巷に騒がれる、石川佳純殿:実入りの額と、糧を得ておられる口の数について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1993年2月23日、山口県のお生まれ。両親とも元の卓球の選手であられた
- 小学1年で卓球を始められる
- 2011年、全農との所属の契りを結ばれる
- 2015年から、TOTOの支えを受けられる
- 全日本選手権の女子の単で、五度頂に立たれた
- 五輪には三度出られ、女子の団体で牌を得られる
- 2021年の東京五輪では、日本の一団の副主将も務められた
- 2023年5月、23年の現役に幕を引かれる
- 2024年6月、フジテレビ系『パリ2024オリンピック』の特別な語り手に就かれる
- 2026年3月11日から、鞄の店の広告に出られる
【石川佳純の実入りの額は、公にされておらぬ】
「石川佳純殿の年収はいかほどか」と、よう引かれておる。
――まずは、そこに正面から答えておこう。
額は、どこにも出ておらぬ。
本人も、所属先も、金子の話を一度もしておられぬ。
――巷には推し量った数字が並んでおるようじゃが、
その出どころを辿ると、どれも根が無い。
ゆえに、この書記は数字を書かぬ。
根の無い数字を並べるのは、噂を一つ増やすだけでござる。
だが、である。
額は分からぬでも、糧の口なら数えられるのでござるよ。
しかもこの御方の場合、それが実に分かりやすい。
先に、この御方が何者であられるかを申しておこう。
1993年2月23日、山口県のお生まれ。
両親とも元の卓球の選手であられ、小学1年でご自身も始められた。
――生まれた時から、卓の傍におられたわけじゃな。
そして全日本選手権の女子の単で、五度も頂に立たれておる。
五輪には三度出られ、女子の団体で牌も得られた。
2021年の東京五輪では、日本の一団の副主将も務めておられる。
――これだけの働きをされた御方でござる。
実入りが無いはずはあるまい。
お主、ここが肝要でござってな。
卓球という競技は、野球やサッカーほど賞金が大きゅうはござらぬ。
――ゆえに、選手の糧は賞金だけでは成り立たぬのじゃ。
所属先の給金があり、支援があり、広告がある。
その組み合わせで暮らしが立っておる。
だが、それを数字で言い当てるのは吾輩の仕事ではござらぬ。
吾輩がやるのは、辿れるものを並べることでござる。
そして2023年5月、23年の現役に幕を引かれた。
――ここからが、面白いところでな。
退いた御方の糧が、どうなっておるか。
そこを順に数えてまいろう。
【では、何で糧を得ておられるのか。数えて四つ】
さて、数えるとしようぞ。
一つ。2011年、全農との所属の契りを結ばれた。
十八の齢でござる。
――企業に籍を置いて競技を続ける、いわゆる実業団の形じゃな。
この国の卓球の選手にとっては、これが土台でござる。
二つ。2015年から、TOTOの支えを受けておられる。
こちらは所属ではのうて、支援でござってな。
しかも、これがただの支援で終わっておらぬ。
2023年8月25日、東京・浜松町のTOTOの本社にて
『石川佳純さん 感謝の会』が開かれておる。
――引退から三月後でござるぞ。
支えた側が、退いた選手のために会を開く。
そして200人の社員と言葉を交わされた。
この日、この御方はこう述べておられる。
「海外でのワールドツアーや全日本選手権、いろいろな場所での温かい、熱い応援をありがとうございました」
――八年の付き合いが、こういう形で残るのでござる。
三つ。2024年6月、フジテレビ系『パリ2024オリンピック』の特別な語り手に就かれた。
現役を退いてから、初めて五輪に臨まれた形でござる。
――ただし、打つ側ではのうて伝える側としてじゃ。
三度出た者が、四度目は席を移して喋る。
――これは、誰にでもできることではござらぬ。
強かった者が、必ずしも語れるとは限らぬゆえな。
四つ。2026年3月11日から、鞄の店の広告に出ておられる。
「Well-Moving 移動を快適に」という篇でな。
この折、旅について問われてこう答えておられる。
「旅といえば試合でしたが、これからはいろいろな場所に旅行で行きたいですね」
――ここが良い。
二十三年の間、旅は全て試合であった。
その御方が、鞄の広告に出ておられるのじゃ。
――数えて四つ。所属、支援、語り手、そして広告でござる。
額は分からぬ。だが、この四つを抱えておる御方が
手持ち無沙汰にしておるとは、まず考えられまい。
数字を追うより、この四つを数えるほうが確かでござる。
【未来予想図-打つ側から、伝える側へ】
巷の問いに、答えを出しておこう。
――年収の額は、辿れなんだ。
本人も所属先も述べておられぬゆえ、書きようがござらぬ。
辿れたのは、糧の口が四つあることでござる。
2011年の全農、2015年からのTOTO、
2024年の語り手、そして2026年の広告じゃ。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方の強みは、退いた後の切り替えの早さとみる。
引退から一年ちょっとで、五輪の語り手の席に座っておられる。
――普通なら、そう早くは回らぬ。
しかも打つ側から伝える側へ、役どころを丸ごと変えておられるのじゃ。
なぜそれができたのか。
吾輩は、2023年8月の言葉に鍵があると見た。
引退から三月の折、この御方はこう述べておられる。
「3ヶ月経って、まだ慣れないです。練習や試合のない毎日は不思議な気分です」
――正直でござろう。
格好をつけておられぬ。
そして、こうも続けておられる。
「選手を引退してから今までできなかった新しい体験をさせてもらっている。新しい発見のある毎日です」
――「慣れない」と「新しい発見」を、同じ日に並べておられる。
戸惑いながらも、面白がっておられるということじゃ。
この折には運転の免許も取りに行っておられてな。
「教習所に通ってます」と明かしておられる。
――三十の齢で、教習所でござるぞ。
二十三年の間、できなかったことを一つずつ拾いに行っておられる。
これから先も、この御方の糧の口は増えてまいろう。
打つ側で頂に五度立った御方が、いま伝える側で座を得ておる。
――卓の外にも、居場所を作れる御方でござるゆえな。
額は分からずとも、糧の口の数なら数えられる。数字より、その方が人となりを表す
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【年収の噂!?数字は無いが糧は4つあるについてのまとめ】
今回は石川佳純殿について調査してみた!
一つ。石川佳純殿の年収の額は、本人からも所属先からも出ておらぬ。ゆえに書かぬ。
二つ。辿れる糧の口は四つ。2011年の全農との所属が一つ目でござる。
三つ。2015年からTOTOの支えを受けておられ、引退の三月後には感謝の会も開かれた。
四つ。2024年6月、フジテレビ系『パリ2024オリンピック』の特別な語り手に就かれた。
五つ。2026年3月11日から鞄の店の広告に出ておられ、「これからはいろいろな場所に旅行で行きたいですね」と述べられた。
吾輩は石川佳純殿に対して、打つ側から伝える側へ移られた御方、と思ったんだがお主は石川佳純殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
オリコンニュース(石川佳純、引退後の生活ぶり明かす「まだ慣れない」「教習所に通ってます」・2023年8月25日/東京・浜松町のTOTO本社『石川佳純さん
めざましmedia(元卓球日本代表・石川佳純さん出演バッグ&ラゲージショップ「ACE
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