巷に騒がれる、渡辺大知殿:役が口にする歌詞まで己で書かれた、歌い手にして演じ手の仕事について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1990年8月8日、兵庫県のお生まれ
- 2009年、映画『色即ぜねれいしょん』にて主演を務められる
- 2010年、黒猫チェルシーのボーカルとしてメジャーデビューされる
- 2011年、連続テレビ小説『カーネーション』に出演される
- 2014年、映画『モーターズ』にて初監督を務め賞を受けられる
- 2015年、連続テレビ小説『まれ』にて二木高志を演じられる
- 2024年、大河ドラマ『光る君へ』にて藤原行成を演じられる
【渡辺大知の朝ドラはまれ-歌う以外は喋らぬ同級生】
渡辺大知殿の朝ドラは、2015年度前期の『まれ』でござる。
演じられたのは二木高志。主人公・津村希(土屋太鳳殿)の同級生じゃ。
この青年の人となりが、なかなか変わっておる。
「プロのミュージシャンを目指していて、歌う以外にはほとんど話すことがない無口なキャラクターでした」
――歌う以外には、ほとんど話さぬ。
役者にとっては難しい役どころでござる。
台詞で人となりを見せられぬゆえ、佇まいと歌だけで中身を伝えねばならぬ。
……そして、この御方はまさにそれができる御方であった。
本業は黒猫チェルシーというバンドの歌い手でござる。
歌でものを言う者が、歌でしかものを言わぬ役を演じた訳じゃ。
ちなみに高志という青年は、後に大学へ進むため都へ出る。
だが、やがてバンドに専心するため親に内緒で学校を辞めてしまう。
……なかなか無茶をやる青年でござるな。
だが、歌で生きると決めた者の道は、たいていそういうものでござろう。
……ところで、この御方は『まれ』の前にも朝ドラに出ておられる。
2011年の『カーネーション』でござる。ゆえに朝ドラは2本目じゃ。
歌でも芝居でも立ち、しかも己で映画を撮って賞まで受けておられる。
――一つの道に収まらぬ御方でござるな。
さて、この作で何より面白いのは、撮影の外での仕事でござる。
……高志が劇中で歌う、その歌はどこから来たのか。
【役が歌う曲を己で書いた-撮りながら作った歌】
答えは、これでござる。
「高志が歌っていたのは、僕が作詞作曲をした楽曲です」
お主、ここでござる。
――役が歌う曲を、演じる本人が書いた。
普通は、作り手が曲を用意し、演者はそれを覚えて歌う。
だがこの作では、演者が己の役のために曲を書き下ろしておられるのじゃ。
しかも、この御方はそこに一つ、大事な違いを見ておられる。
「自分が出演していない映画やドラマの音楽を作ることはよくありますが、ドラマにどっぷり参加している自分だからこそ、作れる歌ができたんじゃないかなと思っています」
――どっぷり参加している自分だからこそ。
外から頼まれて書く曲と、中に入って書く曲は違う、と申しておられる。
では、その違いはどこから来るのか。
「撮影を進めながら曲を作らせていただいたので、このドラマからイメージする言葉が自然と出てきて、とてもありがたかったですね」
――撮影を進めながら作った。
ここが肝でござる。
先に曲を仕上げてから撮るのではない。撮りながら、その日々の中から言葉を拾うておられる。
同じ土地に通い、同じ面々と過ごし、役として生きた日の分だけ、詞が溜まってゆく。
……そうして出来た歌を、その役が歌う。
無口な青年の内側が、そのまま歌になって出てくる訳でござる。
考えてもみられよ。
もし外の作り手が書いた曲であれば、高志はそれを「与えられて」歌うことになる。
だが己の内から出た詞であれば、その青年が黙っておる間に溜め込んだものが、
そのまま音になって出てくる。
――喋らぬ役に、喋らせずに中身を見せる。
この一点において、これ以上の手はござるまい。
そして、この作はもう一つの縁も結んだ。舞台となった石川の地でござる。
「物語の舞台である石川県にロケで行かせていただきました。撮影の合間に街を歩いて風土を知り、とても好きな場所になりました」
――合間に街を歩いて風土を知る。
待ち時間に休むのではなく、土地を見て回っておられる。
そして、その縁はドラマの後まで続いた。
「この作品がきっかけとなり、能登地方でもバンドのライブをさせてもらったり、棚田の中でライブをさせていただいて、いい縁がつながった作品でした」
――棚田の中で演奏する。
劇中で縁のできた土地へ、今度は歌い手として戻ってゆかれた訳でござる。
……役で結んだ縁を、本業の側で受け取っておられる。
そして、この作への参加をこう括っておられる。
「1年ほどかけて一つの作品に参加するというのも初めてだったので、いい経験ができて本当にうれしかったです」
【未来予想図-役の内側から歌を出せる御方】
さて、ここまでを一度まとめておこうぞ。
――渡辺大知殿の朝ドラは『まれ』の二木高志。
「歌う以外にはほとんど話すことがない」という無口な同級生でござった。
そして、その青年が歌う曲はこの御方ご自身の作詞作曲。
しかも撮影を進めながら書かれたものでござる。
さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、役の内側から歌を出せる御方だとみる。
根拠は、あの「どっぷり参加している自分だからこそ」でござる。
歌を作れる役者は、世におらぬ訳ではござらぬ。
だが多くは、歌は歌、芝居は芝居と分けて営むものでござる。
……この御方は、そこを混ぜられた。
役として現場に身を置き、その日々から言葉を拾い、その役の口から歌わせる。
――役が歌っておるのか、本人が歌っておるのか、境が無いのでござる。
そして、その境の無さは土地との付き合いにも出ておった。
撮影の合間に街を歩き、後に本業の演奏で戻ってゆかれた。
役の縁と、己の縁を切り分けておらぬのじゃ。
ゆえに吾輩はこうみる。
この御方が演じる者は、喋らずとも中身が伝わる。
……歌える者が黙っておる時、その沈黙には歌と同じだけの中身が詰まっておるものでござるよ。
無口な役が難しいのは、黙っておる間を持たせられぬからじゃ。
だが内に歌を抱えておる者なら、黙っておる時間もそのまま中身になる。
中に入って書いた歌は、外から頼まれて書いた歌とは別物になる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【朝ドラで歌った曲は自作!?無口な同級生役についてのまとめ】
今回は渡辺大知殿について調査してみた!
一つ。渡辺大知殿の朝ドラは2015年の『まれ』。主人公の同級生・二木高志を演じられた。
二つ。その青年は「歌う以外にはほとんど話すことがない無口なキャラクター」であった。
三つ。「高志が歌っていたのは、僕が作詞作曲をした楽曲です」とのこと。
四つ。「ドラマにどっぷり参加している自分だからこそ、作れる歌ができたんじゃないかな」と語っておられる。
五つ。舞台の石川では「能登地方でもバンドのライブをさせてもらったり、棚田の中でライブをさせていただいて、いい縁がつながった」という。
吾輩は渡辺大知殿に対して、役と己の境を作らず、内側から歌を出される御方、と思ったんだがお主は渡辺大知殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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