巷に騒がれる、小出真保殿:十三社を入れて百人と会われた話と、マッチングアプリの語り部という肩書きについて、
さても気になる話じゃ!今宵はこの御方を追ってみようぞ!
【略歴】
- 1982年2月24日、長野県のお生まれ
- 中学では吹奏楽の部に入り、横笛を吹いておられた
- 高校の頃から芸人を志し、文化祭で漫才を披露される
- 大東文化大学に進み、放送の研究会に入っておられた
- 役者の稽古の場を受けるも通らず、笑いの道に専念すると決められる
- 2005年1月、二人組「麦芽」を結成される
- 2013年より、お一人での活動を始められる
- 番組の物真似の企みにて評判を得られる
- 2020年より、出会いの場について語る生業を自ら作られる
【文化祭で漫才をした学び舎の頃】

巷で小出真保殿と申せば、細かすぎる物真似で知られる御仁じゃ。だがお主、この御仁の学び舎の頃を存じておるか。
1982年2月24日、長野県のお生まれ。
中学では吹奏楽の部に入り、横笛を吹いておられたという。――あの騒がしい芸風からは、およそ想像がつかぬ経歴であろう。
そして高校は、長野の女子の学び舎へ進まれる。――ここで、この御仁の人生が動き出す。
この頃から芸人を志され、文化祭で漫才を披露しておられたというのじゃ。
お主、想像してみよ。女子ばかりの学び舎の文化祭で、漫才をやるのじゃぞ。――相当な度胸でござる。
そして大東文化大学に進まれ、そこでは放送の研究会に入っておられた。――人前に立つこと、伝えること。この頃から一貫しておられるのじゃな。
面白いのは、この御仁が初めは演じる方を志しておられたことでな。
事務所の役者の稽古の場を受けられたのじゃが、――通らなかった。
そこでこの御仁は、笑いの道に専念すると決められた。
――落ちたことで、道が定まった。こういうことが、世の中にはあるのでござる。
そして2005年の正月、二人組を結成される。二十二の齢でござった。
この御仁の学び舎の頃について、もう少し掘っておこう。
中学で横笛を吹き、高校の文化祭で漫才をやり、大学では放送の研究会に入られた。
――一見ばらばらに見えるが、全て人前で何かを届けることでござる。
楽器を吹くのも、漫才をやるのも、放送を作るのも、結局は誰かに届けるための営みじゃ。
つまりこの御仁は、学び舎の頃から一貫しておられたのじゃな。
そして役者の稽古の場を受けて落ちたという話も、吾輩は大事だと思うておる。
――落ちたからこそ、笑いの道に腹を括られたのでござる。受かっておれば、いまの小出真保殿はおらなんだであろう。
この御仁の物真似について、少し語らせてくれ。
「細かすぎて伝わらぬ」という括りの芸は、実のところ相当に高度なものでござる。
誰もが知る者の真似をするのであれば、似ておるかどうかで勝負がつく。――だが細かすぎる真似は、そうはいかぬ。
まずそんな仕草に気づくところから始まるのじゃ。――観察の目が無ければ、題材すら見つからぬ。
中学で楽器を吹き、大学で放送を学ばれたこの御仁じゃ。――人や物をよく見る目は、その頃から育っておったのかもしれぬな。
【二人組から、一人へ】

さて、ここからがこの御仁の歩みの核心じゃ。
2005年に結成された二人組であったが、なかなか思うような結果が出なんだ。
そして2013年、この御仁は大きな決断をされる。――お一人での活動に切り替えられたのじゃ。
この決断について、本人はこう語っておられる。二人組はぎりぎりまで続けたかった、と。だが結果が出ぬと判じ、さらに先へ進むために一人になることを決めたのだ、と。
――お主、この言葉をどう読む。
吾輩は、ここに誠実さを見るのじゃ。「相方が悪い」でも「運が無かった」でもない。結果が出ぬと、己で判じたと言うておられる。
そして一人になってからの働きぶりが、また見事でな。
ある番組の物真似を競う企みにおいて、この御仁は大きな評判を得られた。――細かすぎて伝わらぬような物真似を、堂々とやってのける。あの企みじゃ。
この手の物真似というのは、実のところ観察の力が全てでござる。
誰も気に留めておらぬ仕草を見つけ出し、それを大袈裟に切り取ってみせる。――日頃から人をよく見ておらねば、できぬ芸じゃ。
中学で横笛を吹き、高校の文化祭で漫才をやり、大学で放送を学び、役者の道で落ちて、二人組を経て、一人になる。
――遠回りに見えるこの道のりが、全て今の芸につながっておるのでござる。
二人組から一人になるという決断について、もう少し語らせてくれ。
笑いの世界において、二人組を解くというのは相当に重い判断でござる。――積み上げてきた芸の型が、そこで使えなくなるのでな。
しかも一人になれば、全ての責を己で負わねばならぬ。――受けねば、己のせいじゃ。
この御仁は、それを八年目に選ばれた。2005年に組んで、2013年に解く。――決して短くない時間でござる。
そして一人になってから、物真似という己の武器を見つけられた。
――道を変えたからこそ、見つかった武器じゃ。
同じ場所に留まっておっては、見つからぬものもあるのでござるな。
一人になってからの歩みを、もう少し。
2013年に一人となり、そこから物真似の企みで評判を得るまでには、また時が要ったはずでござる。
――世に出るというのは、たいてい思うたより時が掛かるものじゃ。
だがこの御仁は、待つだけではなかった。2020年、世の中が止まった年に、己で新しい中身を作りにいかれた。
――止まっておる間に、動く。この差が、後々大きく効いてくるのでござる。
【未来予想図-出会いの場の語り部】

さて、ここからがこの御仁の真骨頂じゃ。
2020年、世の中が大きく変わった年でござる。外へ出ることも、人と会うことも難しくなった。
――多くの者が、家に閉じこもっておった時期じゃ。
そんな中、この御仁が始められたのが出会いの場を使うことであった。
そしてここからが、この御仁らしい。
――なんと、十三社も入れられたというのじゃ。
十三でござるぞ、十三。一つや二つではない。――手の中の板が、出会いの場だらけになっておったであろうな。
そしてその結果、百人以上と実際に会われたという。
お主、これをどう思う。吾輩は、正直に申して呆れた。――良い意味で、である。
ここまでやる者が、どれほどおろうか。――大抵の者は、一つか二つ入れて、面倒になって止めてしまうものじゃ。
そしてこの御仁の凄いところは、その先にある。
この経験を、生業に変えてしまわれたのじゃ。
出会いの場について語る者、という新しい肩書きを自ら作られた。――誰かに与えられた仕事ではない。己で作ってしまわれたのでござる。
これは、実に賢いやり方じゃ。
芸人という仕事は、誰かに呼ばれねば始まらぬところがある。――だがこの御仁は、己で語れる中身を作ってしまわれた。
十三社を入れ、百人と会う。――そこまでやった者にしか語れぬ話がある。そしてその話には、確かに値打ちがあるのじゃ。
未来予想図を描くとするならば、この御仁はこれからも「己で仕事を作る御仁」であり続けるであろう。
文化祭で漫才をやった娘が、役者の道で落ち、二人組を経て一人になり、そして誰も名乗っておらぬ肩書きを自ら掲げた。
――この御仁の行動力、吾輩は素直に天晴れと申し上げたい。
最後に、この御仁の生き方について申しておきたい。
十三社を入れて百人と会う。――これを「変わっておる」で片づけるのは容易い。
だが吾輩は、ここに徹底する力を見るのじゃ。
何かを語る者になるには、誰よりも多くの数をこなさねばならぬ。――中途半端な経験では、話に厚みが出ぬのでな。
この御仁は、そこを分かっておられた。ゆえに、徹底された。
そして生まれたのが、誰も名乗っておらぬ肩書きじゃ。――空いておる場所を、自ら見つけて座る。これは、なかなかできることではない。
巷にはこの御仁の私事について、確かめようのない話も流れておった。――だが吾輩は、そういう話は書かぬ。
名を挙げられる相手がおる話ならば、なおさらじゃ。――この御仁について語るべきは、その途方もない行動力の方であろう。
最後に、この御仁の肩書きについて。
「出会いの場について語る者」という肩書きは、誰かが用意してくれたものではない。――己で名乗り、己で中身を作られたものじゃ。
世の中には、誰かが席を空けてくれるのを待っておる者が多い。――だがこの御仁は、空いておらぬなら作ればよい、と考えられた。
この発想は、芸の世界に限った話ではあるまい。――お主の仕事にも、同じことが言えるのではないか。
文化祭で漫才をやった娘が、落ちて、組んで、解いて、そして誰も名乗っておらぬ場所に座った。――吾輩は、この歩みを心から面白いと思うのでござる。
【十三社を入れた!?マッチングアプリの語り部についてのまとめ】
今回は小出真保殿について調査してみた!
吾輩は小出真保殿に対して、自ら生業を作ってしまうほどの、途方もない行動力の持ち主と思ったんだがお主は小出真保殿についてどう思ったかな?
世の中にはまだまだ、知られておらぬ話が溢れておる。
引き続きこの書記にて調べ、書き記していく所存ゆえまた応援のほどよろしくお頼み申す!
それではまた次の記事にて会おう!
嘘か誠かの判断は自己責任にて!
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