【山崎育三郎】ミュージカル!?12歳から始まった道

怒羅悶倶楽部

巷に騒がれる、山崎育三郎殿:12歳から始まったミュージカル人生の歩みについてについて、

さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!

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【略歴】

  • 1986年1月18日のお生まれ。東京都のご出身で、血液型はA型であられる
  • 12歳でミュージカルの世界に入られた
  • 最初の作は小椋佳が企画した日本オリジナルミュージカルであった
  • 2007年、ミュージカル『レ・ミゼラブル』に出演
  • 『エリザベート』『モーツァルト!』など多くの舞台に立たれる
  • 29歳まではミュージカル一筋で走ってこられた
  • 30代からは映像の世界にも挑まれる
  • 2015年『下町ロケット』、2016年『グッドパートナー 無敵の弁護士』に出演
  • 2016年、日本レコード大賞企画賞を受けておられる
  • 2021年、NHK大河ドラマ『青天を衝け』にて伊藤博文を演じられる
  • 2020年『カイジ ファイナルゲーム』、2019年『名探偵コナン 紺青の拳』にも参加
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【12歳で立った、日本オリジナルの舞台】

「山崎育三郎殿のミュージカルの歩みはどのようなものか」——これを調べに来られた御方へ。

この御方の始まりは、驚くほど早うござってな。

「僕自身が12歳からミュージカルの世界にいて」

……12歳でござる。まだ小学を出るか出ぬかの頃じゃ。

そして、その最初の作が何であったか。……ここが実に効いておるのでござる。

「12歳で初めて出たミュージカルが小椋佳さんの企画された日本オリジナルミュージカルだったんですね」

……日本オリジナルでござる。

お考えあれ。ミュージカルと言えば、多くは海の向こうで生まれた作でござろう。

名の知れた演目の大半は、外から来たものじゃ。

……だがこの御方が最初に立たれたのは、この国で生まれた作であった。

この一事が、後々まで効いてくるのでござる。

多くの者は、名の知れた外の作に憧れてこの道へ入る。

……だがこの御方の始まりは、この国で書かれ、この国で作られた一作であった。

何を当たり前と思うかは、最初に見たもので決まるものでござる。

……この御方にとって、日本オリジナルは特別ではのうて当たり前だったのでござろう。

この御方は、こう続けておられるゆえな。

「原点である日本発のミュージカルにこだわり、日本オリジナルミュージカルを世界に広めたい」

……原点と言うておられる。

……12歳で立った場所へ、今また戻ろうとしておられるのじゃ。

三十年近く経って、なお最初の一作を原点と呼べる。……これは、なかなかできることではござらぬよ。

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【「もう体の中に入っているので」】

では、この御方はどうやって大きな舞台へ上がっていかれたのか。

……その様子がよう分かる話がござってな。

二十年ほど前、ミュージカル『レ・ミゼラブル』のオーディションでのことじゃ。

その場でこの御方が言われたのが、これでござる。

「すぐ歌います。練習も譜面もいりません。もう体の中に入っているので」

……もう体の中に入っている

ここ、ちと想像してみられよ。

審査する側の前で、譜面も要らぬと言い切るのでござる。……できねば、ただの大言壮語で終わる場面じゃ。

だが、この御方は言い切っておられる。

しかも「練習も譜面もいりません」の一言が良い。

……これは自信の話ではのうて、積んできた歳月の話でござる。

12歳から数えて、その時すでに幾年でござろうか。

その間ずっと聴き、口ずさんでこられたのじゃ。……ならば体に入っておるのも、道理でござろう。

……好きで積んだものは、覚えようとせずとも残っておるのでござるよ。

覚えようとして覚えたものは、使わねば抜けてゆく。

……試しのために詰め込んだ知が、翌月には消えておるようなものでござる。

だが、好きで浴び続けたものは違う。思い出そうとせずとも、口が先に動くのじゃ。

「練習も譜面もいりません」と言えるのは、そこまで浴びた者だけでござろう。

そして2007年、この御方は『レ・ミゼラブル』の舞台に立たれた。

そこから『エリザベート』『モーツァルト!』と、名の知れた舞台に次々と名を連ねてゆかれるのでござる。

何かを学んでおられる御方は、この一言を覚えておかれるとよい。

……体の中に入るまで浴びる。これに勝る覚え方は、そうそう無いのじゃからな。

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【未来予想図-29歳までと、30代からの二つの道】

さて、この御方の歩みには、はっきりした区切りが二つござる。

ご自身の言葉で聞くのが早かろう。

「29歳まではミュージカル一筋で走り抜けて」

「30代からは映像の世界にも挑戦を続けてきて。そこでも1つ自分の中で一区切りがあり」

……29歳まで30代からでござる。

12歳から29歳まで、実に十七年。……これを一筋で走られた。

そして三十を境に、画面の世界へ足を伸ばされたのじゃ。

2015年『下町ロケット』、2016年『グッドパートナー 無敵の弁護士』。

2021年にはNHKの大河『青天を衝け』にて伊藤博文を演じておられる。

映画にも、声を当てる仕事にも名を連ねておられる。

……舞台の御方が画面に出ると、大抵は浮くものでござる。

声の張りも、身の動かし方も、まるで作法が違うのじゃからな。

……この御方は、そこを渡り切られた。

しかも、片方を捨てての乗り換えではござらぬ。

舞台に立ち続けながら、画面の仕事も重ねてこられたのじゃ。

……二つを並べて持つのは、片方を捨てるよりずっと骨が折れる。

稽古の日取りも、体の作り方も、まるで噛み合わぬのじゃからな。

そして肝心なのは、渡ったきりにしておられぬところじゃ。

「そこでも1つ自分の中で一区切りがあり」——……画面の世界にも、区切りをつけておられる。

……一筋で十七年、次の十年で別の道。そしてまた、次の場所へ

一つの場に留まらぬ御方でござる。……だが、渡り歩いておるのとは違う。

その都度きちんと区切りをつけ、最後には原点である日本発のミュージカルへ向かっておられるのじゃ。

一度出た者は、戻りにくいものでござる。

出た先で名を上げれば、なおさら戻る訳がなくなる。……周りも「もうあちらの御方だ」と見るのじゃからな。

……それでも戻ろうとしておられるのは、12歳のあの一作が、よほど深く残っておるからでござろう。

……出て行き、戻ってくる。この形が取れる御方は、そう多くござらぬよ。

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【吾輩からの一言】

人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。

とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家でできる器も出ておってな。

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【ミュージカル!?12歳から始まった道についてのまとめ】

今回は山崎育三郎殿について調査してみた!

始まりは「僕自身が12歳からミュージカルの世界にいて」。最初の作は小椋佳が企画した日本オリジナルミュージカルであった。

その一作を今も「原点」と呼び、「日本オリジナルミュージカルを世界に広めたい」と語っておられる。

『レ・ミゼラブル』のオーディションでは「すぐ歌います。練習も譜面もいりません。もう体の中に入っているので」と。

歩みには区切りが二つ。「29歳まではミュージカル一筋で走り抜けて」「30代からは映像の世界にも挑戦を続けてきて」でござる。

出て行き、区切りをつけ、また原点へ戻る。……この形が取れる御方は、そう多くござらぬ。

吾輩は山崎育三郎殿に対して、出て行き、区切りをつけ、また原点へ戻られる御方じゃ、と思ったんだがお主は山崎育三郎殿についてどう思ったかな?

世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。

引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!

それではまた次の記事にて会おう!

嘘か誠かの判断は自己責任にて!

引いた言葉の出どころ

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