【諸星和己】英語力と学び方!?30でNYへ、50でハワイへ

諸星和己の英語 怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、諸星和己殿:英語力と英語学習方法、そして場を変えられた話について、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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  • 1970年8月12日、静岡県富士市のお生まれ
  • 1984年5月に上京され、後に大きな事務所へ入られる
  • 1987年、ローラースケートで歌い踊る光GENJIの一人として世に出られた
  • グループの中でも、人気と知名度は最も高かったという
  • 1991年、ミュージカルにて初の主役を務められる
  • 1995年のグループの解散の後、事務所から独り立ちされた
  • 2001年5月、三十で渡米し、ニューヨークに拠点を置かれる
  • 2000年、自らの音楽レーベルを立ち上げられた
  • 2007年、シングル『なぁ』がオリコンのインディーズ部門で1位を得る
  • 2020年8月12日、五十の誕生日にブログを開き、ハワイでの暮らしを綴り始める
  • いまもハワイを拠点に暮らしておられる
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吾輩が今宵成敗いたすは、諸星和己殿の英語についてでござる。

――滑る靴で歌い踊った、あのグループの一人じゃ。

生まれは1970年8月12日、静岡の富士でござる。

――1984年5月に上京され、後に大きな事務所へ入られた。

そして1987年、グループの一人として世に出られたのでござる。

――滑る靴で歌い踊る型は、当時まことに衝撃でござった。

お主も、あの光景は覚えておられるでござろう。

――そしてこの御方は、グループの中心におられた一人でござってな。

盤の絵や貼り紙でも、中心に立っておられることが多かったのじゃ。

――装いも、一工夫された物を身に着けておられてな。

まさに、グループの顔と言うてよい立ち位置でござった。

――1991年には、ミュージカルにて初の主役も務められておる。

その後、1995年にグループは解散となり申した。

――そして事務所からも、独り立ちされたのでござる。

ここからが、今宵の本題でござってな。

――この御方は、拠点を紐育へ移されたのじゃ。

お主、これがどれほどの決断か分かるかな。

――日ノ本で最も名の知れた頃を、終えての決断でござるよ。

海を渡った訳を、ご本人はこう語っておられる。

――「考え方の違う人と接していきたい」

そして、かの地の人々については、こうじゃ。

「ニューヨークの人たちは田舎者が多いんだけれど、自分自身の価値観をしっかりと持っていて、俺の話もちゃんと聞いてくれるし、違うと思ったらはっきりと反論する。そんな関わりに刺激を受けることが多かった」

――話を聞き、はっきり返す。これぞ、言葉で渡り合う暮らしでござる

そして、この一歩こそ語学の目から見れば大きいのでござってな。

――英語を身につける法の一つが、そこにあるゆえな。

英語を使わざるを得ぬ場を、作ってしまうことでござる。

――ここが、今宵いちばん大事な所でござってな。

日ノ本におって学ぼうとすると、どうなるか。

――使わずとも、困らぬ日々が続くのでござるよ。

困らぬゆえ、後回しになるのじゃ。

――机に向かう時を取れるかどうかが、そのまま速さになる。

つまり、意志の強さ次第でござってな。

――だが、意志というのは当てにならぬものでござるのじゃ。

ところが暮らしの場を移せば、事情が一変するのでござる。

――買い物も、住まいの約定も、医者も、全て英語でござるからな。

やらねば、暮らしが立ち行かぬのでござるよ。

――意志ではのうて、暮らしが学ばせるのでござる。

暮らしごと海の向こうへ移した御方は、ほかにもおられる。趣里殿の英語と留学の話では、15でイギリスへ渡った折を「実際に行ってみたら全然違うと感じることはありましたけど(笑)」と語っておられる。

渡った先が楽ではなかった御方もおられる。オダギリジョー殿の英語と留学の話では、アメリカの演じる科で学んだ頃を「正直、地獄のような日々でしたね」と振り返っておられる。

刺激と取るか、地獄と取るか。いずれも、言葉の通じぬ場へ先に身を置いておるのは同じじゃのう。

諸星殿も移った当初は言葉が分からず、糧も乏しかったという。諸星和己殿が30で海を渡り一から始めた話に、その頃のことが出てくる。

このような場で身につく英語は、どういう物か。

――正しさより、通じるかどうかを重んじた英語でござる。

生き延びるための英語、とでも申そうか。

――だが、これが実に強いのでござってな。

決まりの細かき誤りを恐れて黙るより、崩れておっても口に出す。

――その方が、前へ進むのでござるよ。

英語は、通じ合うための道具に過ぎ申さぬのでござるからな。

――さて、この御方の歩みは紐育でも止まら申さぬ。

2000年には、己の音曲の版元を立ち上げておられてな。

――2007年には、シングル『なぁ』がオリコンのインディーズ部門で一位を得ておるのじゃ。

グループを離れた後も、己の足で立ってこられたのでござる。

――そして、今宵いちばん語りたいのがここからでござってな

渡米した時の心持ちを、ご本人はこう振り返っておられる。

「エコノミークラスで生まれ育ったような人間が、いきなり『光GENJI』というファーストクラスに乗ってしまうと、何が普通だかよくわからなくなる。なんとなく一歩踏み出した感覚だった」

――十代で頂に立った御方が、三十で「普通」を探しに海を渡られたのじゃ

お主、この言葉に励まされぬかな。

――吾輩は、まことに良き言葉だと思うておる

学び直しで初めにつまずくのは、たいてい同じ所でござってな。

――できぬ己を、認める所でござるよ。

若き日に第一線におった御方なら、なおさらでござろう。

――かつては、何でもできたのでござるからな。

それが、誰も己を知らぬ地で一から始めるのじゃ。

――この落差を受け入れるのが、いちばん難しいのでござる。

だがこの御方は、「自分には失うものはない」と言い切っておられるのじゃ。

――できぬことを楽しめる者は、結局いちばん伸びるのでござるよ。

さて、ここで齢の話をいたしておこうぞ。

――四十、五十からの語学は無駄じゃ、と申す者がおるのでござる。

だが、これは違うのじゃ。

――大人には、子にはない武器があるのでござるよ。

決まりの仕組みを説かれれば、理屈で解せるのでござる。

――何のために学ぶのかも、己で決められるのじゃ。

子が幾年もかけて勘で掴むことを、大人は理屈で近道できるのでござる。

――ここを、多くの者が知らぬのでござってな。

若い方が有利なのは、音を真似る力だけでござるよ。

――それ以外は、むしろ大人の方が有利なのでござるからな。

さて、この御方の近ごろの話をいたそうぞ。

――五十を迎えられた2020年には、ハワイに暮らしておられた。

2020年8月に文を綴る場を開き、そこに住まうことを公にされておる。

――いまもハワイを拠点に、島の暮らしを綴っておられる。

かの地の暮らしや、島の便りを届けておられてな。

――ここで、一つ豆知識を申しておこうぞ。

ハワイの英語は、紐育に比べると話す速さが緩やかでござる。

――ゆえに、聴き取りやすいと言われておるのじゃ。

なぜか。客を迎える土地であるゆえな。

――英語を母の言葉とせぬ者に、慣れておるのでござるよ。

だから、ゆっくり話してくれるのでござる。

――初めて海の外で暮らすなら、こういう土地が良いのでござってな。

いきなり早口の土地へ行くと、心が折れるのでござるからな。

――土地を選ぶのも、学びの内でござるよ。

さて、この御方の歩みを振り返っておこうぞ。

――多忙な頂の日々を終え、単身にて紐育へ移られた。

そして五十の頃には、ハワイへ暮らしを移された。

――いまはハワイに根を下ろしておられるのでござる。

紐育へ、そしてハワイへ。

――暮らしの場そのものを、二度も移されたのでござる。

そして語学の目から見れば、これが最も効くのでござるよ。

――なぜか。意志の力に頼らずに済むからでござる。

毎日半刻の学びを続けるには、強い意志が要るのでござってな。

――そして意志は、いつか必ず尽きるのでござるよ。

だが英語しか通じぬ所に住めば、話は別でござる。

――意志があろうと無かろうと、英語を使うことになるのじゃ。

これが、環境の力でござってな。

――環境は、意志より遥かに強いのでござるよ。

無論、誰もが海の外へ移り住めるわけではござらぬ。

――だが、身の回りを少しずつ英語寄りに変えることはできるのじゃ。

手元の機の言葉の設えを、英語に変えてみられよ。

――それだけで、毎日英語を目にすることになるのでござる。

見る物、聴く物を、少しずつ英語に寄せてゆく。

――意志ではのうて、仕組みで英語に触れるのでござるよ。

さて、この御方から汲めるものを並べておこうぞ。

――一つ、意志ではのうて環境を変えることでござる。

意志はいつか尽きるが、環境は尽きぬのでござるからな。

――二つ、通じるかどうかを重んじることでござるな。

崩れておっても口に出す方が、前へ進むのでござるよ。

――三つ、齢を言い訳にせぬことでござる。

大人には、理屈で近道できるという武器があるのでござるからな。

――そして今ひとつ、できぬことを楽しむことじゃ。

それができる者が、結局いちばん伸びるのでござるよ。

――お主、いま幾つでござるかな。

五十で新しい島の暮らしを始められた御方より、若いのではないかな。

――ならば、遅いということはござらぬのじゃ。

好きなことを追い、動き続ける。

――この御方から学べるのは、その行動の力でござる。

千里の道も一歩から、でござる。

――まずは、身の回りを一つ英語に寄せてみられよ。

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。

英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。

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今回は諸星和己殿について調査してみた!

2001年、三十で拠点をニューヨークへ移された。

五十の頃には、ハワイへ暮らしを移された。

いまもハワイを拠点に暮らしておられる。

意志はいつか尽きる。だが環境は尽きぬ――だから場を変えるのじゃ。

吾輩は諸星和己殿に対して、場を変え、齢を言い訳にせず一から始め直された御方でござると思ったんだがお主は諸星和己殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

諸星和己、光GENJI解散後のニューヨーク生活が“ビッグマウス”を変えた(Yahoo!ニュース オリジナル THE PAGE 2014年3月28日)

PROFILE(諸星和己オフィシャルウェブサイト)

ハワイ在住の元光GENJI・諸星和己がアメブロ開設(スポーツ報知 2020年8月12日)

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【吾輩からの一言】

海の向こうで通じる英語は、机の上だけでは身につかぬ。人と話して、直されて、また話す。それだけのことでござる。相手を選べるなら、教える技を持つ者を選ばれよ。

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