巷に騒がれる、木南晴夏殿:実家は金持ちなのか、母上のパンの宅配と、姉君と二人でたくさん習わせてもらった習い事と舞台の話について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1985年8月9日、大阪府豊中市のお生まれ
- 2001年、「夏の高校野球PR女子高生」として活動される
- 2001年、第1回「ホリプロNEW STAR AUDITION」にてグランプリを受けられる
- 2004年、ドラマ『桜咲くまで』にて女優として歩み始められる
- 2008年、映画『20世紀少年』に小泉響子役で出演される
- 2016年、ドラマ『勇者ヨシヒコと導かれし七人』第7話で姉の木南清香殿と初めて共演される
- 2017年2月11日、主演映画『ママ、ごはんまだ?』が公開される
- 2018年6月、俳優の玉木宏殿と結婚される
- 2020年3月26日、初の著書『キナミトパンノホン』を出される
- 2020年8月、第1子の誕生を報告される
- 2024年4月19日、TBS『A-Studio+』にて、笑福亭鶴瓶殿らによる両親への取材が放送される
- 2025年12月5日、所属事務所を通じて第2子の出産を発表される
- 2026年8月26日、豊中市の「とよなかアンバサダー」に就任される
【金持ちとは語らず、語ったのは母上のパン宅配】
木南晴夏殿の実家は金持ちなのか。
先に答えを申そう。ご本人が実家を裕福と語った記事は、吾輩が探した限り一つも見当たらぬ。
代わりに、ご本人が幾度も語っておられるのが母上の仕事でござる。
2017年2月16日、マイナビニュースの取材にて、パンの連載について問われこう答えておられる。
「母がパン工場から宅配する仕事をしていて、私は幼稚園に通う前ぐらいだったと思うんですけど、助手席に乗せてもらってついていってました」
「パン工場で焼きたてのパンをもらったりして、パンで育ったんですよね。米も食べていたんですけど、朝は必ずパン」
――母上の仕事の車の助手席が、この御方のパン好きの出どころでござる。
2020年3月25日、モデルプレスの取材でも、初の著書『キナミトパンノホン』を前に同じ話をしておられる。
「幼少期、母がパンの配達の仕事をしていて、それに付き添っていました。毎日焼きたてのパンの香りを嗅いで、美味しいパンをもりもり食べて育ったので、こんなにもパン好きになりました」
3年を隔てて、同じ話が同じ形で出てくる。
母上については、料理の腕の話もある。同じ2017年の取材でこう述べておられる。
「母は調理師免許を持っていて、料理はかなりうまいです」
金の話に一番近いのは、母上について語った次の一言でござる。
「私も姉も習いごとをたくさんやらせてもらって、舞台もたくさん観せてくれて。やりたいと思うことを全面的にバックアップしてくれるので、そういうところは今の仕事にも生きていますし、母のお陰だなと思うところは大きいです」
――習い事も、舞台も、姉妹そろってたくさんでござる。
2024年4月19日放送のTBS『A-Studio+』では、姉君が習っておられたミュージカルスクールに、幼い頃から一緒に通っておられたことも明かされた(デイリースポーツ)。
同じスクールには女優の相武紗季殿も通われ、「親同士がずっと仲良かったので、今でも連絡はとる」間柄という。
金の多寡は語っておられぬ。だが、娘たちに習い事と観劇をたくさん与え、やりたいことを後押しする家であったことは、ご本人の言葉で確かめられる。
――金持ちかどうかは分からぬ。分かるのは、働く母上が娘たちの夢に手を惜しまなかった家ということじゃ。
父上の話は、休みの日の台所でござる。
「父は焼きそばかチャーハンかステーキしか作れない人で。母がいない土日は父が作ってくれるんですけど、3つの中からしか選べないんです(笑)」
東京に出られた後も、父上は「たまに出張で東京に来てるらしいんですけど」、照れて会いに来ぬのだという。
巷では父上の会社を気にする声もあるが、勤め先や会社の名はご本人の口から出ておらぬ。出ておるのは、ベタベタのチャーハンを作る父上の姿でござる。
その両親を、先の『A-Studio+』で笑福亭鶴瓶殿とKis-My-Ft2の藤ヶ谷太輔殿が自宅に訪ねた。取材の写真を見たこの御方は「え~めっちゃ実家だ。ありがとうございます」と喜ばれた(スポニチ、2024年4月20日)。
そして「これは親孝行できました、良かった」と。
育った街は大阪府豊中市じゃ。オリコンによれば、豊中市で生まれ16歳まで育たれた。ご本人も2017年の取材で「私は16歳で東京に出てきちゃったので」と語っておられる。
2026年8月26日の「とよなかアンバサダー」就任式では、こう述べておられる。
「豊中市民の皆さん、帰ってまいりました。考えてみると短い間だったけれど、青春がすべて詰まっているのが豊中」
【兄君と姉君、ゴミ袋3袋のパンとベルばらごっこ】
この家で育ったのは、木南晴夏殿お一人ではござらぬ。兄君と姉君がおられる。
2017年の取材では、大人になってからの一場面をこう明かしておられる。
「そういえばこの間、兄と姉と3人で餃子パーティーをしました(笑)」
子どもの頃に兄君が作ったという「10個目に包む餃子は好きな形にできる」という謎の決まりを思い出し、三人で笑いながら包んだそうな。
「物心ついてからも姉がパン屋さんでバイトしていたので。私が中学生で姉が高校生のころは、ゴミ袋3袋分ぐらいのパンを持って帰って来てました」
持ち帰ったパンは「それを近所の人に配って、残ったのを次の日の朝ごはんにしたり」。
――母上の宅配の車に始まり、姉君のアルバイト先のパンへと続いたのでござる。
ご本人の言葉で申せば、「木南家の日常、それがパンでした」。
姉君は、女優の木南清香殿でござる。2017年2月15日のマイナビニュースは「4つ歳上」の姉と書いておる。
姉妹の夢の始まりは、宝塚歌劇でござった。
「宝塚歌劇団を観て育ちました。初めて観たのが『ベルサイユのばら』」
二人の遊びは「布団を腰に巻いてお姫様になりきったり」、トイレットペーパーの芯でフィナーレの鈴をこしらえたり。「2人で仲良く踊ってたなぁ」と振り返っておられる。
2025年12月6日のスポニチによれば、フジテレビ系『土曜はナニする!?』でも、幼き日の憧れをこう語っておられる。
「その時、アンドレ役が天海祐希さん。めっちゃかっこよかったのよ。天海さんのアンドレが」
「だから天海さんの追っかけしていたの。出待ちとか入り待ちとかして、“行ってらっしゃ~い”とか言っていた」
幼き日に、もう推しを追う日々があったわけじゃ。推しの品を揃えたいお主には、推し活の買いどき帳も覗いてみられよ。
2018年1月21日のサンスポの取材では、「宝塚は私が女優を目指すきっかけになったもの」とも語っておられる。
「姉は舞台にのめり込み、その流れで劇団四季に入って、今は『ミス・サイゴン』など東宝系ミュージカルで活躍しています。私は大人になるにつれて、テレビの方に」
それでも、この御方が世に出る折にそばにおられたのは姉君でござる。
「16歳の時に受かった事務所オーディションで、付き添いで来てくれたのが姉でした。その時も、私より先に号泣して(笑)」
2016年、ドラマ『勇者ヨシヒコと導かれし七人』第7話がミュージカルの回と知り、この御方は福田雄一殿にこう願い出られた。「このアンサンブルに、お姉ちゃんを入れられませんか?」
アンドレの扮装の妹を見た姉君は泣き出し、「宝塚の舞台に立つのが夢だったので、叶って良かった!」。すかさず福田殿が「いや、叶ってないから! 『ヨシヒコ』のコントだから!」と返したという。
【未来予想図-豊中でパンと家族を語る御方】
ここからは吾輩の見立てでござる。
2017年の取材では、母上から学びたいことをこう挙げておられた。
「学びたいのは、料理がうまいところ。それから、子どもの意志を尊重するところです」
いまや2児の母でござる。
――娘たちに習い事と舞台をたっぷり与えた母上の流儀を、今度はこの御方が手渡す番じゃ。
そして2026年、生まれ育った豊中の看板を背負われた。就任式では「今の豊中がどうなっているのか、これから私自身も知っていきたい」と述べておられる。
吾輩は、この御方が豊中の顔として語る話の芯に、母上の宅配の車と、姉君が持ち帰ったパンが据わると見る。
――実家の話を金ではなく、パンと習い事で語れる御方は、街の話も暮らしの言葉で語れるのでござる。
働く母の車の助手席から始まった好きは、借り物ではない。だから幾度語っても、同じ形で出てくるのでござる
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【実家は金持ち!?母はパンの宅配、姉と習い事たくさんについてのまとめ】
今回は木南晴夏殿について調査してみた!
実家が裕福だとご本人が語った記事は見当たらぬ。語っておられるのは、母上がパン工場から宅配する仕事をしておられたことと、その車の助手席についていった幼き日でござる。
母上は調理師免許をお持ちで、「私も姉も習いごとをたくさんやらせてもらって、舞台もたくさん観せてくれて」と、娘たちの習い事と観劇を後押しされた。父上の勤め先は語られておらぬ。
兄君と、姉の木南清香殿がおられる。姉君はパン屋でアルバイトをし、ゴミ袋3袋分ぐらいのパンを持ち帰ったという。
幼き日は姉君と『ベルサイユのばら』ごっこ。2016年に姉妹共演が叶い、2026年8月26日には豊中市の「とよなかアンバサダー」となられた。
吾輩は木南晴夏殿に対して、母上の車の助手席でパンを覚え、姉君と二人で習い事と舞台をたっぷり与えられて育った御方と思ったんだがお主は木南晴夏殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
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