巷に騒がれる、吉澤要人殿:子の頃に通うた教室と、そこへ戻ってきた道について、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 2003年7月12日、東京都のお生まれ
- 幼き頃、バレエ教室に通っておられた
- 子の頃を過ぎて後、原宿にて声を掛けられる
- 2019年10月、原因は自分にある。の一員としてCDデビュー
- 同じグループのリーダーを務めておられる
- 2020年より、ドラマ『FAKE MOTION』の続き物に出演される
- 2023年、映画『BLUE FIGHT ~蒼き若者たちのブレイキングダウン~』にて2人での主演
- 2025年2月14日、初の写真集『ナニモノ』を出される
- 2025年5月1日より、ドラマ『バレエ男子!』にてバレエダンサーを演じられる
【吉澤要人は幼き頃バレエを習うておられた】
「吉澤要人殿の実家はどうなのか」――そう思うて来られた御方もおろう。
先に申しておく。
ご家族について語られた話は、辿ることができなんだ。
――無いものを、あるように書くわけには参らぬ。
だが、子の頃のことなら語っておられる。しかも、これが良い話でな。
この御方は幼き頃、バレエ教室に通っておられた。
2003年7月12日、東京都のお生まれでござる。
そしていまは、7人組の頭を務めておられる。
さて、そのバレエでござる。
この話が世に知られたのは、2024年12月のことであった。
初のソロ写真集『ナニモノ』が出ると発表された折でござる。
この写真集、撮った場所が変わっておってな。
幼少期に通っていたバレエ教室、そして声を掛けられた原宿――
――己にゆかりのある場所を、わざわざ巡っておられるのじゃ。
お主、これは普通の写真集ではござらぬ。
普通は綺麗な場所、映える場所を選ぶものでござろう。
この御方は、己が通った場所を選ばれた。
その訳が、本人の言葉に出ておる。
「今僕が存在することが出来ている理由をこの一冊に詰め込みたいという思いから、21年間の人生で通って来た様々な場所を巡り、お世話になった方々にもお会いして、一枚一枚に思い出と感謝を込めました」
――「今僕が存在することが出来ている理由」でござる。
己がここにおる訳を、場所で辿ろうとされたのじゃ。
しかもお世話になった方々にもお会いしてとある。
撮って帰るだけではない。会いに行っておられる。
そして、こう結んでおられる。
「構想する時間から撮影をする時間まで、全ての時間が貴重で宝物です」
――宝物、でござる。
写真の出来ではなく、そこへ至る時を宝と呼んでおられる。
この言い方をする御方は、そう多くはござらぬ。
【夢が叶い、開脚から始め直された】
さて、話はここで終わらぬ。
写真集が出た、その二か月後のことでござる。
2025年4月、この御方にある報せが届いた。
ドラマ『バレエ男子!』への出演でござる。
――バレエ、でござるぞ。
幼き頃に通うた、あのバレエじゃ。
演じるのは、佐々木真白という天才肌のダンサー。
しかもプロレス好きという、変わった役どころでござる。
監修と指導には、元バレリーナの草刈民代殿が全面で協力された。
本気の作でござる。
そして、この御方が寄せた言葉がこれじゃ。
「いつかバレエをお仕事に繋げたいという夢があったので、お話を聞いた時は本当に嬉しかったです」
お主、ここでござる。
「いつかバレエをお仕事に繋げたい」――夢であった、と言うておられる。
つまり、子の頃にやめた後も、ずっと胸に置いておられたのじゃ。
そして、その夢が叶うた。
――だが、この御方はそこで浮かれておられぬ。
続く一言が、実に地に足がついておる。
「ただバレエの大変な部分を知っているからこそ、どうにか自分の身体と感覚を取り戻すために、お話を頂いた時からとりあえず開脚は始めました(笑)」
――とりあえず開脚、でござる。
吾輩は、ここで笑うてしもうた。
夢が叶うた話の落ちが、開脚でござる。
だが、これほど正直な反応もあるまい。
習うておった者は、バレエの厳しさを体で知っておる。
――嬉しいと同時に、間に合うのかと青くなったのでござろう。
だから、その日から床に座って股を開き始めた。
夢を語る前に、体を動かしておられるのじゃ。
考えてもみられよ。
子の頃に習うたものは、体が覚えておるようで、実は抜けておる。
――特にバレエは、開かぬ体では話にならぬ。
そこを一番よく知っておるのが、習うておった当人でござる。
知らぬ者なら「なんとかなる」と思うたであろう。
知っておるゆえ、その日から床に座られた。
【未来予想図-通った場所を巡る御方】
問いに、答えをまとめておこう。
――ご家族についての話は、公にされておらぬ。
だがこの御方は幼き頃、バレエ教室に通っておられた。
初の写真集ではその教室と、声を掛けられた原宿を巡っておられる。
そして2025年、ドラマでバレエダンサーを演じ、夢を叶えられた。
ここからは吾輩の見立てでござる。
この御方は、通り過ぎた場所を捨てぬ性分とみる。
考えてもみられよ。
子の頃の稽古事など、大方の者は忘れていく。
――やめた時点で、なかったことになるものでござる。
だがこの御方は、それを写真集に入れ、夢として抱え続けておられた。
しかも「お世話になった方々にもお会いして」と、人にまで会いに行かれる。
――過ぎたものを、過ぎたままにしておかぬのじゃ。
そしてもう一つ。
夢が叶うた日に、真っ先にやったのが開脚でござる。
喜ぶより先に、体を戻しにかかっておられる。
――ここに、頭を務める御方の性分が出ておるとみた。
7人を率いる立場でござる。浮かれておっては務まるまい。
巡った場所も、抱えた夢も、開脚も、全部が繋がっておる。
「今僕が存在することが出来ている理由」と本人が書かれた通りじゃ。
――理由を数えられる者は、次に行く先も選べる。
これから先も、この御方は通った場所を大事にされよう。
同じグループの武藤潤殿も、10年続けた空手を写真集に残しておられる。
――子の頃のものを捨てぬ御方が、二人おるグループでござるな。
通り過ぎた場所を捨てぬ者は、いつかそこへ戻る道を見つける
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【吾輩からの一言】
人前に立つ御方々を見て、生まれつきと思うてはならぬ。皆、手をかけておられるのでござる。
とはいえ、店に通う暇はなかなか取れぬもの。……家で使える器も出ておってな。
英国の美容機器の専門店でござる。まずは見てみられよ。
【幼き頃はバレエ!?夢が10年越しに叶ったについてのまとめ】
今回は吉澤要人殿について調査してみた!
一つ。吉澤要人殿のご家族についての話は公にされておらぬ。辿れぬゆえ書かぬ。
二つ。だが幼き頃、バレエ教室に通っておられた。
三つ。初の写真集『ナニモノ』ではそのバレエ教室と、声を掛けられた原宿を巡っておられる。
四つ。2025年、ドラマ『バレエ男子!』への出演について「いつかバレエをお仕事に繋げたいという夢があった」と語られた。
五つ。その折「お話を頂いた時からとりあえず開脚は始めました」と明かしておられる。
吾輩は吉澤要人殿に対して、通り過ぎた場所を捨てぬ御方、と思ったんだがお主は吉澤要人殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
引いた言葉の出どころ
音楽ナタリー(げんじぶ吉澤要人はいったいナニモノなのか?ファースト写真集で紐解く・2024年12月19日)
音楽ナタリー(吉澤要人が演じるのは天才肌のバレエダンサー、ドラマ「バレエ男子!」で戸塚純貴&大東駿介と共演・2025年4月3日)
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