巷に騒がれる、宮崎あおい殿:22歳で務めた『篤姫』と、もう演じられぬと寂しがられた一年について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1985年11月30日、東京都のお生まれ
- 4歳のとき、子役としてデビューされた
- 2001年、映画『EUREKA ユリイカ』にヒロイン役で出演
- 2002年、初主演映画『害虫』でナント三大陸映画祭 主演女優賞を受けられた
- 2005年、映画『NANA』に出演
- 2006年、連続テレビ小説『純情きらり』にヒロイン桜子役で主演
- 2008年、NHK大河ドラマ『篤姫』で主演を務められた
- 当時22歳。大河ドラマ史上最年少の主演であった
- 2013年、映画『わが母の記』で第36回日本アカデミー賞 優秀助演女優賞
- 2014年、映画『舟を編む』で第37回日本アカデミー賞 優秀主演女優賞
- 2023年、連続テレビ小説『らんまん』で語りを務められた
- 2026年、NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』に市役で出演。大河は18年ぶり
【22歳、歴代で最も若い大河の主演】
「宮崎あおい殿の篤姫とは何だったのか」——これを調べに来られた御方へ。
2008年、この御方は大河ドラマ『篤姫』で主演を務められた。……その齢、22。
歴代の大河を見渡しても、……最も若い主演であった。
この記録は、いまも破られておらぬ。
お主、大河の主演がどういう仕事か分かられるか。
……一年でござる。ほぼ一年をかけて撮り、一年放送される。
季節が一巡りする間、同じ人物を生き続けるのじゃ。
台詞の量も、着物の重さも、拘束の長さも桁が違う。……並の役者なら、四十を過ぎてようやく巡ってくる大役じゃ。
しかも主演は、現場の顔でもある。……芝居だけでなく、座を引っ張る務めまで背負うのでござる。
その荷を、二十二の娘が背負われた。
しかも演じたのは篤姫。……薩摩に生まれ、江戸城の大奥に入り、幕末を生きた女子でござる。
武家の娘として育ち、将軍の御台所となり、……幕府が終わる日までを見届けた御方じゃ。
十代から晩年まで、齢の幅もそのまま演じ分ける。娘から、御台所へ。……一人の女子の一生を、丸ごと演じ切る役でな。
十代の顔から、年を重ねた顔まで。……二十二の身で、全部やらねばならぬのじゃ。
自分より年上の役を、来る日も来る日も演じ続ける。……想像するだに、骨の折れる仕事でござろう。
22歳で一年を背負う……大河の主演とは、そういう重さの仕事でござる。
【積み重ねた日々は、私の一生の宝物】
では、その一年は何を残したか。……ご本人の言葉が、すべてを言い表しておる。
「『篤姫』で積み重ねた日々は私の一生の宝物」
……一生の宝物。
受賞でも、視聴率でもない。
お主、この言い方に注目されよ。
「代表作」でも「転機」でもない。……宝物でござる。
外に誇るための言葉ではないのじゃ。
仕事の実績としてではなく、……手元に大事に置いておくものとして語っておられる。
誰かに見せるためのものではない。……自分だけが値打ちを知っておるもの、という響きじゃ。
そして、こうも述べられた。
「大河ドラマの主演はとても大きな経験で、もう篤姫を演じられないと思うととてもさびしくて」
……もう演じられない。
役が終わるとは、そういうことでござる。……一年連れ添うた相手と、二度と会えぬのじゃ。
ここが、役者という稼業の切なさでござる。
普通の仕事なら、終われば肩の荷が下りる。……役者の場合、終わりは別れでもあるのでな。
一年をかけて、その人物と共に生きる。……だが撮り終えれば、二度とその人には会えぬ。
他の役なら、また似た役が来ることもあろう。……だが篤姫は、この世に一人きりじゃ。
同じ役を、別の作でまた演じることはできぬ。
しかも大河は、同じ人物を続けて撮ることが無い。……一生に一度の別れとなる。
続きも、番外編も無い。あの一年で終いでござる。
代表作ではなく、宝物……その言い換えに、一年の重みが宿っておるのでござる。
【未来予想図-一生の宝物と言い切れる一年を持たれた】
この作の値打ちは、時が経つほど増しておる。
……2023年、『篤姫』は4Kのリマスター版で再び放送された。
放送から、実に15年の後でござる。
普通、十五年前の作が新しく世に出ることは滅多に無い。……それだけ求める声があったということでござろう。
その折に、この御方はこう寄せられた。
「私にとって特別な作品」
「特別な作品だと改めて感じる」
……改めて感じる。
見返して、なお色褪せておらなんだのでござろう。
十五年を経て、なお色褪せぬどころか……また新しく特別になっておるのじゃ。
画が綺麗になった分、当時の未熟さも見えたであろうに。……それでも「特別」と言い切っておられる。
そして2026年、この御方は18年ぶりに大河へ戻られた。……その折の言葉が、これでござる。
「今でも『篤姫』の話をすると、涙が出てきてしまうんです」
……お主、二十二の一年が、四十を過ぎてなお涙になる。
これは、ただ思い出深いという話ではない。……あの一年で、この御方は作られたのでござる。
二十二という、まだ形の定まらぬ齢での一年じゃ。……そこで負うたものが、その後の芯になったのでござろう。
若くして大役を負うのは、危うい話でもある。……潰れる者も、伸び切ってしまう者もおる。
若い盛りに頂を見てしまうと、後が続かぬこともある。
だがこの御方は、その荷を宝物に変えられた。……そして十八年後、また同じ枠に立っておられる。
潰れも、燃え尽きもせず、歩き続けてこられた。
——さて、ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、22の齢の一年を
……私の一生の宝物と言い切っておられる。
そして15年経っても特別な作品だと述べておられる。
お主、ここを軽う読んではならぬ。
22で頂に立った者の多くは、その後が苦しゅうなる。
……以後の仕事が、全て「あの時ほどではない」と量られるゆえな。
だからこそ、頂を過去の重荷にせぬ者は珍しい。
この御方は、それを宝物と呼んでおられる。
……重荷ではのうて、持ち物にしておられるのじゃ。
重荷は背負うもの。宝物は、時々取り出して眺めるもの。
同じ一年でも、呼び方一つで扱いが変わるのでござる。
ならば、この御方の先はこうなろうと吾輩は見る。
……あの一年を超えようとはせず、別の棚に別の宝を積んでいかれるのではないか。
超えようとすれば、必ず比べることになる。
……比べぬと決めた者だけが、次を作れるのでござる。
もっとも、これは吾輩が勝手に描いた図でござる。
だが4Kで蘇った己の芝居を見て、なお特別だと言える。
……あれは、今の己に不足を感じておらぬ者の言葉でござろう。
頂を重荷ではなく宝物と呼べる者だけが、次の棚を作れるのでござる。
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【篤姫は22歳!?もう演じられぬと寂しがったについてのまとめ】
今回は宮崎あおい殿について調査してみた!
宮崎あおい殿と篤姫について、四つに絞ってみようぞ。
一つ。2008年、22歳で大河ドラマ『篤姫』の主演を務められた。歴代で最も若い主演でござる。
二つ。その一年を「私の一生の宝物」と語っておられる。
実績としてではなく、手元に置く宝として語られるのじゃ。
三つ。「もう篤姫を演じられないと思うととてもさびしくて」とも。
終わりが別れになるのが、役者という稼業でござる。
四つ。15年後の再放送に際しても「私にとって特別な作品」と述べられた。
4Kのリマスター版として、改めて世に出された折のことでござる。
……お主、この一年の意味が見えられたか。
吾輩は、言葉の選び方にすべてが出ておると思うた。
実績を語る言葉なら、いくらでもある。……視聴率、賞、話題。だがこの御方は使われぬ。
使うのは宝物、特別、だがこの御方の口からは、そういう語が出てこぬ。……そしてさびしい。
数ではなく、情の言葉ばかりでござる。
仕事を数字で語る者と、情で語る者がおる。……この御方は、明らかに後者でござろう。
二十二で背負うた荷は、さぞ重かったであろう。……だがその重さを、この御方は恨み言にせなんだ。
苦労話として語ることも、できたはずでござる。
重い仕事ほど、後で宝物になる……いま重荷を負うておるお主にも、そう申し上げたいのでござるよ。
その最中は、ただ苦しいだけでござろうがな。
吾輩は宮崎あおい殿に対して、重い仕事ほど、後になって宝物に変わるのでござる、と思ったんだがお主は宮崎あおい殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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