こうすれば形になる」という手順を手に入れておられるゆえな。
お主、覚えておかれよ。
この御方が国の外で作られる作に名を連ねる日が来たならば、その始まりは2025年の、あの一人の渡英であったのじゃ。
不自由さを消さず、そのまま役の血肉にする……これが吉田羊という御方の技でござる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【ほぼ全編英語!?単身で短期留学した役作りについてのまとめ】
今回は吉田羊殿について調査してみた!
一つ。2025年9月5日に世へ出た映画『遠い山なみの光』にて、ほぼ全編英語での演技に初めて挑まれた。
二つ。しかもただの英語ではのうてブリティッシュアクセント。……三十年を英国で暮らした悦子という役ゆえでござる。
三つ。広瀬すず殿が1950年代の長崎の悦子を、吉田殿がその約三十年後の悦子を演じる二人一役の作じゃ。
四つ。撮影の直前、単身でイギリスへ短期留学され、現地ではホームステイまでなさった。
五つ。ご本人は「その不自由さと、言語に向き合った時間がそのまま知らず悦子の血肉になっていた」と語っておられる。
六つ。別の場では「英語を浴びる環境はまさに悦子が過ごしている環境でもありました」とも。
七つ。石川慶監督は「誰よりも早く現地入りされて」「本読みでのイギリス人スタッフの驚きと敬意に満ちた表情」と語っておられる。
お主、英語を学ぶ多くの御方は、不自由を消すことを目当てにしておる。
……だがこの御方は、不自由なままの己を役の中身になさったのじゃ。
詰まったまま伝えようとする者にこそ、人は耳を傾けるのでござるよ
吾輩は吉田羊殿に対して、不自由さを消さず、そのまま役の血肉にしてしまわれた、と思ったんだがお主は吉田羊殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
映画ドットコム(広瀬すず&二階堂ふみが初共演「遠い山なみの光」・2025年8月7日)
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